第7回 | 2017.06.26

期待集まる農の「福祉力」
~「農福連携」で笑顔溢れる地域づくりを~

■ 期待集まる農の「福祉力」

近年、農業の持つ新たな可能性として、福祉分野と連携した「農福連携(※障がい者などが農業に携わること)」が注目されています。担い手不足や耕作放棄地の増加など農業サイドの抱える課題と、就労や社会参加の場を必要とする福祉サイドの課題の双方を解決できるとの期待から、国は平成26年を農福連携元年とし、農林水産省と厚生労働省との連携のもと、福祉農園の開設や専門家派遣などソフト・ハードの両面からサポートを推進してきました。

この流れを受けて、都道府県や市町村においても、農業の持つ可能性「福祉力」を活かすべく積極的な取組みが始まっています。平成29年度は数多くの自治体で農福連携の推進に係る取組みが「新規事業」「重点事業」として位置づけられました。

有機的な連携を構築するためには、「地域農業」と「地域福祉」、双方の実情に寄り添った取組みの計画を立てることが大切になります。農業だけでも福祉だけでもこの実践は成り立たず、こうすればうまくいくといった教科書やマニュアルも、未だ存在していません。

農福連携ムーブメントが起きるはるか以前から取組みを進めてきた栃木県や鳥取県あるいは障がい者雇用を進めてきた農業生産法人や特例子会社(※障がい者が雇用される上で特別な配慮がなされているとの認可を受けた子会社で、法定雇用率の算定において親会社の一事業所とみなされる)の先進事例を参考としながらも、まずは現状を調査するために双方の話を聞き、地域特有のニーズと課題を洗い出し、お互いにとって無理がなくメリットのある取組手法を模索するプロセスが必要不可欠となるのです。

■ 基礎調査から得られたこと―永遠の課題が明らかに

昨年、神奈川県のとある市より委託を受け、農福連携のスタート段階における基礎調査を実施しました。このテーマに取り組むのは初めてだということもあり、まずは課題に対する理解を深め、その可能性を探るため、これまで個々の取組みとして農福連携を実践したことのある生産者と福祉施設に対してヒアリングを実施しました。

生産者の意見からは、総じて前向きなものが多く聞かれました。
「人手がいくらあっても足りない時期に、手伝いに来てくれることは非常にありがたい」
「福祉施設の人たちが手伝いに来てくれなければ、播種や収穫が追い付かず大変だった。これからも来てもらえるのであれば、作付面積を拡大することができる」
「大勢で来てくれるので楽しく作業ができ、お互いの理解やコミュニケーションが深まった」
一方、福祉施設の意見からは課題も明らかになりました。
「農作業はスポット的な作業が多い。利用者に工賃を支払うためには、通年安定して仕事を確保することが重要となるため、期間限定の農作業は優先順位が低くなる」
「委託作業だとお手伝いの意識が強く、言われたことを正確に行うことが目的になりがちで、利用者の達成感が得られにくい」

農作業がスポット的であることは、おそらく農福連携の永遠の課題です。生産者以上に、福祉施設側にとって多くの難しさをもたらします。その課題に対して、以下のとおり福祉施設側の考え方から異なる意向が得られたことは、非常に興味深いことでした。

ある施設からは「様々な農作業が通年確保できるよう、農作業委託の年間スケジュールを作成してほしい」といった要望が出る一方、別の施設からは「今のところは委託で農作業の経験を積むことが必要だが、いずれは自分たちの畑で消費者に販売できる良い野菜を作りたい。農家に生産技術を指導してもらえる仕組みを作ってほしい」という要望が上がりました。

施設利用者の工賃を安定させたいという目的は共通しているものの、手段となるアイディアは様々。計画的な農作業委託を可能とするマッチング体制の構築、そして農家による生産指導の両方が、この市にとって必要な農福連携の在り方なのでしょう。

■ 地域の実情に寄り添った、適切なプランは何か

このように、地域の一人ひとりに会って話を聞いてみなければ、その本音は見えてきません。とりわけ農福連携に関して調査を進める初期段階では、実際に障がい者雇用や受委託などの取組みを進めたことのある方や、地域の主要な農産物を生産されている方にお話を伺うことが、その先にあるモデル事業を進めていくためにも大切になります。

以下に、農福連携を進めるうえで必要となる業務の流れを図示しました。項目のすべてが必要というわけではありません。その地域が目指す農福連携の在り方に合致した、適切な選択を行うことこそが、より重要な検討事項となってきます。

図:農福連携の推進に係る業務内容

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■ 地域に暮らす方々の笑顔のために

流通研究所に勤務する以前、私は社会福祉士として福祉の現場の最前線で働いてきました。ひきこもりの就労支援を行うNPO法人や、知的障がいを持つ子どもの親たちが立ち上げた社会福祉法人で支援にあたってきた経験から、多様な人材が活躍できる場としての農林水産業の可能性に大きな期待を寄せています。

福祉の現場にいた頃は、ただ目の前にいる方々を笑顔にすることだけに全身全霊を懸け、一緒に笑い、時に涙し、心に寄り添い添われる毎日を送ってきました。時折、彼ら彼女らの笑顔を思い出し、「この農作業は〇〇さんに合っているな」「この農作業をこんな風に工夫すればみんな上手にできるだろうな」と条件反射のように想像してしまいます。

誰よりも地域に寄り添った仕事がしたいという信念を持つことができるのも、そうした現場での愛おしい記憶が自身のベースになっているからなのかもしれません。

農福連携について、何から取り組んだら良いか分からないとお考えの方がいらっしゃいましたら、ぜひお話を聞かせてください。地域特有の課題の裏には、きっとそれを解決できる手段があり、願わくはその方法を一緒に考えさせていただきながら、多様な人材の笑顔溢れる地域づくりに貢献できましたら嬉しく思います。

次回の原稿では、弊社関連法人で実践している農福連携の取組内容についてご紹介したいと思います。


研究員 金谷 さおり