第11回 | 2017.08.29
農業法人における人材育成
~雇用就農者が増える、今後の日本農業に必要な視点~
昨年、ある地方の農業高校の生徒10数名を対象に、「こんなものを作りたい」「どんなところで農業をやってみたいか」「こんな人たちに食べてもらいたい」「誰と一緒に取り組みたい」「こんなライフスタイルを送りたい」といった視点から、理想の新規就農を描かせるワークショップを行ったところ、今どきの若者の就農観について大きく2つの志向に分かれた。
1つは、自宅や街から遠くない場所で、他の仕事もしながらマイペースに、米や野菜などを作り、家族や友人などに食べてもらいたいといった、身の丈にあった就農志向で、もう1つは、企業や生産者グループの中に入って、世界中の人々をターゲットに、ブランド農畜産物や加工品を作り、相応の収入を得たいというビジネス的な志向である。生徒たちにそのような考えを持つに至った理由を聞いてみると、身近な兼業農家や、授業で見学に行ったという大規模な農場経営者など、それぞれモデルとする農業者がいることが伺えた。一点、どちらの志向の生徒にも共通していたのは、1人で独立してやっていくよりは、(少なくとも初めのうちは)気が合う仲間、または自分にないノウハウを持っていて強みを補える関係にある仲間と一緒に取り組みたいという考え方であった。余談だが、10年前、私がインタビューしたある農家は、組織に縛られず、自分の意思ですべて経営の方向を決められることが農家の仕事の魅力だと述べていた。そんな上の世代の方々は、今どきの若者の考え方にもしかしたら時代の違いを感じられるかもしれない。
さて、農業経営については、前々回の本コラムでもとりあげられていた通り、国としては近年、農業=成長”産業”という考え方に立って、法人経営の増加を積極的に推進している(流研レポート「地力本願」第9回)。家族経営と法人経営のどちらが良いかは、弊社代表も過去のコラムで述べているように、それぞれメリットとデメリットがあり、どちらを選ぶかどうかは最終的には個人がどう生きたいかという問題にはなる(二の釼が斬る!第295回)。しかし、冒頭の学生の一部にも見られたように、新規就農を志す人にとっては近年、家族にせよ法人にせよ、自ら経営者として農業を始めるという選択肢の他に、法人や農作業受委託組織などの組織に雇用される形で農業を始める「雇用就農」という選択肢も広がってきていることは確かである。
法人経営体に雇用されている人の数は統計的に見れば、約10万人(短期雇用者を除く)と、農業者全体のボリュームから見るとまだ決して多くはない(2015年農林業センサスより)。しかし増加率に関して言えば、平成17年から27年の10年間で倍に伸びており、この傾向は今後も続くと予測されている。全国農業会議所が運営する新規就農相談支援センターに加え、近年は民間でも、「あぐりナビ」や「農家のお仕事ナビ」といった農業専用の求人情報サービスが充実してきていることも、今後この傾向を増々後押しするだろう。
これまでのように家族経営の延長で農作業を手伝う人材を雇うのとは違い、農業経営の法人化や大規模化が進む中での雇用就農者の増加は、農業経営者や行政にとって新たな対応を迫られるものとなっている。直売・加工事業を営む会社の話ではあるが、私が以前設立を支援した農業法人でも、農家から会社経営者となるにあたって、経営計画の立て方や商品開発などを一から学ばれていたが、事業が始まって1か月後に最もご苦労されていたことは、会社の経営方針を理解し、自分が離れなければならない時や休みをとりたい時でも、安心して現場を任せられる従業員を確保することであった。
組織の規模がある程度の水準を超えると、従業員の意識や能力の向上は、経営者の発信力やコミュニケーション力だけで対応できるような問題ではなく、従業員自身の自己啓発や、それを後押しする採用後の体系的な育成・評価制度も必要となってくる。しかし、栽培技術講習や、安全衛生などの法定講習を実施している農業法人は多いものの、人材の活用という観点から計画的な研修まで実施しているところは少ない。また、毎年都道府県などで実施している農業経営者育成のセミナー事業を見ても、経営戦略の一つとして事業計画やマーケティング論を教えているところは多いが、人材育成の考え方や人事・労務管理、チームマネジメントまで経営に必要な要素としてプログラムに組んでいるところは少ないのが実情である。
そこで、農業法人の経営者が雇用就農者をどのように育成して、就農者のモチベーションを高め、法人経営の発展につなげるか、さらには経営の承継または独立可能な水準になるまでを後押ししていくかといった課題について、農林水産省としても昨年度初めて基本的な考え方を整理し、「農業法人等における雇用就農者のキャリアアップ【推進の手引き】」という資料にとりまとめた。この手引きについて概略を述べれば、経営者側で「人材育成計画」「研修制度」「雇用条件・給与・人事制度」「人事評価の仕組み」を整えるとともに、雇用就農者にも明確な将来像を持たせるため「組織全体の目標と個人目標との連動」や「コミュニケーション」の6つの面からのアプローチする必要性とその手法例を説いている。雇用就農者自身が持つ将来像や志向性の理解にあたっては、冒頭の農業高校の例で述べたワークショップのようなアプローチも有効だろう。私としてもまた別の機会に詳しく触れたいが、今回興味を持たれた方については以下のURL(http://www.maff.go.jp/j/kobetu_ninaite/n_seido/170411.html)を参照していただきたい。
以上、述べてきたように、法人経営を行う農業者が、雇用就農者のモチベーションや能力を向上させ、組織全体の経営力の向上や円滑な事業継承を図るための手法や推進体制を確立することの重要性は、今後の国内農業において増々高まると私は考えている。農業専門のコンサルティング会社の研究員として微力ながら日本の農業振興に関わる傍ら、キャリアコンサルティングについても現在勉強中である私としては、どちらの業界においてもまだこの課題に対する注目は少ないと感じるが、今後も研究と、農業のコンサルティングの現場における実践を積み重ね、そして発信していきたい。
副主任研究員 中村 慎吾