第16回 | 2017.11.13

共有したい「住んでよし訪れてよし」の考え方

私自身、地域活性化という分野に携わり20年以上が経ちますが、最近私の行動理念の1つに「住んでよし訪れてよし」という考え方が定着しています。例えば最近の観光について言うと、情報入手の環境が発達している現在、人はよりニッチな個性(ストーリー)ある旅を、これまで誰も知らなかったような無名な地域に求め始めています。有名ではない食や風景、風習、営みなど、住んでいる人が潜在的に「やっぱりいいなあ」と思っているものこそ集客素材であり満足します。これが「住んでよし、訪れてよし」と言われるもので、観光庁でも取り上げられるようになりました。住む人たちが自分たちの暮らしに満足している、自分たちの地域を正しく認識し、より良い暮らしを図ろうと努めているような地域に人は訪れたいと思うというものです。情報の発信手段が多様化する今日のネット社会がもたらす新しい動きなのであり、どんなに無名な地域、集落でも当てはめられる共通の理念です。

以前は観光推進も移住促進も、まずは訪れてもらい、その地域を知ってもらうことから始めることを重視してきた気がします。その結果、関係者が作る金太郎飴的企画ばかりが目立ち、空き家バンクなど地域の特性に関係ない「物件紹介」制度が多く創出されています。それでは「訪れてよし、住んでよし(の順)」であり、手法論が先行します。

手法論だけでは各地が類似し、訪れたい、住んでみたいという者に正しくその地域のことを伝えることが出来ません。その地域を差別化し、理解してもらうにはその地域に住んでいる人がそこに住む理由や暮らしの中に潜むDNAをしっかり掘り起こし、再認識することから始める必要があると考えています(これがとても難しい)。

すなわち、地元が当たり前として見過ごしている地域素材は貴重な宝であり、暮らしの営みに基づいたものこそブランドとなり武器になるのですが、当の地元住民は素材の魅力に気づいていません。私は農業振興(特産品の開発や販売、後継者の育成、地元食の見直し等)や観光交流、移住促進、ローカルベンチャー支援、地元高校の存続化等の、およそ地方が抱える社会課題に臨むにあたり、この「住んでよし、訪れてよし」の考え方をベースにするのですが、当の地元住民は地域の暮らしが当たり前であってその良さに気づかないばかりか、相対比較して良くない点を気にします。地域の高校生は驚くほど自分の地域というものを認識していませんし、大人も自分たちの地域には仕事が無いという理由で子供たちを都会に送り出しています(子供たちが住み続けることを否定します)。

一方、都市部の若者たちこそ地方への関心を高めています。私は毎年、多くの都市部の若者たちのローカルベンチャー(地方での起業)の企画にアドバイスしていますが、最初は手法論と思いだけが先行する企画も、起業対象地における「住んでよし」のポイント(DNAや暮らしの営みなど地元が気づかない強み)を可視化させることでビジネスモデル自体が変わることが多々あります。

例えば観光交流分野では、企画する者が地域の長い歴史を振り返り、地域の興亡をライフサイクルチャートで示したり、歴史と地理的条件から郷土食がなぜ生まれたのかを解き明かしたりして、それを初めて知るという地元住民と共有した上で、訪れる人がどのような時間を過ごすことができるのかを考えていきます。

今の人と資源を使って「出来そうなことを」を考える(1を2にする)作業ではなく、本来はこんなことが出来ていた(過去)、出来るはず(可能性)を創出する(0を1にする)ことが必要なのです。そのためには「誰でもいいからとにかく来てください」ではなく、マーケティングとしてのペルソナをしっかり設定しなければなりません。今や万人受けする滞在交流プログラムは存在せず、住んでよしのポイントが訪れてくる人にとって意味あるものでなければならないのです。どんな人に来てもらいたいのかを地域がしっかりイメージし共有する過程が求められ始めていると考えます。移住促進策も同じであり、リピートして訪れ「住んでよし」を理解してもらい、地域の価値が自分の価値としてシンクロさせられるよう(自治体も)努めなければ、移住してから「こんなはずではなかった」となってしまいます。物件情報から入る空き家バンク制度はこの点で一方通行なのであり、移住促進に関わる人員の数と理解、エネルギーが追いつかないのも事実です。

近年注目されている長崎県小値賀町のツーリズムコンセプトは「暮らすように旅する」です。集客は手段であり目的はまちづくりそのもの。決してもの珍しいことをするのではなく、如何に暮らしの当たり前を提供できるかに注力した結果、小値賀ブランドが生まれ移住者も増加傾向を続けているですが、初めの5年間は関係者が暮らしの当たり前を価値とする「住んでよし」を言語化するために相当の努力をしたと言います。

また食に関しては、有名なB1グランプリのほか、地方の肉や麺などをテーマにした多くイベントが開催され、都市部消費者との接点が増えていますが、B1グランプリは実は食の祭典ではなく地域のPRの場であり、イベントに関わる多くの人は食に直接関係しない、その地域に来て欲しいと願う地元のボランティアということはあまり知られていません。地元の人にとってはそこに元々あった当たり前の郷土料理(ソウルフード)が実は珍しいという気づきのもとで「こんなものが受けるのか」と恐る恐るやり始めたのが原点です。当たり前が地元素材として受け入れられると知って多くの地域が足元の素材を見直し多くの参加に繋がったこの傾向を「発掘」とするならば、地元素材を使った新しい料理をご当地グルメにしようとする動きを「開発」と呼びます。この「開発」行為自体は地元関係者の思いの入った取り組みであり否定されるものではないものの、もともとその地域になかったものが多いため、地元に定着するまでは時間を要します。

私たちは所詮外部の人間であり、対象地域に住んでいる訳ではありません。取り組みの主体にはなれず、なってもならず、加えて時間的な制約を多く受ける立場にあります。観光交流、ローカルベンチャー、移住促進、特産品開発、後継者育成、高校存続、限界集落維持等の各分野の根底にある「住んでよし、訪れてよし」の理念を具現化するには、私たちのような立場の者が地元の住民がそれに気づき、自ら取り組んでもらえるように動くことが重要です。時間的な制約を受けたり、受託する仕事が計画づくりや調査業務の分野であってもせめてそれらを意識して関わることを忘れないようにしたいと考えています。


社外取締役 中島 淳  (株式会社カルチャーアットフォーシーズンス 代表取締役)