第6回 | 2017.05.22

農産物のブランド戦略⑤
〜食のブランド戦略〜

過去3回のコラムでは、米、果実、野菜のブランド戦略について述べてきた。本来、このシリーズでは、食肉や花卉についても触れるべきであろうが、食肉については多くのレポートがあり、あえて私の意見を述べる必要はなく、花卉については品質や特性の差別化が難しく、ブランドの確立手法を語ることが困難な状況にある。そこで、農産物のブランド戦略の最終回として、地域の農水産資源を活用した「食」のブランド戦略について述べた上で、農産物のブランド戦略について総括する。

食のブランド戦略とは、農水産物個々のブランド化を進めるのではなく、その地域で生産される農水産資源とその加工品・料理、さらには食文化などをラインナップ化することで、地域全体のブランド化を進めると共に、個々の産品のブランド化を同時に進めて行こうとする戦略である。かつて農林水産省においても、日本総合研究所が事務局となって「食と農林水産業の地域ブランド協議会」が設置され、「農林水産物・食品の地域ブランド確立に向けたガイドライン」や「農林水産物・食品の地域ブランドの作り方」などの報告書が作成された経緯がある。なお、これらの報告書は、ホームページで閲覧できるので、参考にされたい。

その基本的な戦略を推進する事例として、淡路島の取組みを簡単に紹介する。淡路島では、古代から「御食つ国(みけつくに)」として朝廷に食料を貢進するなど、豊かな食材の宝庫としての歴史を持つ。こうした背景を踏まえ、淡路島の農水産物・加工食品の生産・流通・観光・消費が一体となって、食料生産拠点としての淡路島の魅力をさらに引き出すとともに、島内はもちろん京阪神などの大消費地での新たな需要を開拓することを目的に、「食のブランド『淡路島』推進戦略」を展開している。「食のブランド『淡路島』推進協議会」の構成団体は、JA、JF、観光事業者、観光協会、市など島内25団体で構成されており、島内で生産される野菜、果実、花卉、牛肉、及び水産物をラインナップ化して、県内外で様々なフェアを開催し、PR販売に努めている。

宮崎県や滋賀県では、県が主体となって食のブランド戦略を推進していることに加え、全国の市町村でも同様な取組みが見られる。また、私が委員を務める富山県や三重県のブランド認定制度も、食のブランド戦略の手法として捉えてよいであろう。さらには、私の地元で実施している「小田原セレクション」も、食のブランド化を進めるための取組みとして捉えることが出来る。時間がある方は、「二の釼が斬る!」の第224回、第281回を参考にして頂きたい。

さて、食のブランド戦略の推進手法についてであるが、先ずは、地域で生産される農水産物や加工品、伝統的な料理などを丁寧に発掘することから始めることが重要である。次に、地域の自然・風土・歴史・文化・技術などをひも付けしたコンセプトや定義を定めることになる。ここまでの基礎が出来た時点で、行政機関が中心となって、地域の生産・出荷団体やメーカー・飲食店・流通業者・観光事業者の組合などを構成員とした協議会組織を立ち上げ、地域全体で取り組む体制づくりを進めることが求められる。その上で、地域内外での販売促進キャンペーンや共同広告などを打つことが常套手段である。次に、食のブラド戦略を進める上でのポイントを述べておきたい。

一つ目のポイントは、地域における拠点づくりである。食のブランド戦略の本質は、地域の食をまるごとPR販売することにある。したがって、戦略を推進する上は、道の駅や観光物産館など、対象となる産品をワンストップで購入し、料理を味わえる、PR販売のための中核拠点をつくることが肝要である。また、衛星拠点となる店舗を組織化し、点を線で結ぶ動線をつくることも効果的であろう。いずれにしても、この地域を訪問してもらい、地域の食を味わってもらうことが出来る仕組みづくりが必要である。なお、中核拠点がなく、商店街の活性化などを目的に衛生拠点の組織化のみで展開しようとする事例も多いが、大抵長続きしない。利用者にとって分かりにくいし、参加する店舗の勝ち組・負け組が明らかになって、やがて組織が崩壊することになる。

二つ目のポイントは、地域住民の意識高揚と事業への参加促進である。観光客より先ず、地域住民が支える事業としなければならない。地域住民の、郷土の誇りとしての意識を高揚させて、地域住民が消費を支え、地域住民が広告塔となり、贈答としても対象産品を利用するようにさせたい。地域が盛り上がらない状態で、観光客にPRしてもうまく行くはずがない。そのためには、シンポジウムやイベントの開催、広報誌などによる、地域住民を対象とした継続的な情報発信が重要になる。

三つ目のポイントは、地域内流通システムの確立である。全国的にブランドとなっている産品があっても、全て大都市部に出荷してしまい、その地域ではその産品が流通していないなどという例が多々見られるが、地元では食べられない様な流通状況では、食のブランド戦略を進めることは難しい。このような状況を解消するためには、地域の飲食店などが生産者にもメリットがある継続的な取引条件を示す必要がある。イベント時のみ、産品を地域に回してくれと言われても、生産者にとっては既存取引先との商売の方が重要であり、対応できるはずがない。一過性の取引ではなく、地域生産者と継続的な取引関係をつくること、卸売業者などを活用した円滑な物流・商流体制を構築することが重要である。

四つ目のポイントは、経済的なメリットの発揮である。食のブランド戦略を進めるにあたっては、生産者・生産団体をはじめ協議会のメンバーに、出荷や販売面などで多大な手間がかかることになる。したがって、参加メンバーにメリットにならなければ、やがて取組み意欲は減退することになる。メリットとは、所得向上にほかならず、食のブランド戦略を進めるためには、経済効果に結びつけるための仕組みづくりを重点的に検討するべきである。コンセプトや定義にこだわるのはよいが、地域のイメージ向上やシティセールスのみが目的になってしまい、金が回ってこないようでは、メンバーはついてこない。

その他にも、内外への効果的な情報発信手法や、農商工連携による6次産業化手法など、食のブランド戦略を進める上ではいくつかのポイントがあるが、紙面の関係上割愛させて頂く。食のブランド戦略は、企画・調整に多大な労力を要することになろうが、インバウンドの拡大や、地方創生事業の継続・強化などの追い風を考えると、地域がまだまだチャレンジすべき分野であると考える。

さて、農産物のブランド戦略というこのシリーズの総括として、二宮尊徳先生が説かれた「道徳なき経済は罪悪であり、経済なき道徳は寝言である」という言葉をとりあげたい。農産物のブランド戦略を推進する目的は、生産者所得の向上にあると再三述べた。生産者所得に結び付かないのであれば、ブランド戦略を進める意味はないし、そもそも長続きしない。下手をすると、行政機関の自己満足に過ぎず、生産者などを振り回すだけでまったく成果があがらないなど、ブランド戦略を進めること自体が「罪悪」になる危険性もある。

生産者所得とは、「販売価格×販売数量‐生産コスト」で計算できる。ブランド品の特A産品に、ひと箱1万円の販売価格がついても、そのグレードの産品をつくるための経費に100万円をかけても、収量が上がらず300箱しか出荷できなければ、生産者の所得は1万円×300箱‐100万円=200万円に過ぎない。一方、そこそこのグレードを作り、ひと箱5千円の値しかつかなくても、同じコストで1,000箱出荷出来れば、生産者の所得は5千円×1,000箱-100万円=400万円になる。

後者のような場合、わざわざ高品質にこだわったブランド化に着手する必要はないし、ブランド化に取り組むことで、かえって生産者所得を減退させることになる。ブランド牛の多くの産地などでは、後継者不足が深刻である。肉牛に留まらず、実はブランド産品を生産する多くの産地が、この「落とし穴」にはまってしまっているのが実状である。生産者は誰でもよいものをつくりたいと努力しているが、プライドだけでは飯は食べていけない。工業製品とは異なり、農産物の品質は農家の栽培技術に負うところが大きく、また、品質の高さと収量は反比例する傾向にある。したがって、農産物のブランド戦略を進める上では、戦略が「寝言」にならないよう、十分な調査と綿密な制度設計が必要である。