第5回 | 2017.05.15

農産物のブランド戦略④
〜野菜のブランド戦略〜

市場出荷を中心とした野菜のブランド戦略は、前回述べた果実のブランド戦略と同様に、品質の高位平準化と安定供給体制の確立を基本とした展開が求められる。一方、市場出荷が主体ではない小規模産地にあっては、大規模産地とは多少視点を変えた取組が必要になろう。そこで、本日は、野菜の小規模産地が取り組むブランド戦略の推進手法のうち、近年効果的であると考えられる2つの手法を紹介したい。

一つ目は、地理的表示保護制度(GI保護制度)の活用によるブランド戦略である。GI制度とは、「特定農林水産物等の名称の保護に関する法律」(地理的表示法)に基づき、地域で育まれた伝統と特性を有する農林水産物食品のうち、品質などの特性が産地と結び付いており、その結び付きを特定できるような名称(地理的表示)が付されているものについて、その地理的表示を知的財産として保護し、生産業者の利益の増進と需要者の信頼の保護を図ることを目的に創設された制度である。

平成29年5月現在、農林水産物及び加工品を対象に30品目が登録されているが、そのうち8品目が野菜である。以下は、農林水産省のホームページを参考に、登録されている野菜の概要について整理する。

GIに登録されると、その商標は国が守り、違反者は国が取り締まることになる。言わば、国のお墨付きのブランド産品となる訳である。そのため、登録された産地では、生産者の取組意欲が高まり、生産が拡大し、価格優位性も上昇するなどの効果をあげているという。

対象産品は、地域在来品種である必要はなく、「江戸崎かぼちゃ」のように、全国で生産されている一般品種であっても、着果から出荷までの日数が長いなどの明確な定義のもとに、完熟を特性としてうたうような産品も登録されている。また、地域との結びつきについては、土壌や気象条件などを背景とした栽培適地であるという理由に加え、そこで一丸となって取り組んできた生産者達の歴史や培われてきた栽培技術などが重視される。

しかし、登録までのハードルは高く、その道のりは厳しい。具体的には、対象産品の生産エリアが特定できること、厳格な品質管理が出来る産地体制が確立していること、明らかに差別化できる商品特性を持つこと、その地域でしか生産できない理由が明確であることなどが審査のポイントとなる。単なる申請書の作文ではダメで、数値的な根拠を持った基準づくり、生産・出荷のルールづくりなど進めると共に、生産者全ての合意形成が必須条件となる。

ちなみに、流通研究所では一昨年、滋賀県からの受託業務で、県内6か所の産地のGI取得促進にかかわる仕事に取り組んだことから、申請に向けた様々なノウハウを習得した。GIについて興味・関心がある地域は、気軽にご相談頂きたい。

もう一つの野菜のブランド戦略の手法として、「郡山ブランド野菜」を紹介したい。福島県郡山市では、平成19年から、郡山農業青年会議所のメンバーが中心となり、野菜のブランド化手法の検討を開始した。京野菜や加賀野菜のように、地元に昔からある在来品種の野菜を育てていく方法なども検討されたが、議論を重ねた結果、種苗メーカーが開発する新しい品種からブランドになりうる品種を選択し、育成していく手法を採用することとした。

次に、ブランド野菜として成り立つ為の条件を検討した。その結果、見た目や保存性など、市場向けの規格を重視するのではなく、本当においしい野菜であることをブランドの定義とすることに決定した。そのおいしさを担保するため、品種ごとに、栽培方法の統一や生産履歴の徹底はもちろん、収穫から販売までの時間を短縮し鮮度を保持するものとした。また、メンバーによる現地検討会や栽培勉強会を頻繁に開催することに加え、出荷前の目揃い会を行い、高い品質の管理・維持に努めるというルールづくりを進めた。

しかし、東日本大震災とそれに伴う原発事故の発生により、郡山ブランド野菜を取り巻く社会環境は厳しさを増し、新たな取組が求められることになった。そこで、再び議論を重ね、安全性を徹底的に公開して失われた信頼を取り戻す、技術をさらに磨き差別的な価値を生み出す、活動内容を積極的に情報発信するという、3つの取組を行うことにした。その具体策として先ず、放射性物質検査をWebサイト上に公開することから始めた。

これらの取組の中、郡山農業青年会議所と生産グループの有志により、ブランド野菜に特化した組織「郡山ブランド野菜協議会」が発足することになる。そして、改組したメンバーにより、将来的に、法人化、機械利用の共同化、財産の共同管理などを視野に入れた活動が始まった。

一方、ブランド野菜の試験圃場での栽培体験や収穫体験、新ブランド野菜のネーミング募集など、郡山市民を始めとして、消費者に親しまれるブランド野菜となるような活動を展開した。ブランドコンセプトは、「目利きが選び、郡山の大地が育む珠玉の野菜」であり、現在は以下の11品目を郡山ブランド野菜としている。
・グリーンスウイート(えだまめ)
・御前人参(にんじん)
・ささげっ子(いんげん)
・佐助ナス(なす)
・冬甘菜(冬じめキャベツ)
・ハイカラりっくん(中ねぎ)
・緑の王子(ほうれんそう)
・おんでんかぼちゃ(かぼちゃ)
・紅御前(にんじん)
・めんげ芋(さつまいも)
・万吉どん(たまねぎ)

なお、販売先は、JAなどの直売所や郡山ブランド野菜協議会が開催する直売会、イタリアンシェフ奥田政行氏が開設したレストランなどで、地産地消を基本に展開している。さらには通信販売も始めており、販路を段階的に拡大している。

小規模産地の野菜のブランド戦略の推進手法としては、この他にも、市町村単位によるブランド認定制度の導入による推進手法、栽培のこだわりをPRしたネット販売に特化した推進手法、有機JASなど栽培方法で差別化する推進手法などが考えられる。さらには、流通研究所が取り組んでいるような、若手篤農家の組織化と野菜ソムリエとの連携による推進手法などもあろう。いずれの場合も、「おいしい」ことを前提に、その野菜自体に価値があり、その価値を効果的に発信し、より多くの消費者の信頼を獲得することが成功のポイントと言えよう。