第4回 | 2017.05.08

農産物のブランド戦略③
〜果実のブランド戦略〜

果実は、贈答向け商材として高価格で取引されるケースがあることに加え、品種や産地、栽培方法などによって食味の差別化を図りやすいことから、全ての産地でブランド化をめざしていると言っても過言ではない農産物である。加えて、直売やネット販売の進展を背景に、生産者の個人ブランドなども星の数ほど生まれている。本日は、ブランド化に向けて取り組む産地の先進事例を踏まえ、果実のブランド戦略のあり方について考えてみたい。

一つ目の先進事例としては、平成28年に「農林水産祭天皇杯」を受賞した「JAながさき西海・させぼ地区かんきつ部会」の「させぼ温州」をあげたい。あまりにも有名な事例であるが、どこの産地も追随出来ないブランド戦略の王道を実践している事例として、学ぶべきことが凝縮されている。

高糖度で赤みが濃い地域在来品種「させぼ温州」の本格的な栽培が始まったのは、平成8年のことである。食味は抜群だが、病害に弱く、生理落下しやすい品種の産地化に向け、産地が先ず取り組んだことは、シートマルチ栽培の導入である。白いマルチで被覆することで、園地の水分量をコントロールでき、マルチに反射する太陽光で着色を促す安定生産技術を確立した。近年、他のみかん産地でもシートマルチ栽培を導入する事例が見られるが、「させぼ温州」のように、全ての園地で導入している事例はほとんど見られない。

加えて、栽培管理方法や果実分析の審査に合格した園地のみかんだけを出荷できるという、「園地登録園制度」を導入している。登録園地で栽培されたみかんは、一か所の選果場に集荷され、目視と光センサーによって糖度と酸度などを基準に選果された後、出荷される。その結果を、各生産者にフィードバックすることで、各生産者の栽培管理の改善を促すことで高位平準化を実現している。

平成28年の売上高は約27億円で、部会員数は284名である。全国的に柑橘の産地で生産者の高齢化が進む中で、部会員の年齢構成は、40未満が1/3、40歳~65歳未満が1/3と若い。また、部会役員は30代・40代から選出するルールとし、部会活動の活性化につとめている。若い部会員の考え方を積極的に導入する一方、組織統制を徹底して、生産者個々の自己研鑽を促すことで、ブランド価値の維持・向上に努めている。

「させぼ温州」では、階層別ブランド戦略を採用している。出荷基準となる糖度は、最高ランクの「出島の華」は14度以上、続くランクの「味っ子」が13度以上、その次の「味まる」は12度以上と定義している。「出島の華」の出現率は4%程度であるが、ブランドを3層構造にすることで、生産量の大半をカバーできる仕組みとしている。また、3つのブランド別に、異なる販路・価格帯を設定することで有利販売を実現している。このような階層別ブランド戦略は、静岡の「クラウンメロン」などでも採用されているが、ここまで徹底した例はほとんど見られない。生産から出荷までの組織統制と生産者個々の高い栽培技術があって、初めて実現できる離れ業であるといえる。

二つ目の先進事例としては、「JAさが」、「JAからつ」が取り組む「パッケージセンター」で選果・パック詰め出荷する「さがほのか」をあげたい。「さがほのか」は、佐賀県のオリジナル品種で、大粒系で甘みが強く、酸味は少なく、果肉は比較的固く光沢があると言う商品特性を持つが、果肉が白色系で、「あまおう」や「とちおとめ」のような果肉の赤さがないため、おいしそうに見えないいちごであるとのマイナス評価もある。一方、多収品種であることに加え、いちごの味が全国的に低下してくる2月以降でも、相応の食味を維持できることが特長である。

生産者は、摘み取ったいちごを平トレーに入れて、パッケージセンターに持ち込む。パッケージセンターでは、センサー型選別機で、大きさや形状に加え糖度を測定して選別し、センター職員によりパック詰めされ出荷される。いちごの場合、生産者個々が選果・パック詰めして出荷することが常識であり、パッケージセンター方式をとる産地は佐賀県以外に見られない。パッケージは職員の熟練度が求められる作業であり、市場関係者からは、一部の商品でパック詰めの緻密さに欠けるなどの評価もあるものの、この方式を導入したことで、ばらつきを減らし出荷品質を安定させる体制をつくりあげることができた。

生産者は栽培に専念し、選果・パック・出荷作業はJAが担うという生産・販売分離体制をとることで、生産者は規模拡大を実現でき、作業負担を軽減できる。また、「さがほのか」は多収品種で所得率が高い品種であることから、生産者所得の向上と担い手育成に結びついている。

いちごは一般に、柑橘や桃のように、光センサーで糖度測定をして出荷されることはない。光センサーとは無縁の品目とされ、その出荷基準は、言わば生産者の経験と勘によって定められる産品であると言える。今後、糖度による出荷基準を定め、光センサーによる糖度保証やおいしさ保証を行うようなブランド戦略が進められれば、いちご業界では画期的なことであり、「さがほのか」のブランド価値は一層高まるものと考えられる。

また、「さがほのか」は、「リカちゃん」をブランドキャラクターとし、認知とイメージの向上に努めていることも特色である。「リカちゃん」とは、誰もが知っているあのリカちゃん人形の「リカちゃん」であり、売場でインパクトを与える販促ツールになっている。「とちおとめ」、「あまおう」の2大ブランドがマーケットを牽引する一方、品種改良競争が進み、季節には多様な産品が乱立する中で、消費者に手にとってもらうための仕掛けが必要になる。「リカちゃん」シールは、全ての規格を網羅した、有利販売が可能なコミュニティ戦略として効果をあげている。

三つ目の先進事例としては、「JA東びわこ」の「彦根梨生産組合」が取り組む「彦根梨」をあげたい。「彦根梨」は、もともと干拓地であった地区において、JAが事業主体となって園地を整備し、全農地を対象に生産者への貸付方式を導入することで、産地が形成されてきた経緯がある。その後4期に分けて同じ方式による園地整備を進め、現在は約10ha、35園、21名の生産者が栽培する産地になった。一般に、梨栽培は個人経営に委ねるところが大きく、大型産地でも園地が分散する傾向があるが、こうした経緯から「彦根梨」は、全国的にもほとんど例を見ない団地栽培・集団栽培が行われている。

「彦根梨」は、団地であることのメリットを活かし、JA・生産組合・県・市との連携により、作業の共同化や統一的な生産方法を導入している点が最大の特徴である。JAと県が連携して土壌診断と施肥設計を行い土壌改良に取り組むと共に、オリジナル肥料の利用による統一的な土づくりに努めている。また、自走式防除機を共同購入し、防除計画に基づき、生産組合が主体となって共同防除を実施している。さらに、全園地をネットで覆うことで、鳥獣害及び虫害の被害対策を講じている。

品種は、全国で栽培されている「幸水」、「豊水」中心であるが、他産地の梨と差別化するため、当初より、直売または宅配に販売方法を限定し、完熟したもののみを販売する方針をとった。一般に、市場出荷する梨は、流通上の劣化を防ぐため果実が青い状態で収穫(青採り)されるが、「彦根梨」は、収穫から販売までの日数が市場出荷より短くて済む直売方式をとることから、十分に完熟したものを収穫して出荷することができる。

全量共同選果で、毎年生産者全員で目合わせ会を行い、出荷基準を定めている。その上で、県内ではじめて導入した光センサー型の選果機を通して、熟度、糖度、水果、褐変、重さ・大きさを測定して品質検査を行い選別・出荷している。また、平成29年度は、選果ラインの増設と、内部障害などを感知するカメラセンサーを導入し、更なる品質の向上に結び付ける予定である。梨は、毎年の気候や栽培技術によって大きく品質に差が出ることから、他の果実のように光センサーによる選果を行う産地は極めて少ない。

市場へは出荷は行わず、事前の予約注文と農産物直売所や近隣のスーパーで販売しているが、近年予約注文が拡大しており、出荷と同時に完売状態になるなど、完熟で糖度が高い商品として顧客から高い評価を得ている。また、平成28年度からは、市・JA・商工業者が連携し、「彦根梨」のキズものなどを活用した加工品開発を行い、「ひこね梨散歩」と命名したスタンプラリーイベントを実施している。

以上、3つの事例を分析すると、果実のブランド戦略の立案・推進にあたっては、厳格な生産・出荷基準を設定し、生産者全員がこれを遵守して、生産技術の向上に向けて努力し続けると言う産地としての団結力が基本的な条件であることがわかる。また、果実のブランド化にあたっては、光センサーにより糖度や酸度、あるいは熟度などを測定し、数値に裏付けられた出荷基準を定めることが求められよう。果実は、生産者個々の栽培技術や毎年の気象条件によって、品質に大きな差が生まれるのが実状である。しかし、ブランドとは、生産者が実需者・消費者との約束を守り、双方の信頼関係によって築きあげられるものである。したがって、ブランド戦略推進にあたっては、気象条件などを言い訳にすることなく、どのような環境下にあっても一定の品質を保証することが求められる。

一方、販売戦略では、「させぼ温州」のように、品質階層別に価格帯を変えて異なるチャネルに販売する方法、「さがほのか」のように、「リカちゃん」シールを添付することで、全ての出荷規格を網羅して認知とイメージの向上を図る方法、「彦根梨」のように「完熟」をウリに、直売主体で販売する方法など、産地の規模や産品の特長によって、その方法は様々である。販売戦略の推進に向けては、特定の卸売市場とスーパーなどとのパートナーシップの強化が鍵になるが、そのためには一定の期間、安定的なロットを提供し続ける産地力が重要になる。また、消費者に対し、産品の特長やイメージを、効果的に訴求するための販売促進手法が求められる。いずれにしても、生産者所得を最大化させるための販売戦略の組み立てが重要であろう。

近年、果実の世界では「シャインマスカット」という一世を風靡するぶどう品種が開発されて、全国で産地が進んでいる。山梨県など、もともと力がある産地においては、新品種の導入に合わせ、JAと生産部会が強固に連携し、統一的な栽培・出荷基準を設け、高品質な産品出荷と有利販売を実現している。先進事例でも分かるように、ブランドをつくる基盤は組織である。ルールを守れない生産者、栽培技術が低い生産者、やる気のない生産者などが混在している組織は、ブランド化に取り組む資格はない。JAも行政も、平等主義を基本に多くの生産者を巻き込みたいところであろうが、高い栽培技術と取組意欲を持った生産者集団のみが、ブランド戦略を進める資格を持つことを銘記されたい。