第3回 | 2017.05.01

農産物のブランド戦略②
〜米のブランド戦略〜

昨今、米のブランド化をめざす産地が急増している。その背景として、米の消費量が減少する中で販売競争がさらに激しさを増していること、各県で産地の気象特性に合わせた味覚に優れた新品種の開発が進んでいることなどがあげられる。

一般財団法人日本穀物検定協会では、毎年2月頃に、米の食味ランキングを発表している。平成28年度産は44銘柄が最高ランクの「特A」を獲得したが、「特A」を獲得することが、ブランド米としてのステータスになっていると言っても過言ではない。

これまでの「特A」は、「魚沼産コシヒカリ」を筆頭に、各県のコシヒカリばかりだったが、北海道の「ななつぼし」や「ゆめぴりか」、青森県の「晴天の霹靂」、山形県の「つや姫」などの新興勢力が常連となり、地域色あふれる銘柄がランクインされる傾向にある。また、富山県の「てんこもり」、愛媛県の「にこまる」など6銘柄が初受賞しており、まさにブランド米の戦国時代に突入した感がある。驚いたことに、我が神奈川県の「はるみ」も「特A」を初受賞しており、私の地域では今後、これまでの主力品種であった「キヌヒカリ」から「はるみ」への転換が急速に進みそうだ。

食味のタイプは、「ゆめぴりか」などの「もっちり粘りがある」タイプ、「つや姫」など「あっさり歯ごたえがある」タイプ、「ひとめぼれ」など「双方の利点を踏まえたバランスのとれた」タイプに分類できる。ちなみに、全国の作付面積の過半を占める「コシヒカリ」は、強い粘りが特徴で、和食に合う米として日本人に愛され続けてきた食味であると言えよう。今後も、こうした食味基準を基本に、全国で品種改良が進み、「特A」獲得競争がさらに激化することになると考えられる。

以下は、農林水産省が発表している主要銘柄の相対取引の価格動向について、平成28年度米の平成29年3月を対象に、価格が高い順に整理したものである。「特A」獲得と並行して、この価格動向の上位にランクされていることが、全国でのブランド米として位置付けられる。ちなみに、トップは「魚沼産コシヒカリ」であるが、ブランド米の競合激化などを背景に平成27年度から大きく値を下げた。一方、新たな勢力である北海道産の「ゆめぴりか」、福岡県産の「夢つくし」などは、値を上げている。

では、米のブランド戦略はどのように推進すべきなのか。ブランド米として定着した「つや姫」の事例を踏まえ考えてみたい。

「はえぬき」など業務用品種主体の米の産地であった山形県において、「山形から日本を代表するブランド米を!」をキャッチフレーズに、「甘みと旨み」を持った新品種「つや姫」の本格的な作付が始まったのは平成22年のことである。これに先立ち、知事をトップに県・全農や外部委員31名をメンバーに加え、平成19年にブランド化戦略会議が、続いて平成20年にはブランド化戦略実施本部が設けられ、オール山形による推進体制を構築した。

「つや姫」の基本的な定義は、栽培適地を限定すること、県知事が認定した篤農家が取り組むこと、栽培方法は有機栽培もしくは特別栽培とすること、等級は一等米か二等米でタンパクは6.4%以下とすることなどである。商品コンセプトは「品質・食味・安全の三位一体の栽培方法を重視した高級感のあるおいしいお米」とし、ターゲットユーザーを、産地銘柄や口コミによる評判などで米を選ぶ家庭やホテル・旅館・料理店などとした。知事による店頭でのトップセールスを三大都市圏で実施し、テレビCMや新聞・雑誌広告を集中的に投下した。また、「山形つや姫取扱協力店」を組織化し、つや姫レディによるイベントなどでのPR、400店での店頭試食キャンペーン、JR東日本と連携したPR販売、「やまがた特命観光・つや姫大使」による全国でのPR活動などを実施した。

その結果、現在の「つや姫」の作付面積は、約7,000haで、生産者は約4,500名に拡大する一方、出荷基準の徹底により、良食味の高品質と安定出荷を実現している。適地を限定した作付、生産者認定制度、有機・特別栽培、出荷基準の厳格化などを骨子とした生産戦略、取扱協力店をベースとした多面的な販売促進活動や、知事のトップセールをはじめとしたPR展開による販売戦略をオール山形で取り組んだことにより、見事な成果をあげた事例と言えるだろう。米のブランド化を実現した他産地の事例もまた、同様の戦略を展開しており、「つや姫」の取組は、米のブランド戦略の雛形と言えるだろう。

しかし、日本人の米離れは決定的で、米穀機構の調査によれば、一人あたり月当たりの平均消費量は、現在4.4㎏まで落ち込んでおり、歯止めがかからない。今後、人口減少と相まって、日本における米の総需要量は加速的に減少することになる。現在の米の総需要量は760~770万玄米トンとみられているが、近年は毎年約8万玄米トンずつ減少しており、2035年には、608~625万玄米トンになるという。ちなみに、米の消費のうち、家庭内消費費の割合は6割弱、外食・中食は4割強で、家庭内消費の大幅な落ち込みを外食・中食で下支えする構造にある。

平成28年度米では、ブランド米競争が過熱したことも原因となって、「萌えみのり」や「あきだわら」に代表される、低価格の業務用米の供給不足が深刻化した。外食・中食のチェーン店の多くは、コストパフォーマンスとリスク回避に留意し、ブレンド米を使用してきたが、近年は、弁当・おにぎり向けの「覚めてもおいしい米」や、牛丼・天丼向けの「汁を吸いにくい米」など、用途に合わせた特色ある業務用米の利用が進んでいる。

なお、2018年度産米から、国は主食用の生産数量目標の配分を廃止するが、42道府県で国に代わりに農業再生協議会が主体になって、地域の生産目標を設定する方針である。また、これに合わせJA全農は、事業改革の一貫として、播種前契約、複数年契約、収穫前契約の3本立てで、事前契約を進める方針である。こうした動向の中で、安定的な取引価格の維持に向けて、さらにブランド米競争が過熱することが予想される反面、外食チェーンや中食メーカーとの契約的取引が進むことが予想される。

これまでは、ブランド米=家庭用品種であるという固定概念があったが、今後は業務用品種を含めた新たなブランド基準が出来るかもしれない。なぜなら家庭消費は今後も減少することが決定的である反面、業務需要は底堅く、用途に応じた品種の契約的取引が拡大する傾向にあるからだ。そもそもブランドとは、生産者と利用者の信頼関係を意味し、生産者所得の向上を目的に戦略展開するものである。業務用品種の特長の認知向上が進み、業務用の実需者と、そこで提供される食事を食べる消費者との信頼関係が出来れば、多収・低コスト生産が可能な業務用品種もまた、ブランド米として定着する日が近いのではないかと考える。