第23回 | 2017.09.25

農家の経営戦略⑥
~集落営農の法人化~

前回のコラムでは、家族経営の法人化のポイントについて整理した。今回は、農業の経営戦略の第6回目として、稲作主体の集落営農の法人化のポイントについてコメントする。

今年の米価は、日照不足などの影響から収量が減り、昨年よりもさらに1割増し程度の高値が期待できそうだ。しかし、稲作においては、農家の減少は近年著しく、耕作放棄地の拡大に歯止めがかからない状態である。その対策の一つとして、集落営農を強化することが有望であると言えよう。また、さらに一歩進んで、集落営農組織を法人化し、集落の農地保全と稲作の継承をめざしたい。しかし、集落の多くは、法人化の知識やノウハウがないため、行動を起こせずにいるケースが多いようだ。

集落営農法人を設立のするためには、先ず、発起人となる有志を集めなければならない。その上で、全ての有志が、なぜ法人化するのかという目的意識の共有化を図る必要がある。もちろん、法人化することで、利益を追求し、メンバー個々の所得向上をめざしたい。しかし、現実的には、もともと収益性が乏しい稲作経営で、最初から高収益や高所得は望めない。

法人とは、個人に代わって組織が人格を持つことを意味する。例え当初のメンバーが死んでも、法人は存続し、次の世代、またその次の世代の人々が、この法人と仕組みを引き継ぐことになる。したがって、集落営農の法人化の真の目的とは、未来永劫に地域の農業と農村を守る担い手になることにあると私は考える。つまり、法人化にあたっては、個人の利益より地域の利益を優先するという大義を持つことが重要になる。

集落営農法人を設立したにも関わらず、その後崩壊してしまうようなケースも多い。その理由の多くは、設立の目的が当初から曖昧で、メンバー個々が自分の利益を優先しはじめ、自分勝手な取組みを始めてしまうことによる。こうした事態を招かないためには、社長もしくは組合長となる中心人物が重要である。常に公の利益を優先して考え、目的意識の共有化を促し、メンバー全員を引っ張っていけるような大人格者でないと、代表は務まらない。

設立に向けて、次に決めなければならないものが、組織形態である。農業生産法人の場合、実質的に、農事組合法人か株式会社のどちらかの形態を選択することになる。多くの地権者を参画させる場合は、農事組合法人でもよいが、オペレーターが中心となって設立する場合は、株式会社を選択した方がよいというのが私の持論である。農事組合法人は、組合員の協働による利益の確保が目的であり、平等主義を原則としており、経営方針は合議制によって決まる。一方、株式会社は、社長をトップとした役員体制により、柔軟かつ迅速な意思決定が可能である。

また、農事組合法人は、平等出資を原則とした農家だけの組織であるのに対し、株式会社は1人の出資者がより多くの出資金を出すことも出来るし、非農家や企業も出資者になれる。特に、後者のメリットは大きく、メンバーに元企業の営業マンなどの人材を加えることもできるし、小売・卸など販売を担う企業を出資者として加えることもできる。株式会社を選択し、多様な人材を参画させ、幅広いネットワークをつくることで、企業的な発想による斬新な農業経営を実現できるものと考える。

続いて、会社の資本金額や出資割合を決める必要がある。法律的には株式会社の資本金は1円でもかまわないが、現実的には相応の資本金が必要である。一般に、資本金の目安は、設立費用+初期投資費用+運転資金の2~3か月程度と言われている。設立登記には最低25万円程度の費用が発生するし、精米機・選別機・冷蔵庫などを備えたミニライスセンターなど必要最低限の初期投資もしたいところである。しかし、設立経費は補助金を活用し、田植え機やコンバインなどはメンバーが持ち寄るなど、初期投資を抑えれば、100万円程度の資本金でも設立は可能であろう。ちなみに、出資金はメンバー全員が均等に負担してもよいし、代表がその全額を負担しても構わない。

ちなみに、出資者は、全員取締役になることをお勧めする。経営者である取締役の報酬は、会社員とは異なり、賃金の最低基準にかかわる法的な規制はない。儲けが出るまでは無償で働く、あるいは時給300円などと、報酬規程を設定をすることも可能である。最初は報酬を抑え、経営が軌道に乗ったら段階的に時給を上げる、あるいは別途取締役手当てを出すといった考え方でスタートを切りたい。

また、当面金融機関からの借入はせず、どうしても設備資金が必要な場合はメンバーから借り入れた方がよい。仮に経営が破綻した場合、借入さえなければ最初の出資金だけを諦めればよいが、多くの借入金がある場合、借入保証に立った社長が全ての債務を負うことになる。将来的には借入を起こし、大型の設備投資をすることも必要であろう。しかしその前に、会社経営をしっかり軌道に乗せ、経営ノウハウを習得することが大切である。

制度が変わり、現在は、実績がなくてもやる気さえあれば、農業生産法人は認定農業者として認定してもらえる。認定農業者になれば、各種の制度資金も活用できるし、市町の独自の補助事業なども活用できる。また、「人・農地プラン」での地域の担い手に位置づけてもらえれば、さらに様々なメリットが発生する。こうした政策の後押しをうまく活かしながら、事業を段階的に拡大していくことを考えたい。

メンバー個々が所有する農地は、必ずしも全てを会社に委ねる必要はない。例えばある者が3町歩の農地を持っている場合、1町歩のみを利用権を設定して会社に預け、残り2町歩は自分で耕作することもできる。この場合、その者は、会社が保有する農地の作業を行う一方で、別途自分の農地の農作業を行うことになる。会社の農地での作業分は会社から賃金をもらい、自分で作った分はそのまま自分の収入としても構わない。将来的に、その者に後継者がおらず、高齢化に伴い離農する場合は、全ての農地を会社に委ねること考えればよい。

会社が行う農作業については、利用権を設定した農地を管理・耕作・販売する方法と、作業を受託する方法がある。米価が低い中で、自ら作って自ら売っても利益が見込めないばかりか、赤字になってしまうこともあろう。そこで、自社耕作5町歩、作業受託5町歩などといった構成で、自社耕作する農地は条件がよい農地を集積して効率的な作業を行い、その他の農地は作業受託方式を採用した方が現実的である。

一方、法人化して、ある程度経営が安定し、経営規模が拡大した後には、新規就農者の受け皿や地域雇用の場になることをめざしたい。そこで問題になるのが、年間を通した安定した作業量の確保と現金収入の確保である。そのためには、稲作専作から、稲作+αの生産体制へ移行しければならない。+αとは、露地野菜や施設園芸、さらには加工品製造などが考えられる。

+αについては、最初は、設備投資が比較的少なくて済み、米の裏作として農地を有効活用できるような露地野菜から着手するべきであろう。また、販路については、最初は直売所から始め、生産技術が高まり品質・収量が安定した時点でスーパーや卸売市場などを対象に拡大していくようにしたい。具体的な手法については、このコラムの「農業の経営戦略」シリーズでこれまで綴ってきたので参考にして頂きたい。

集落営農の法人化の最大のポイントは、小さくはじめ、じっくり期間をかけて大きく育てるという考えを持つことにある。会社経営も、農業の多角化も、最初は全て素人としてやることになる。試行錯誤を繰り返しながら、悩み苦しみながら、素人はプロになる。そのためには、誰でも相応の経験と時間を要する。ちなみに、私の経験から言えば、会社経営とは、三歩進んで二歩下がることを繰り返すものである。そして、失敗からしか成功の秘訣はつかめない。大義を忘れずに、焦らず、急がず、着実に前進することで、法人の未来は拓けるはずだ。