第21回 | 2017.09.04

農家の経営戦略④
〜販売コストから逆算すべき販売計画〜

農家の経営戦略の2回目では投資計画、第3回目では生産計画の具体的な立て方についてコメントした。今回の第4回目は、売上・利益を決定づける、販売計画の具体的な立て方について述べてみたい。

販売計画を立てる場合、販売単価、販売数量、販売コストの3つの指標を常に検討する必要がある。当然のことながら、「売上高(販売額)=販売単価×販売数量」で計算される。また、「農家所得=売上高-販売コスト-生産コスト」として計算できる。農家としては、作った農産物を少しでも高く売りたい。そこで、販売計画を考える上では、販売単価のみに注目しがちであるが、これが大きな落とし穴になる。

話は、生産計画にさかのぼることになるが、高い品質のものを、手間をかけて数量限定でつくり高値で販売するという考えと、そこそこの品質のものを、手間をあまりかけずに大量につくり安値で販売するという考えがあろう。農家は経営者である前に、技術者であり職人であることから、多くの農家は前者の考え方を支持するだろう。個人的には、農家は農家としてのプライドをかけて、常に高品質のものづくりに取り組むべきだと思う。しかし、農業経営においては、前者も後者も、その折衷案もあろう。重要なのは、思いや志向のみに捉われず、数字的な根拠と戦略感を持って方針を定めることである。

例えば、同じ品目を生産している3人の農家がいて、農家Aは単価志向、農家Bは数量志向、農家Cはその折衷志向で、それに見合った生産手法を確立しているものと仮定する。上記の事例では、販売額は数量志向の農家Bが最も多い反面、農家所得では折衷志向の農家Cが最大になっている。上記は仮想のモデルであるが、現実的にも農家経営の実態はこうしたケースが多い。

次に販路について考えてみたい。農産物の販路としては、JA、卸売市場、仲卸業者、スーパー、直売所、飲食店、宅配・ネット販売などがある。それぞれ販売上でのメリット・デメリットがあり、農業経営の規模や生産体系、マーケティング環境により、どの販路に重点を置き、効率的な販路ミックスを選択するのかは、農家によって異なる。以下は、販路を検討する上で抑えて置くべき販路別の特性を整理する。なお、実際は、販売先と農家との交渉の上で価格や数量などが決定されることになる点に留意頂きたい。

なお、販路別の販売上の留意点については、流研レポート『地力本願』」の第5回目の「農作物の販売チャネルを選ぶこと~マーケットインで捉える~」で、弊社の小林研究員が詳述しているので、参考にして欲しい。

消費者が多い都市近郊の若手農家は、総じて直売志向にある。自ら値を付けられるし、消費者の反応も体感できることから、やりがいがある。特に、JAや卸売市場などより高値で取引きできることが、最大の魅力であろう。そこで、若手農家の中には、消費者ニーズに合わせた野菜を年間20品目以上つくり、周辺のスーパー5~6店舗のインショップに毎日配達し、B級品・C級品を直売所に持ち込むような販売形態をとる者も多い。しかし、収支を考えていないケースが多く、10%以上のロス率(引き取り率)が発生し、袋詰め・配達に多大なコストがかかっているケースも見られる。特に、販売にかかる農家本人の労働時間を計算しない例が非常に多い。

例えば、夕方5時~7時までは、翌日出荷分の調製・袋詰め作業、翌朝7時~10時までは配達。実際、ほ場で作業をしているのは6時間程度で、ほぼ年中無休という毎日を送っている若手農家がいたとしよう。スーパーでは好評を得ており、11時までの納品で構わないので、現在の5店舗に加え、もう2店舗配達を増やして欲しいと言われている。しかし、配達先を増やすことで農業にかける時間はさらに減ることになり、増産は不可能である。ちなみに、袋詰めや配達にかかる労働時間を計算したとろ、月間約150時間で、仮に時給2,000円で計算すると、この販売方法を取り続けることで月間30万円の人件費が発生していることが分かった。

販売価格は市場の1.5倍以上であると自慢するが、その経営実態は厳しい。現在は若さと体力で毎日休まず働き続けているが、いつまでもこのような生活が続くわけがない。配達作業を軽減できないかと、物流会社に見積もりをとったところ、2トン冷蔵車で5店舗分の配達経費は1日35,000円になるという。では、人を雇おうと考えたが、午前中の3~4時間のみ毎日働いてもらえるような都合がよい人材は見つからない。この若手農家は、近い将来、販売方法そのものを見直すことになろう。

販売価格が低いことから、JAや卸売市場への出荷を頭から否定する農家も多い。しかし、売れ残りのリスクや、販売にかかる人件費などを考えた場合、直売型の販売形態よりも実質的な農家所得が高くなり、生活ははるかに楽であるといったことも考えられよう。ちなみに卸売市場への出荷にあたっては、出来た時に1~2箱分を持ち込んでも、せりにかけられ安値しかつかないが、事前に出荷情報を出し、相応の品質とロットで出荷すれば予約相対による定価格での取引き、さらには品質に見合った高値取引にも応じてくれる。

販売計画の立て方のポイントは、自らの人件費を含めた販売コストから逆算して、販路の選定と絞り込みを行うことである。また、複数の販路を選択する場合、品目・等級で区分すること、販売コストに見合った売上が期待できる販売額を設定することなどが重要である。以下に、特定品目を対象とした、簡単なモデルケースを記載するので参考にして頂きたい。

このように、販売計画立案にあたっては、何度もいくつかの収支シミュレーションを行い、最適な販売方法や販路ミックスを導き出す必要がある。エクセルで、上記のようなフォーマットを作成しておけば、様々な検証が誰でも簡単に出来る。また、当初の計画と対応策を検討していくべきであろう。生産計画以上に計数分析が重要である。経験や勘による農業経営から数値的な根拠を踏まえた経営への転換を図るためにも、常日頃こうした計算をするくせを付けて頂きたい。