第20回 | 2017.08.28

農家の経営戦略③
~単品管理が決め手の生産計画~

前回のコラムでは、投資計画の立案手法について述べた。本日は、農家の経営戦略の第3回目として、生産現場での経営管理において重要となる、生産計画の具体的な立て方について述べてみたい。

農業経営においては、なるべく長期間に渡り、労働力の投下や施設・機械の利用を分散させ、安定収入が得られるような生産体系をつくることが望ましい。一つの品種・作型のみで、大規模に栽培しようとしても、生産能力には限界が生じることに加え、一時期に作業が集中する反面、仕事がない時期が長くなることから、所得は安定しない。そこで、稲作でも果実でも、専業農家の多くは、複数の品種や作型を導入しているし、稲作と露地野菜などの複合経営などにも取り組んでいる。

このように、生産計画の一番目の要点は、労働力と施設・機械を、年間を通して効果的に投下できるような生産体系の確立にある。特に、家族経営から法人的な経営へと移行する場合、経営規模を拡大することになるが、それに応じて雇用者も増やすことになる。しかし、年間を通して平準化された作業量がなければ、周年雇用は実現できず、優秀な人材確保は困難で、経営発展の阻害要因となる。

もちろん農業の場合、工場生産のようにはいかず、どれだけ努力しても、忙しい時期は集中するし比較的暇な時期も発生する。また、やる時には歯を食いしばってやり遂げ、後は稼いだ金で遊ぶと言うのが農業の面白みでもあろう。しかし、そのような感覚で農業に取り組んでいては、経営としての発展は期待できない。農業経営者としては、繁忙期と閑散期という山と谷の高低差を縮め、年間を通して労働量を平準化する努力が求められる。

人材は、地域に居住する女性などを時間給で雇用することが多いと思うが、現在は、忙しい時だけ来て欲しいとは、なかなか言えない経済情勢にある。時間給であっても、周年で雇用することで、多くの作業に精通してもらえるし、農業経営を行う上での貴重なパートナーにもなる。規模を拡大し、安定した経営を実現している農家の多くは、地域女性などをパートナーとして育成し、戦略的に活用している事例が多い。

以下は、雇用計画のモデルケースを記載する。作物ごと、作業ごと、月ごとに、概ねどれくらいの労働日数が必要になるのかを明らかにするために、予め計画を立てて、年間雇用者数、季節利用者を計算し、雇用計画に反映させる。こうした雇用計画の精度が高まれば、安心してリクルートが出来るし、応募者にも、年間を通して何をやってもいたいのか説明できる。さらには、労働の内容や目的を明らかに出来ることで、雇用者のモチベーションアップにもつながる。

年間を通し労働量を平準化するような生産体系を確立するためには、新たな栽培技術の習得に加え、作業の効率化・機械化なども必要不可欠である。特に、前者については、地域の種苗会社や農業関連機関、専門紙誌などからの情報収集や、先進地視察なども重要である。農家は経営者であると同時に技術者である。栽培技術は日進月歩で進化している中で、広く情報を収集し、新しい技術を研究して自らの技術力アップに結び付けることが求められる。

生産体系を確立する上で、もう一つ重要な視点は工程管理である。上記の事例では、極めて単純なモデルケースを示したが、実際には品目ごとに多種多様な作業が発生する。作業内容やほ場ごとに、種苗や資材の購入、要員の配置、機械の準備など段取りを定め、週ごと、曜日ごとのスケジュール表に落とし込んでいくことが必要である。農業に限らず、仕事が出来る者は全て、段取りがしっかり出来ている。また、農家がGAPを取得することはハードルが高いと言われているが、GAPの本質は、安全管理・衛生管理などの視点を踏まえ、この工程管理を当たり前のようにやることであると言える。

最後に、生産計画における重要な視点として、単品管理をあげておく。単品管理とは、例えば、A、B、Cの作物を生産する場合において、3つの作物ごとの収支構造を明らかにすることを意味する。多くの農家の場合、作物ごとの売上は把握していても、それぞれの作物が儲かっているのか、損をしているのかまでは分析しない。しかし、民間の製造業であれば、商品ごとの収支決算書をつくり、収支構造を分析することは当然行う。

上記のように収支を計算すると、品目別の売上高だけではなく、農家所得まで明らかにすることが出来る。この事例の場合、最も売上高が大きい品目Bの農家所得が最も低く、品目Cが所得向上に貢献していることがわかる。こうした分析結果は、例えば、品目Bの低コスト化の手法や、あるいは品目Bの栽培規模を縮小して品目Cを拡大することを検討するなど、経営内容の見直しを行うための基礎資料となる。

さらには、品目ごとの損益分岐点分析を行うことで、例えば3,000千円の農家所得を得るための必要売上高や、売上増加に伴う農家所得の増加額まで計算することが出来る。話が複雑になるので、ここでは詳しい説明は省略するが、興味・関心がある方は、市販されている簡単な経営分析の本を是非買って学んで頂きたい。

総じて農家は、丼勘定で経営を行う傾向にある。しかしこれからの農業は、数値的な根拠を持って経営に当たらなければ、成功はおぼつかない。ちなみに世の中の会社の経営者のほとんどは、滅法数字に強い。優秀な経営者は、例えば、原価率・利益率、損益分岐点売上高、人件費率、キェッシュフロー(税引き後利益+減価償却費)など、自社の数値指標が頭の中に叩き込まれている。こうしたいくつかの指標を基礎に、市況や生産状況に変化があった場合の経営への影響を、ほぼ正確に予測する能力を持つ。自慢になってしまうが、私もまた、そうした能力を持っている一人である。

では、どのようにすれば、数字に強くなるのか。答えは、多少の勉強と日々の習慣である。経営で活用する数値は、難しい方程式などはほとんどなく、基本は加減乗除でこと足りる。計数管理のノウハウなど、やる気があれば誰でも短期間で習得できるものである。次は、手帳に数字を書き込む習慣、エクセルに打ち込む習慣をつけるだけであり、それを3年間続ければ、誰でも達人になれる。数値で生産現場の現状・課題を知り、環境変化に対する予測を立て、経営内容を練り直す。農家もまた経営者である限り、数字に強い経営者をめざして頂きたい。