第18回 | 2017.08.15

農家の経営戦略①
〜農業の基本は製造業である〜

今回より数回にわたり、「農家の経営戦略」というテーマでコラムを綴ってみたい。農業と言っても、米、野菜、果樹、花卉、畜産と幅広く、作目によって、その経営内容は大きく異なる。そこで、この度のシリーズでは、米、野菜、果樹に絞り、農業経営のあり方や時代性を踏まえた戦略的な事業展開について述べることにする。その第1回目として今回は、農業経営の基本的な考え方を記載する。

農業は、気象条件によって収量や品質が大きく左右されるし、市況によって販売価格が乱高下することから、一般の製造業とは全く異なる産業であると言われる方が多い。収量も品質も価格も、その年によって違うため、綿密な計画を立てても無駄であると言う。確かに、これらの意見は、一面においては正しいと言えよう。しかし、全国の農家がこうした感覚で、総じて場当たり的な農業を続けてきたことが、農業経営の発展を阻んできた最大の理由である。

「農業の基本は製造業である」と言うのが、私の考えである。農業は、一般の製造業のように、全てが計画通りに進む訳ではないが、創意工夫と技術力によって、計画と実績の誤差を縮めることは出来る。その誤差が、30%以上の農家が多く存在する一方、10%以内に抑えている農家も存在する。誤差をさらに縮める努力が、農家経営の肝であり、農業は製造業であると言い切れる農家のみが、農業経営者としての資格を持てる。

現実に、成功している農家は、儲からない理由を、気象条件や市況のせいにはしないし、ましては国の政策やJAのせいなどにはしない。自らの努力で、計画と実績の誤差を最小限に食い止め、誤差が生じた場合はその要因分析を行い、知恵を絞って対策を練り、次年度以降の経営に活かしている。その行動は、製造業を営む企業もまた同じである。

また、「農家は経営者たれ!」は、私が常に講演会で述べていることだ。家族で農業をしている農家も、兼業で農業を行う農家も、企業と同様に経営を行っている訳であり、農家はすべて経営者としての自覚を持たなければならない。そして、経営者である限り、経理・財務に明るく、数字に強くなくてならない。青色申告をJAに任せているだけで、申告があがってきてはじめて自分の売上や所得を知るようでは、経営者ではない。

次に、農業経営の経営基盤について考えてみたい。経営基盤とは、農業をやっていくための基盤として必要不可欠な資産を意味する。それは、土地、施設、機械、人、そして技術に区分出来る。これらの経営基盤をしっかり持っていることが、農業経営を行う上での重要な要素である。これらの経営基盤は、親から引き継がれたものもあれば、新たに投資するべきものもあろう。

農家の二代目、三代目は、はじめから経営基盤を持って農業経営に当たることから、ゼロから農業を始める人よりも、圧倒的に有利である。しかし、引き継がれた経営基盤に甘え、自ら投資することをせず、家業を傾けている農家が多い。一方、異業種からの新規就農者でも、しっかりした投資を行い、短期間で農業経営を軌道に乗せている者も多く存在する。製造業である限り、適切な投資を行い、経営基盤をつくりあげることは必要不可欠である。

農業における投資とは、土地や施設・機械の購入、人材の確保・雇用、そして技術の習得を意味する。施設も機械も老朽化することから、現在の経営規模を維持させるだけでも、更新という投資が必要である。また、経営規模を拡大させるためには、さらに多大な投資が必要になる。つまり、経営基盤に対し投資が出来る農家だけが、経営を発展させることが出来ることになる。これは、製造業をはじめ、一般企業全てに共通して言えることである。

しかし、投資は常にリスクを伴う。私の周りでも、投資に失敗し、離農したり、自ら自分の命を絶つ農家がいた。それほど投資は怖いものである。ただし、その恐怖に打ち勝ち、英断出来る勇気がなければ経営は成り立たない。また、当然ながら、勇気だけではダメで、その前提として、社会・経済・政治情勢なども含めた経営方針、綿密な資金繰り計画、さらにはリスク回避の方法が練り込まれていなければならない。こうした前提なくして投資を実行することは、英断ではなく、無謀という。

次に、生産(製造)計画の考え方について述べる。ほ場や品目、時期・時間に区分して、経営基盤をフルに活用しつつ最適な配分を行うことが、生産計画を考える上でのポイントである。整備した施設や導入した機械が有効活用されていないようであれば、それは過剰投資であり、不健全な経営状況であると判断出来る。

経営基盤に対し、どれだけの収量・売上をあげられるかを生産性と言い、重要な経営指標の1つである。農業においては、土地生産性、施設・機械生産性、労働生産性の3つが具体的な指標となろう。具体的には、1反あたり2,000㎏の収量、一人あたり1,500万円の売上などと数値化出来る。農業経営を考える場合、この生産性という数値目標を設定することが非常に重要である。

売上高は、数量×価格で計算出来る。また、農家所得は、売上高‐経費で計算出来る。さらに、経費は、販売費(手数料や出荷資材など)+生産費(種苗や肥料・農薬、賃金など)+原価償却費などと計算出来る。生産性目標という数値に加え、売上・経費・利益の収支構造の目安となる数値を設定するも必要不可欠である。これらの経営の目安になる数値は、会社の経営者であれば、全て暗記しているものだ。よって立つ数値があって初めて、細かな生産計画を立てることが出来る。

また、農業の場合は、植物工場などの生産形態を除き、一般の製造業とは異なり、年中同じ製造工程を組むことは不可能である。土づくり、育苗、定植、追肥、防除、収穫、調製・出荷の作業には数か月を要し、月ごと、週ごと、日ごとに作業内容や作業量が異なることから、その作業に投下する労働量や労働の質は当然異なる。個人や家族経営の場合は、日々の作業量の増減に対し、柔軟な対応が可能であるが、要員が限られるため、一定規模の経営しか出来ない。

人を雇えばそれだけ生産量は増えるが、その時々によって作業量がバラバラなため、年間雇用は難しい。したがって、雇用者を増やして経営規模を拡大するためには、例えば、水稲単作ではなく、水稲+露地野菜+施設園芸などの複合経営が求められることになる。このように、農産物の生産計画では、日々の労働分配を適切に行えるかどうかがカギになる。

最後に、販売計画について述べておく。安定的な販売量と代金回収が期待出来ることから、全量JAへの共選出荷という考え方もあろう。JAに出荷したものは、概ね卸売市場を通して、実需者に販売される。卸売市場は法的に受託販売を拒否できないことから、出荷したものが売れ残ることはない。かつては、市況によって大きく価格が乱高下したが、現在JA出荷品のほとんどが、出荷前に取引数量と価格を事前に決めて出荷する相対取引であるため、価格は安定している。しかし、出荷規格から外れる規格外品は出荷出来ないことが、JA出荷のデメリットであると言える。

一方、JAを通さず卸売市場に直接持ち込む販売方法もあろう。大型農家であれば、相応の出荷量を計画的に出荷することが可能なことから、予め価格を決めて取引することが出来る。しかし、小規模農家の場合、出荷数量が少なく、品質も安定しないことから、卸売市場ではせりにかけられることになり、安値しかつかないケースが多い。これを卸売市場のせいにする農家も見られるが、経済原理から言って当然であり、悪いのは不安定な出荷しか出来ない農家の方である。

その他の販路としては、スーパーや仲卸業者との直接取引、直売所への委託販売、通販やネット販売などが考えられる。また、果実の場合、きずもの(規格外品)を専門に扱う業者への販売方法もある。販路は多い方がリスク分散にはなるが、多ければ多いほど、販売に要する経費や手間が増えることになる。スーパー10店舗と取引し、毎日納品していては、生産現場に立つ時間がなく、需要はあっても生産量を増やすことは出来ない。販売計画の基本は、A品~D品まで規格帯別に全て売り切れる販路を持つこと、収量の増減や市況の変化などのリスクヘッジが可能な販路の組み合わせをつくること、そして販売経費や販売の手間を最小限に抑えることなどである。

今回は、「農家の経営戦略」の第1回目として、投資計画、生産計画、販売計画についての基本的な考え方を整理した。そして農業の基本は製造業であり、農家であっても経営者としての感覚を身に付け、行動計画を練ることの重要性について述べた。次回以降のコラムでは、それぞれについて、具体的な事例や数値などをあげながら説明していきたい。