第14回 | 2017.07.18

卸売市場の経営展望②
~経営展望の策定手法について考える~

国の「第10次卸売市場整備基本方針」においては、卸売市場を一つの経営体として捉え、将来を見据えた卸売市場全体の経営戦略的な視点から、その将来方向とそのために必要な戦略的で創意工夫ある取組みを検討し、迅速な意思決定の下で実行に移す体制を構築することとしている。具体的には、各卸売市場において、開設者及び市場関係業者が一体となって、現状に対し客観的な評価を行った上で、それぞれの卸売市場のあり方・位置付け・役割、機能強化などの方向、将来の需要・供給予測を踏まえた市場施設の整備の考え方、コスト管理も含めた市場運営の方針などを明確にした経営展望を策定し、卸売市場としての経営戦略を確立することとしている。

こうした指針を受け、全国の中央卸売市場並びに主要な地方卸売市場にあっては、経営展望を策定する動きが加速している。全国で策定された経営展望のいくつかはホームページでアップされていることに加え、農林水産省においても経営展望の策定事例集をつくり公開されていることから、その策定手順や記載すべき内容は理解できる。しかし、そうして策定された経営展望の内容が、その後実践されておらず、いわゆる「絵に描いた餅」になってしまっているケースが多い。そこで、本日は、実現性と有益性を備えた経営展望の策定手法について述べてみたい。

経営展望の策定にあたっては、高い専門性を持つコンサルティング会社を活用する方が効果的・効率的である。関係者と市場関係者のみで策定するケースも見られるが、市場関係者は、それぞれの立場や見解、めざす方向性がバラバラで、加えて「呉越同舟」の状態にある。こうした背景から、市場内のメンバーのみで集まり検討を重ねても、市場全体の戦略方針をまとめることは難しい。したがって、公平な立場にある第三者が入った方が、円滑に検討が進み、実践的な内容に仕上がる公算が高い。しかし、極めて専門性が高い分野であることから、この業務を請け負えるコンサルティング会社は、流通研究所を含め数社しか存在しないと思う。

経営展望を策定するためには、その卸売市場を取り巻く環境変化について調査し、SWOT分析を行うことからはじめる。まず、文献・統計調査やヒアリング調査などにより、消費動向、産地動向、実需者動向、業界動向及び社会動向など、市場を取り巻く外部環境を評価し、その市場にとっての機会と脅威について分析する。特に、主要取引先のJA・JF、スーパー、さらには競合となる卸売市場の動向などを把握することが重要である。また、前回のコラムで述べた卸売市場法改正に向けた政策動向は、最も注視すべき外部環境の変化として位置付けられる。

次に、統計調査やアンケート調査などにより、市場関係者の経営状況や市場全体の取組課題などを把握することで、市場を取り巻く内部環境を評価し、強みと弱みについて分析する。特に、市場の中核をなす卸売業者、仲卸業者などに対しては、それぞれの経営状況や市場運営の現状・課題、経営展望での取組意向などについて、十分把握しておく必要がある。これまでの業務経験を踏まえると、この作業は非常に大切であり、それぞれの立場や考え方に留意した実現可能な戦略を立案する上での大きなポイントになると考える。

外部環境及び内部環境の評価を踏まえ、強み、弱み、機会、脅威を整理し、クロスSWOT分析を行う。その分析結果として、「積極的攻勢(強み×機会)」、「差別化(強み×脅威)」、「弱点強化(弱み×機会))、「専守防衛(弱み×脅威)」の4つの区分ごとに基本戦略を導き出す。加えて、これらの基本戦略を踏まえてめざす将来像を明らかにする。参考までに、分析手法の基本的なフレームを以下に記載しておく。

【分析手法の基本フレーム】

ここからの作業については、開設者及び市場関係者の代表者によって構成される検討会において検討を重ね、合意形成を図りながら答えを導き出していくことになる。効率的な検討を進めるためには、コンサルティング会社と開設者に検討を重ね、検討会ごとに事務局案を示すことが望ましい。また、必要に応じて卸売会社や市場協力会などを加えた事務局会議を開催し、提示する内容を事前に詰めておくことも重要である。なお、青果部、水産部など複数の部門を持つ卸売市場にあっては、かみ合った議論を行うためにも、検討会の下に青果部会、水産部会などの下部組織をつくり、それぞれ深堀した議論を重ねることが肝要である。

本戦略とめざす将来像が決まったら、次に行動計画の策定作業に着手する。それぞれの基本戦略を実行するための具体的な取組みとして、何を誰がいつ行うのかについて明らかにすることが行動計画である。参考までに、基本戦略と行動計画を含めた経営展望の基本的な策定フレームを以下に記載する。

【経営展望の基本的な策定フレーム】

 

また、経営展望を策定した後の推進体制が重要である。先ずは、市場関係者を一堂に会した場において、経営展望の内容を説明し、その内容を簡潔に整理した概要版を配布するなどして、市場関係者の合意形成を図ることが重要である。加えて、策定された経営展望が、次年度以降も確実に推進されるよう、例えば、仮称・経営展望推進委員会のような組織をつくり、進捗管理やローリングなどの役割を担う組織体制を確立する必要がある。

今回は、経営展望の策定手法をテーマにしたコラムであり、経営展望に盛り込むべき具体的な内容については次回以降にコメントする。ちなみに、冒頭説明した「第10次卸売市場整備基本方針」においては、市場がめざす方向性として以下の5つが記載されている。

個人的には、いずれも的外れの内容であり、経営展望を策定する上での参考にならないと考える。「①大規模な集荷・分荷機能の発揮」ができる市場は、青果では大田市場、水産では築地市場など一部の中央卸売市場に限定され、ほとんどの卸売市場は、このような機能を発揮したくても現実的には出来ない状況にある。「②産地との連携による魅力ある生産物の集荷・販売」については、産地でブランド化を図ろうとしている産品や希少価値が高い産品を有利販売することなどを意味すると思われるが、薄利多売が商売の原則である卸売市場では、このような取引に特化しても全く利益があがらない。「③加工・業務用ニーズに対応した機能強化と商品開発」では、例えば、加工・業務用野菜は物流コストを削減するため産地から実需者への直接納品することが一般的であり、市場が行う上では商物一致の原則が大きな障壁となる。「④輸出等を通じた新たな需要開拓」では、水産については、輸出ビジネス可能性は多少あるものの、野菜・果実はマーケットが小さすぎて取り組むこと自体がナンセンスである。

個人的には、卸売市場の経営展望の基本方針は、①集荷力の強化、②販売力の強化、③機能力の強化、④組織力の強化の4つであると考える。次回以降のコラムでは、項目ごとに、具体的な基本戦略や行動計画の内容について、私が思うところを述べてみたい。