第13回 | 2017.07.10

卸売市場の経営展望①
~卸売市場が取り巻く環境変化について考える~

都議会選挙においては、都民ファーストの会が圧勝し、小池知事が先に打ち出した「築地市場と豊洲市場を共に活かす」という政策の具現化に向けた動きが加速しそうだ。卸売市場は、日本の食料品流通を担う大動脈であり、産地にとっても国民にとっても必要不可欠な存在である。しかし、閉鎖された空間の中での卸売市場法と条例に縛られた取引実態は極めて複雑であり、一般の国民にはなかなか理解できない存在でもある。これまで数多くの中央卸売市場の経営展望の策定などを支援し、多様な市場関係者とネットワークを持ち、謀県の卸売市場整備計画審議会の座長まで務めた私でも、未だにその全体像やあるべき姿をつかみきれない状況にある。

しかし、流通研究所が、農業・水産業の振興を支援するという経営理念を掲げるからには、卸売市場は避けて通れない研究テーマである。社会的な背景や歴史、現状・課題やあるべき方向性などを研究する大学の先生方は何人かいらっしゃるが、市場関係者個々の商売の実態や市場関係事業者の生き残り策まで踏み込んで卸売市場を語れる方は、ほとんどいないのではないかと思う。そこで、このコラムの第3弾として、青果物・水産物を扱う中央・地方卸売市場の経営展望をテーマとし、私なりの持論を述べてみたいと思う。本日は、その第1回目として、経営展望を描く上での「卸売市場を取り巻く環境変化」について、特に重要と考える点をコメントする。

1つ目の環境変化は、消費量の減少と消費形態の変化である。高齢化が進展し、人口減少社会に転じた中で、国内の食料品消費量は、今後も確実に減り続けているという現実は動かしがたい。また、内食化率が減少し、弁当・惣菜を含めた加工品の消費は拡大し、主要野菜13品目の業務・加工品の仕向け割合は56%まで高まっており、卸売市場の主要顧客である小売店への仕向け割合を上回る状況になっている。つまり、卸売市場の取扱品目である生鮮品の国内におけるマーケット規模は、今後も一貫して縮小していくことになる。

2つ目の環境変化は、小売店業態の変化である。かつては街の八百屋や魚屋が数多く存在し、その多くは売買参加者として卸売市場の主要な顧客になっていた。しかし、現在は消費のワンストップ化の進展から、こうした専門小売店は著しく減少し、消費者が生鮮品を購入する場所の9割近くがスーパーになっている。地方の地場密着型スーパーでは、近隣の卸売市場から仕入れる傾向が強いものの、大手のチェーン店は、スケールメリットの発揮をめざして本部一括仕入れを志向していることに加え、産地との直接取引などの市場外流通に力を入れている。加えて、直売所やインターネット販売など、市場外流通の小売形態が拡大しており、卸売市場の経由率の減少に拍車を掛けている。

3つ目の環境変化は、産地構造の変化である。農業でも水産業でも生産者は激減しており、生産力自体が衰退傾向にある。こうした状況に対応するため、JAでは大規模生産者の育成、JFでは自営船の操業や養殖などの自主事業などに取り組んでいるが、出荷量の減少に歯止めが掛からない状況にある。かつては、いずれのJAも数多くの卸売市場に出荷していたが、こうした状況を踏まえ、近年は出荷する卸売市場を絞り込む傾向が見られる。加えて、生産者所得の安定に向けて、直売事業や業務加工向けの契約的取引など、市場外流通に力を入れる産地が増えている。なお、JAと卸売市場との取引形態は、従来のせりから予約相対へと急速に変化しており、予め、概ねの数量と取引価格、さらには販売先まで決めた上で出荷する方法へと変化している。

このように、時代の流れの中で消費も小売も産地も大きく変化しつつあり、卸売市場にとっては、その全てが逆風になっていると言えよう。このような環境変化を背景に、卸売市場のマーケットが減少していく中で、生き残りをかけた戦いが始まっている。そして、その戦いの性格は、卸売市場間の戦いではなく、むしろ、同一の市場内での戦いへと変貌しつつある。

卸売市場は、産地からの荷を受ける卸売業者、卸売業者から荷を買いスーパーなどに販売する仲卸業者、市場の買参権を持つ専門小売店や飲食店などの売買参加者の3者により構成される。これまでは、卸売市場法を背景に、明確な役割分担のもと取引関係を築いていたが、マーケットが縮小する中で、顧客の奪い合いが過熱している。仲卸間でスーパーの取り合い合戦が繰り広げられる一方で、本来はその権利を持たない卸売業者が、「第三者販売」という名目で市場内の合戦に参加し始めている。一方、仲卸業者も、卸売業者から荷を買い付けるのではなく、産地から直接荷を買い付けスーパーに販売するという「直荷引き」に力を入れつつある。

このような市場内競争、いわば仁義なき戦いが激化してきた理由の根は深い。マーケットが縮小し、スーパーに販売先が限定され、産地は出荷する市場を絞り込むという環境変化の中で、先ず戦線から離脱したのは、専門小売店を中心とした売買参加者であり、次に力が弱い仲卸業者であった。買い手が減少したため、卸売業者が荷を引いてきても売れ残りが発生しまうケースが増加する。荷を買ってもらえないため、卸売業者は産地からの仕入れを抑制せざるを得ず、結果として産地からの信頼を失墜させる。一方、生き残った仲卸は、卸売業者が十分な荷を集めてこないため、スーパーのニーズに対応した品揃えを実現できず、取引きの縮小を余儀なくされる。つまり、売れない→荷が集まらない→さらに売れない→さらに荷が集まらないという「負のスパイラル」に陥っている訳である。

この状況を打破するためには、卸売業者は自ら売る、仲卸業者は自ら荷を引くという行動に出ざるを得ない。前者の第三者販売については、産地の荷がタブ付いた場合や公益性に資すると開設者が認めた場合などの例外を除いて原則的に禁止である。後者の直荷引きは、卸売業者の伝票を通して申告すれば問題ないものの、申告しない裏取引が横行しているのが実状である。さらに、相応規模のチェーン店となると、物流コストを圧縮するため、産地から引いた荷を市場に一旦入れるのではなく、産地から直接配送センターに納品することを要望する。しかし、卸売市場には、商物一致の原則があり、電商取引などの例外を除き、産地からスーパーなどへ直接納品してはならないことになっている。これらの行為については、開設者が管理し取り締まる義務があるが、特に地方にあっては実質的に黙認されるケースも多い。

こうした状況を踏まえ、市場を取り巻く重要な環境変化として、最後に市場法改正に向けた動きについて触れざるを得ない。現在国では、卸売市場法の抜本的な改革を検討中であり、早ければ今年の秋ごろには基本的な改革方針が公表される見込みである。その骨子は、「第三者販売・直荷引き・商物分離の自由化」である。先に述べたような裏ワザの取引きについて、例外規程を撤廃しようとすることが趣旨である。もし、これが法的に認められるようになると、間違いなく全国の卸売市場には激震が走る。

では、このような改正が行われた場合、卸売市場にどのようなことが起こるのだろうか。先ずは、力の弱い仲卸や売買参加者の廃業はさらに加速され、卸売業者と力がある仲卸業者のみが生き残ることになる。これまでも段階的に進んできたことであり、経済原理から言っても当たり前のことであるが、この度の法改正は、弱っている事業者に引導を渡すことになり、市場関係者の淘汰が一気に進むことになろう。また、卸売業者も仲卸業者も、自ら荷を引き、自ら販売する訳であるから、卸と仲卸の業種の垣根がなくなることになる。さらに、商物分離の自由化により、開設区域を超えた取引も拡大することになろう。

したがって、卸売業者と限られた有力仲卸業者のみが、公設卸売市場という、開設者が所有する広大な敷地と開設者が整備した施設を利用して、スーパー対応型の流通センターとしての商売に特化することになろう。卸売市場を都道府県や市が開設する理由は、その地域(区域)の住民への食糧の安定供給が目的であり、売買参加者や買出人など多く受益者が存在するからだ。また、市場取引の適正化に向けた管理業務が開設者の主体たる業務であったが、全てが自由化となれば、開設者の存在意義自体も希薄になるし、開設者が敷地を提供し施設を整備する理由づけも希薄になる。

最後に、民間活力による市場の活性化という動きにも触れておきたい。小池知事は、豊洲も築地も活かすという方向性を示された。卸売市場に対し、多少知見がある者であれば、どうやって財源を確保し、市場機能を保持した上で、それを実現するのだろうと首を傾げたと思う。しかし、その後の発言など分析すると、小池知事が目論む概ねの方向性は推察できる。一言で言えば、市場用地・施設の民間への切り売りである。

全国の公設卸売市場は、いずれも交通アクセスに優れた一等地に広大な用地を持ち、原則として平屋建ての鉄筋コンクリートの塊のような施設が整備されている。しかし、市場内での取引量は最盛期から半減しており、敷地も施設も余ってきているはずだ。そこに着眼しているのが市場会計に苦慮する開設者である。一方、卸売市場は、民間の開発関連事業者にとって、喉から手が出るほど魅力的な物件である。神戸中央卸売市場(神戸本場)がイオンモールを誘致したように、市場用地の一部を売って財源にするという事業スキームは既に確立済みである。今後は、民間事業者に地代を払ってもらいつつ、市場施設と商業施設などの複合施設を作ってもらい、そのうち市場施設を県や市が借り受けるなど、PPPの手法を活用した様々な事業スキームが導入されることも考えられる。

これまで卸売市場は、国が所管する中央卸売市場、都道府県が所管する地方卸売市場、民間企業が開設する民間市場に区分されてきたが、今後は、そのような区分自体がなくなる可能性がある。卸売市場が取り巻く環境変化は、これまでは比較的緩やかなもので、市場関係者の痛みも持病のように慣れっこになっていた節がある。しかし、これから起こる環境変化は、卸売市場という従来の既成概念を捨てて、全く新しい発想で時代を切り拓く者にしか活路を見いだせないようなものとなろう。