第247回 | 2015.08.03

農業経営ビジョンを描こう! ~ 農家の経営計画のつくり方 ~

私は前々回のコラムで、最良のパートナーとなるお嫁さんと共に将来のビジョンを描き、達成までの道筋を明らかにしようと書いた。では、どのように経営ビジョンを描き道筋を決めたらよいのか。本日は、出来るだけわかりやすく農家の経営計画の立て方を解説してみたい。経営計画の立て方は、農家の現在の状況によってかなり違ってくる。ここでは、施設+露地野菜の専業農家の2代目、農学部卒業後の就農3年目で25歳、来年あたり長年付き合ってきた彼女と結婚予定といったモデルを設定して考えてみることにする。

先ずは、ビジョンを実現する期限を設定することから始める必要がある。目標とする年度を決めないと、夢は所詮夢物語で終わってしまう。よく10年後の姿などという言葉を耳にするし、行政計画などは10年間を計画期間とするケースが多い。しかし私は5年後を目標年度とすることをお薦めする。10年先は世の中も自分もどのように変わっているのかわからず、想像することさえ困難だ。人がある程度現実感を持って描ける未来は、5年先が限界であろう。

次に、5年後にどんな農業経営を実現したいのかを考える。現在の売上高が1,000万円なのに5年後は1億円をめざす、野菜農家はやめて果樹農家をめざすなど、現実とかけ離れたビジョンを描いてもだめであろう。ビジョンの描き方は多くの教科書に書かれているように、外部環境の変化を機会と脅威に区分し、内部環境の状況を強みと弱みに区分して分析し、進むべき事業領域を明らかにし、その上でめざす姿を描くというSWOT分析の手法をとる。

このように書くと非常に難しそうに感じるだろうが、冷静に考えれば誰でも出来ることだ。例えば外部環境の変化では、今後も鮮度・完熟が売り物の直売事業が伸びる、品質・味覚が良ければ高くても買ってくれる消費者は増える、近隣で新たなスーパーの出店が期待できるなど、世の中の動きを自分なりに整理すればよい。内部環境の状況では、近隣のスーパーを中心に相応の販路は確保出来ている、主力のトマトは評判がよく顧客がついているなどの強みと、露地ものは品質が安定せず直売所で安売りするケースが多い、売上に対する所得率は仲間の農家より低いなどの弱みを把握する。機会・脅威・強み・弱みを、出来るだけ簡潔に箇条書きで書き出すことがポイントである。

これらの作業からめざすビジョンを導き出す訳であるが、その答えは容易に出るものではない。機会を捉え脅威を回避する、強みを活かして弱みを克服するなど、教科書には様々なことが書いてあるが、最終的には「自分はどんな農業をしたいのか」という心から突き上げてくるような思いと、それにかける情熱、そして覚悟によって将来像は決まることになる。その結果、例えば「露地野菜は全てやめてブランド力の高いトマト専業農家になる」などといったビジョンが脳裏に浮かび、何日も、寝ても覚めても自問自答を繰り返すことで、思い付きは自信となりやがて確信に変わる。

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どのような方向性を選択しビジョンを描くか、同じような環境に置かれていても、人によってその答えは異なる。また、思いや情熱だけでなく、経営者としてのセンスも求められる。酷な言い方をするようであるが、経営センスのない農家は、方向性の選択を誤り正しいビジョンを描けず、努力しても大成しない。経営センスを磨くためには、常に世の中の動きにアンテナを張り巡らし、日々の学習・研究を欠かさず、そこで考えたことを日記に整理し続けるような習慣が必要だ。ちなみに、勉強が出来る者が経営センスを持っているのではない。日々日経新聞を欠かさず読んでいて知識が豊富でも、その知識を自分の行動指針として整理し、自らの行動につなげることが出来ない者は、どれだけ学習しても経営センスは身に付かない。

さて、ビジョンが固まった後は、どれだけの売上・所得をめざすのかという数値目標を設定しよう。例えば、現在の所得が300万円であれば、ビジョン達成年度の所得目標を現在の2倍の600万円に設定するといった考え方だ。夢は数字とセットで考える必要がある。夢は必ずしも数字で表せるものではないが、経営である以上、ビジョン≒数値目標としなければならない。数値目標の決め方は、本来実現に向けた分析を重ねる必要があるが、農家の場合、自分のため、家族のため最低600万円は欲しいなどといった考えで決めればよいと思う。

数値目標が決まったら、農業経営の構成要素別にその数値の実現に向けた方法や条件を詰めていく。これは私の考えであるが、農業経営を構成する要素は、①品目・品種、②農地・施設・機械、③販路・流通、そして④経験・技術・労働力の4つに区分されると思う。この4つの要素を、例えば以下のような表組みで整理する。

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ここではあまり細かな計算をしても意味がない。なぜならいくら時間をかけて綿密な計画を練りあげても、実際の収支はほとんどその通りにはならないからだ。気象条件や栽培方法などによって収量も変われば、市況や販路などによって単価も所得も変化するだろう。先ずは、これまでの経験や県の経営指標などを参考に、数値の目安を設定し、その後は実践しながら各数値の修正を繰り返えす作業をしていく必要がある。

こうした基本的な計画を踏まえ、ハウス4棟での生産が自分を含めた労働力で賄えるのか、新たにハウス2棟を整備する資金をどのように確保するのかなど、計画を実現するための「ひと・もの・かね」という経営資源の過不足を検証する。特にパートなどを雇用をする場合、施設・機械などを購入する場合はコスト負担が発生することから、投資・コストの回収の可否を含めて慎重に検討する必要がある。

次に、これらの投資計画を含めて、初年度、2年目、3年目、4年目、そして5年目の目標年度までの年度別計画を作成する。これを中期経営計画という。中期経営計画の作り方は多様な方法があり、各種のノウハウ本を参考にして頂きたいが、以下のような単純なものを作成した後、枝葉をつけて行けばよい。計画づくりでは、いつまでに何をやるのか、何をやるべきなのかを明らかにするような骨太の考え方を持って、なるべく単純につくることがコツだと思う。なお、所得向上や規模拡大だけがビジョンではなく、技術向上やブランド化などもビジョンであり、その実現のためには経営計画が必要になる。

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現状維持が生き方の主義であり、5年後も何も変わらない、変えないという考えの人も中にはいるだろう。しかし、自分も歳を重ね、家族も出来て、子どもも成長していく以上、現状維持で自分の人生に満足する人は少ないはずだ。夢を描けない人生、何も挑戦しない人生なんて、面白くない。会社員でもなく公務員でもなく、農家という職業を選んだ以上、良くも悪くも経営者としての人生を歩みだしていることを認識すべきであろう。さあ、経営ビジョンを描き、経営計画を作成してみよう。