第263回 | 2015.12.07

農業を取り巻く今年の環境変化を捉える ~ 平成27年も激動の時代だった ~

平成27年もあと1か月を切った。今年も振り返れば、農業を取り巻く環境は大きく変化した。私は、「農家は経営者たれ」と様々な機会で言ってきた。企業の経営者は、日々広くアンテナを張り情報を収集して、自分なりの大局感をつかみ経営に活かそうと努力している。したがって農家もまた、農業を取り巻く環境変化を捉えておく必要があろう。本日は、今後の農業経営に重要となると私が考える今年起こった変化について、いくつか散発的に紹介しておきたい。

先月末に、農林水産省は、2015農林業センサスの概数値を発表した。発表によれば、農業就農者の減少と高齢化がさらに深刻化する反面、高齢者の離農が加速する中で農地が担い手に集まり、担い手の規模拡大が進んでいることに加え、法人経営も増加しているという。高齢者の離農では、特に70歳代の減少率が顕著化したが、これは高齢者でも比較的容易な稲作経営者が、米価の低迷などを背景に離農が進んだことが理由と考えられる。今年度米価は一時的に持ち直したが、中小規模の稲作農家の離農が今後も加速するなら、米の栽培面積は段階的に縮小し、需給バランスがとれるようになり、米価はある程度維持される可能性もある。

したがって、今後の稲作経営においては、大規模化・機械の大型化などにより単位コストの低減に努める一方、米+飼料米や野菜などαの複合経営で勝ち抜いた農家がだけが生き残り、小規模農家はどんどん消えることになる。稲作経営を取り巻く環境は依然として厳しいが、農家の振るい落としが進行する中で、歯を食いしばって頑張る専業農家には大きなチャンスが訪れるのではないかと考える。

来年から3カ年の県域のJAグループの方針を決める大会が各地で始まっている。議決内容は、農家所得の伸び幅、園芸品目の増産面積、直売所への新規出荷者数など、具体的な数値目標を掲げる地域が多い。その一方で、政府からの農協改革の要請を受けて、高知・広島をはじめとした県下1JA制度への移行や、広域合併など、大再編に向けた動きが加速しそうだ。県内1JAになれば、農産物の販売を一元的に出来るようになり、経営効率の向上が見込めることに加え、市場や量販店に対する産地のイニシアチブが強くなり、取引価格の維持・安定に寄与するだろう。また、都市部のJAにあたっては、直売所の新設やチェーン化、非組合員の准組合員化による出荷者の拡大などに力を入れることになろう。

合併により、地域ごとのきめ細かな指導や営農対策は希薄になるが、JAの販売力は依然より増強されることが期待できる。JAを離れ、独自の販路を築き上げている専業農家は多いが、JAを有力な販路の一つと捉え、系統流通を再度利用することも検討すべきであろう。また、都市部にあっては、JAの直売所への出荷を強化することも検討するべきである。実際、全国に多くの直売所が存在するが、売上が伸びているのはJAの直売所であるケースが多い。JAに対しては、市場出荷偏重型の販売事業や、平等原則による出荷手数料の均一化など、大型農家にとっては不満はあるだろうが、その底力を甘くみてはならない。

国の、第10次卸売市場整備整備計画の骨子が明らかになった。第9次で示されていた拠点市場という考え方が消え、各市場は強みを活かした特色ある市場をめざし、これまでの規制概念に捉われない多様なビジネスを創造して生き残りをかけろという趣旨である。来年は、築地市場が豊洲に移転されることに加え、卸売会社同士の経営統合が進むなど、卸売市場はまさに激変の時代を迎えている。その中で、これまで取組みが希薄だった、小規模産地や生産法人との連携強化や加工業務用取引の推進など、卸売市場は新たなビジネス構築に向けた動きを活発化している。

卸売市場というと、委託販売方式のせり取引が原則で価格変動が激しく、良い値はつかないというイメージを持つ農家が多いと思うが、現在はせり取引きはほとんどなく相対取引が中心で、契約的な取引や買取販売も拡大している。競合が激化する中で、各市場ともいかにして良質で特色ある農産物を確保するかが課題になっており、産地・生産者に向けて熱いラブコールを送っている。農家にとっては、卸売市場との取引を優位に進め、販路が確立していない特産農産物などを売り込むチャンスである。また、卸売市場は、小売店や飲食店、給食産業など幅広い実需者の多様な情報を持っている。先ずは情報交換から始め、新たな品種や作型などを逆転案し、成約に結びつけていきたい。

農林水産省・総務省の両省は農地向けの税制制度を見直し、農地中間管理機構に長期間貸し出す農地の固定資産税を軽減する一方で、耕作放棄地に対しては1.8倍に引き上げる方針で検討を進めている。農地中間管理機構の集積目標は大幅に未達で、大規模化や企業参入が進みにくい状況を踏まえ、タブーとされてきた農地の税制改革に着手したものである。この税制改革と、高齢の稲作農家の離農があいまって、今後農地集積は加速するものと考えられ、制度上の問題は多々あるものの、担い手農家にとっては朗報と言えよう。

担い手農家は、これをチャンスと捉え、制度を積極的に利用し、大規模化・法人化を計画的に進めることを検討したい。その際、借り受ける農地の耕作条件や集積状況などを精査することに加え、将来的な経営展望の中で、その農地がどのように位置づけられるのかを確認することが大切でである。無計画に借り受けると、経営が非効率になり、自分の首を絞めることにもなりかねない。

このコラムでも何度も取り上げてきたが、最後は今年最大の事件であった、TPPの政治決着についても多少触れておきたい。私は、決まったことに愚痴をこぼしても仕方がない、不安を募らせても何の進展もないと、全国の農家にメッセージを送りたい。これからの農業経営でやるべきことは、品質の維持・向上とコスト削減である。これができない農家は振い落され、出来た農家のみが生き残ると割り切って突き進むしかない。

先般中小企業診断士の更新研修で、孫請けの中小企業の社長の講義を受けた。大企業の下請けが7割を超える中小の製造業者は、元請けからの要請に応えるため、日々アイデアをひねり出し、血が滲むような努力のもと、品質改善・技術向上とコスト削減を実現して、生き残ってきている。その期間、何度も倒産の危機に瀕し、死を覚悟したことも1回や2回ではない。私も中小企業の社長として体験してきたことであるが、順風満帆で成長してきた企業など存在しない。その点、農家にはまだ甘えがあるし、努力の余地は無限大にあると思う。TPPは、自らの意識改革を促し、農業経営を見直して、生き残りの戦略を立てるための大きなチャンスと捉えたい。