第255回 | 2015.10.13

TPP大筋合意、生き残りをかけた戦いがはじまる ~ 男なら、嘆く前に戦いを挑め! ~

2010年3月に第1回交渉会合を開いてから、約5年半の歳月をけかて、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)の閣僚会合はこの度、大筋合意にこぎつけた。その結果、日本はガット・ウルグアイラウンド以来の高い水準で、農産物の市場開放に応じることになる。

最終調整が続いていた米国産米の特別輸入枠をめぐっては最大7万トン、加えてオーストラリア米は8,400トンで決着する見通しである。麦は、米と同様、小麦23.5万トン、大麦6.5万トンの特別輸入枠が設けられる。牛肉は、現在の関税38.5%を段階的に削減し16年目には9%まで引き下げる。豚肉は、低価格帯の肉にかける482円/㎏の重量税を10年目に50円/㎏まで引き下げ、高価格帯については現在の4.3%を関税を10年目にゼロにする。そして、乳製品は、脱脂粉乳やバターの関税割り当てを、ニュージーランドと米国、オーストラリアに生乳換算で計7万トン程度設置する方向で決着する見通しだ。

重要品目には、セーフガード(緊急輸入制限措置)など一定の影響緩和策も導入されるものの、国内農業への打撃を抑えきれるかは不透明である。政府は、TPP=環太平洋パートナーシップ協定を巡る交渉の大筋合意を受けて、国内農業への影響に対する懸念に応えるため、新たに総合対策本部を設置し、農業の振興や競争力の強化などに向けた検討を本格化させる予定である。

国の基本方は、「攻め」の対策として、農地集積・集約化、輸出促進、6次産業化などの従来通りの体質強化を進め、強い農業への転換をめざす。また、「守り」の対策としては、重要5品目を中心に国内農業への影響を緩和させる政策を打つ方針である。米は政府買い入れ量の拡大など備蓄運営による主食用米生産への影響を軽減し、麦・甘味資源作物はマークアップの財源確保など国産品の安定供給のための環境整備を進め、牛肉・豚肉・乳製品はセーフティネットの拡充など経営の継続・発展のための環境を強化するという。

国民の米離れで米価が下落するなか、国は今年度、主食用米の生産数量目標を前年度比14万トン減らし、全国の米産地に生産量の削減を求めた。農家が飼料用米などへの転換を進めた結果、多くの産地で生産数量目標を達成する見込みである。こうした中で、米の特別枠はさらに拡大し、その分安価な米が輸入されることになることから、再び米価が下落する懸念が高まっている。また、主食用米から業務用米へと作付品種を転換する産地が増えているが、低価格の業務用米が外国産に取って代わられることも懸念される。

ただし、考え方によっては、特別枠の輸入米が約10%増えるだけで、その数量は米の全流通量の約1%増えるに過ぎない。それよりは、今後国の生産調整が廃止され、米の生産計画が各産地の自主性に委ねられることから、市場原理に基づく需給調整機能が働くかどうかの方が問題であろう。各産地がそれぞれの思惑で米を増産したら、米価は再び大幅に下落する。敵は海外ではなく、むしろ国内にいると言えないだろうか。

牛肉は、低価格の輸入肉が毎年少しづつ価格が下がり、16年目には概ね現在の30%程度安くなる計算である。一方、豚肉の高価格帯の肉については、僅か4.3%の関税が撤廃されるに過ぎない。報道機関では、TPP合意で畜産農家は壊滅的打撃などと報じているが、少なからず影響は出ることは間違いないものの、中長期的な展望に立った経営努力で対応できない訳ではないと考える。

ガット・ウルグアイラウンドが締結された際、牛肉とオレンジの輸入が自由化された。これで、日本の牛肉も柑橘も一環と終わりと誰もが嘆いたものだ。しかし、その後産地で何が起こったであろうか。牛肉は、霜降り基準による市場等級を明らかにして、生産技術を競い合い、徹頭徹尾、ブランド戦略を進めた。その結果、ブランド和牛は現在、輸入ものには追随できないマーケットを形成している。柑橘では、従来の温州みかんに加え、中晩柑の品種開発が進み、「はるみ」や「せとか」、「不知火」など様々なヒット商品が登場し、むしろ輸入オレンジを駆逐するほどである。

和牛農家も柑橘農家も経営環境は依然厳しいし、この度の合意内容には大いに不満であろう。しかし、国際的な自由貿易の流れは止まらない。TPPのような空前の包括的な自由貿易協定の交渉の中で、農産物に係る合意内容についてはむしろ、政府はよくやったと褒めるべきではないかと考える。自由貿易の拡大により、日本の産業界がさらに発展し、国民の利益につながるのなら、自分の利益のみを優先して否定しても、社会的な理解は得られない。

農業、農家だけが厳しい経営環境や、刻々と変化する社会情勢にさらされてい訳ではない。商工業者もまた、時代の大きな流れの中で、様々な困難に直面してきたし、現在でも中小企業の多くは赤字経営で倒産の危機にある。しかし、どんな時代でも、創意工夫を凝らし、自己改革を実現して生き残って来た人達、逆に拡大・発展して来た人達がいる。自慢になって恐縮であるが、私もまたその中の一人であると自負している。

このように、ピンチをチャンスに変えて来た人達にはいくつかの共通点がある。その一つは、「自分がうまくいかないことを他人のせいにしない」ことである。これまで、全国の農家から、「政治が悪い」、「農協が悪い」などといった怒りの声をたくさん聞いてきた。怒りはごもっともであるが、それに終始していている人に成長はない。嘆いてばかりいる人の多くは、政治や農協が悪いのではなく、努力・工夫をしないその人自身が一番悪いということに気づかない。逆に、成長する人は、時代の流れを見極めつつ、自分自身の中に課題・問題点を発見し、それを自ら解決しようと努力する。

もう一つの共通点は、「楽観的である」ことだ。ここでいう楽観的とは、能天気という意味ではない。ものごとを悲観的に捉える人には、壁を乗り越える勇気も、乗り越えるための発想も浮かばない。逆に、「厳しいけど、何とかなる。何とかしてみせる」と考える人が優れた楽観主義者であり、時代を切り拓く力を持つ人である。フランスの哲学者アランは、「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意思に属する」と説いた。意思を持って立ち向かっていくためには、楽観主義者でなければならない。

TPPは、既に決着した。今さら、わめこうが、叫ぼうが、嘆こうが、決まった合意内容を覆すことなど出来ない。そんな暇があったら、前を向いて次の一手を考えよう。それぞれ様々な理由はあろうが、農業という職業を選んだのは自分自身だ。これからは、輸入ものに負けないための本格的な戦いが始まる。いずれにせよ農家は、今後もどんどん減少するし、生き残れる農家は限られることは明らかだ。戦わない農家の末路は決まっているし、放っておくしかない。嘆く前に戦いを挑め。他人のせいにせず、楽観的な気持ちを持って、戦いを挑んだ農家だけが生き残る時代がすぐ近くに来ているのだから。