第223回 | 2015.01.26

TPPソフトランディングで、米はどうなる? ~黒船が去りひと安心。さあ勝負はこれからだ!~

先週末、ビッグニュースが飛び込んできた。TPP(環太平洋経済連携協定)の日米協議において、米の関税撤廃は行わず、ミニマムアクセス枠の拡大で決着する方針で交渉が進められているというものだ。その代わり日本は、米国からの自動車輸入の際の安全・環境基準の緩和に関する要求を受け入れるというシナリオである。TPPでは、日米の貿易金額が全体の8割以上を占めることから、日米の合意事項が自動的に参加国12ヵ国全体の合意事項になる。米の輸入自由化という最大の難関を乗り越えられれば、今春にもTPP交渉は妥結する公算が高い。

米と共に交渉対象品目である牛肉・豚肉についても一定の方向性で協議が進んでいる。牛肉は、現在38.5%の関税率を20%まで引き下げ、その後段階的に関税率を下げる。豚肉は、長い年月をかけて関税撤廃をめざすというものだ。麦、乳製品、さとうきびについては、未だ情報が伝わってこないが、米や牛肉・豚肉同様、ソフトランディングの道を模索しているものと考えられる。業界ごとに交渉内容に対する考えは異なると思うが、自民党が公約どおり、日本の農業を守るため、最大限の努力をしている姿勢は高く評価したい。

さて、778%という米の高関税は撤廃せず、ミニマムアクセス枠を拡大することで、日本の農業や米の流通はどのように変化するのだろうか。それを考えるためには先ず、ミニマムアクセスの現状を把握する必要がある。ミニマムアクセスの歴史は古く、その始まりは1993年のガット・ウルグアイラウンドの締結までさかのぼる。日本は米の輸入自由化は認めない代わりに、年間77万トンという関税ゼロの特別枠を設定すると言うのがこの制度の概要である。現在の輸入先国は、米国とタイの2カ国で約9割のシェアを占める。一方輸入米の用途は、せんべいなどの加工用、家畜の飼料用、海外への援助用が中心で、主食用は約10%に過ぎない。

この度の日米交渉における米国の要求は、現在年間36万トンの実績を持つ米国産米の輸入枠を、20トン程度増やして欲しいというものだ。タイはTPPに参加していないので、新たな要求はないが、参加国のオーストラリアからは米国と同様の要求が出されることになろう。政府は米国の要求に対し抵抗を続けているが、TPP交渉の早期妥結のために、大筋で米国の要求を呑むことになるのではないかと考えられる。

米の年間流通量は現在800万トン強であり、現在のミニマムアクセス枠77万トンとは、その1割以下という概念で設定されている。これが100万トン程度まで拡大するとなると、流通量の1割を超えることになり、需給バランスが大きく崩れることになる。現在の輸入米の用途を考えると、加工用、飼料用、主食用がそれぞれ少しづつ増えることになるだろう。

加工用米は現在、国産米が約20万トン、輸入米が約25万トンが流通しているが、そのマーケットは限定されている。したがって、安価な輸入米が例えば5万トン増えれば、国産米は5万トン(25%)減少することになり、これまで加工用米を生産してきた農家に大きな打撃を与えることになる。飼料米については、国産米が約20トン、輸入米も約20トンという流通量である。現在水田フル活用戦略の交付金措置により、主食用米から転換を政策的に進めているところであるが、飼料米のマーケットをいかに拡大するのかが今後の課題となろう。

主食用米については、平成26年度産米の米価の暴落と円安により、輸入米との価格差が縮まったことから、輸入米の主なユーザーだった外食チェーンなどが、輸入米から国産米へとシフトする動きが見られる。今後は、あくまで価格を重視して、豊富に出回ることになる輸入米の取扱量を増やすチェーンと、消費者の国産志向が根強い中、国産米を重視するチェーンとに2極分化が進むと考えられる。しかし、需給バランスが崩れる中で、現在比較的堅調な業務用米の生産者への影響は出てくるものと考えられる。

輸入量が拡大した場合、残る手立ては、現在約20万トン程度の海外援助用を拡大することだろうか。とは言え、援助対象国が急激に増える訳ではないし、瑞穂の国・日本が輸入米を援助に活用するというのも、そもそもおかしな話である。

このように、ミニマムアクセス枠を拡大することは、米の流通に様々な影響を与えることになる。国内の需要が縮小する中で、輸入米により全供給量は増えることから、米価の下落を促す要因にもなろう。しかし、米の関税はそのまま残すという大きな成果が得られるのなら、需給調整が可能な範囲で、輸入枠を拡大することに譲歩せざるを得ないだろう。農業界を震撼させたTPP問題も、比較的良好な姿で決着することになりそうだ。

TPP参加に向けた協議が始まった2010年当初と、それから約5年が経過する現在とでは、米を取り巻く環境や、消費者・生産者・流通業者の考えに、いくつかの変化が起きているような気がする。当初私も、米の完全自由化に対しては大反対していた一人だ。当時は円高で輸入品の価格は安く、一方、景気が低迷し低価格志向が強く、また国産米の価格も比較的高かった。こうした状況で、無関税の輸入米が大量に日本へ流入したなら、国産米は全く売れなくなり、日本の稲作農業は崩壊するだろうと考えた。

その考えは今でも大筋で変わらないが、政権交代を契機に、円安で輸入品の価格は高くなったことに加え、景気は回復基調で国産志向は高まり、さらに在庫過剰で国産米の価格は暴落した。一方、本年度は、外食チェーンが輸入米から国産米へシフトする動きが見られる。こうした動向を鑑み、多くの人が、輸入が自由化しても、ある程度国産米は戦えるのではないかという幻想を抱くようになった。そしてこの度の日米合意で、その幻想も消えることになる。

今後は、米の需要が減少し、米価が低迷することが予想される中で、どのような産地づくりをめざすのかが論点となる。その基本方針は、政府が示しているように、大規模化と生産コストの縮減により、低価格でも利益を確保しうる経営体の育成であり、水田の主食用米以外への転作による供給量の抑制であろう。その一方で、それぞれの産地や生産者が取り組むブランド米の生産強化や、消費者との直接取引や料理特性に応じた業務用需要など有利販売の開拓も有効であろう。さらには、大手米麦卸が本腰を入れ始めた米の輸出拡大も、その可能性はゼロとは言えない。

黒船は去った。さあ、米戦略の次の一手を早期に打って行こう。文明開化同様、時代に先駆けて動いた者が、勝ち組として生き残るための資格を持つのだから。