第258回 | 2015.11.02

TPPの影響は限定的!? ~農林水産省による影響分析報告より~

農林水産省はこの度、TPPの大筋合意を受けて、主要農産物21品目の影響分析の結果を報告した。その骨子は、TPPの影響は限定的であり、当初心配されていたような農産物価格の大幅下落などは起こらず、日本農業の根幹を揺るがすようなものではないというものだ。以前からこのコラムでも書いて来たように、私もほぼ同様の考えであり、この報告内容は信頼できると考える。まずは、分析結果の概要を抑えておこう。

21品目のうち、米と小麦、大麦の3品目は「輸入の増大は見込みがたい」、でんぷんなどの10品目は、「影響は限定的と見込まれる」、砂糖などの8品目は「特段の影響は見込みがたい」と3つに区分して分析している。一方、米と小麦、大麦、温州みかん(生果・果汁)、りんご(生果・果汁)、さくらんぼ、ぶどう、加工用原料用トマト、かぼちゃ、アスパラガス、たまねぎ、にんじんの12品目については、「国産価格の下落が懸念される」としている。

米については、政府の管理下で米国とオーストラリアから新たに年間78,000トンの米が無税で輸入されることになるが、その他の輸入米には現行の制度に従い1㎏あたり341円の関税が課せられる。したがって、米の総流通量の約1%分の輸入は増えるが、それ以上輸入が増えることは考えにくく、市況への影響は少ないと分析している。政府は、影響をさらに低減させるため、輸入量と同量の米を備蓄米として農家から買い上げる制度の導入を検討しているという。

小麦は米と同様、政府による管理制度を維持する。米国、カナダ、オーストラリアに輸入枠を設けるが、輸入品の一部がこれらの国の小麦に置き換わるだけで、全体の輸入量は増えないことから、国産小麦への影響はほとんどないと分析している。小豆についても、一定量まで関税をゼロにすることで合意したが、輸入先国は代わっても輸入量が大幅に増えることは考えにくく、国内生産への影響はないと報告している。

オレンジは、現行16~32%の関税を段階的に引き下げ、8年目には撤廃することになる。既に国産みかんは味や食べやすさなどの点で差別化が図られており、安価になる輸入オレンジとの競合は少ないとしている。また、りんごやさくらんぼ、ぶどうなどの果実も、輸入品よりはるかに品質が優れていることから、関税撤廃による影響は限定的であると分析している。政府は、生産効率を高めるための農地集積や、差別化のための新品種の植え替えなどを支援していく予定である。

ところが日本農業新聞では、同じ内容が、「12品目で価格下落、影響は広範囲に」というロジックで一面を飾っていた。TPPに対し一貫して反対の姿勢を貫いてきたJAの基幹紙であることから、このような表現になるのは仕方ないことかもしれないが、限定的な影響でしかないにもかかわらず、全国の生産者や農業関係者の不安を煽るようなことを言い続けていく姿勢は評価できない。むしろこうした姿勢は、社会的な背徳行為ではないのかと思う。

農業は、農地・国土の保全、国民の食糧自給、多面的機能の発揮などの大義名分から、これまで国に守られてきた特別な産業として国民に見られてきた。事実、多大な予算を投下し、外部からの影響を受けないよう徹底した鎖国主義をとってきた。この度の農業分野におけるTPP交渉は、国内農業への影響を最小限に食い止める内容であると高く評価できると考える。多くの国民が、私と同様の感覚を持っている中で、既に決まったことに対し、これ以上いたずらに騒いでも国民の理解は得られないと思う。

さて、気になるのは今後の国策である。今から約四半世紀前に、農産物の一部輸入自由化を実施したガット・ウルグアイラウンドが締結され、時の細川内閣は総事業費6兆円に上る対策事業を予算執行した。農林水産省の下には多様な外郭団体が誕生し、外郭団体などを通して農業構造の改善などの名目で全国に予算がばらまかれた。その予算を活用し、基盤整備や流通拠点整備などまじめな農業投下に努めた地域もあったものの、交流施設や健康増進施設など、その後多大な非難を浴びるようなものにその金を使った地域も多かった。また、その当時はコンサルタントを自称するやからが急増し、甘い汁を吸おうと外郭団体に群がったものだ。恥ずかしい話ではあるが、私もまた、その一人であったと言えるかもしれない。

こうした反省すべき過去があるため、TPP対策においては同じ轍を踏むことはないだろう。基本的には、強い農業づくりを推進することが前提であり、基盤整備による農作業の効率化、農地集積による経営規模の拡大、6次産業化施設の整備による付加価値化などの施策が強化されることになると思う。その一方で、私が予感しているのは、大規模な制度改正である。農地法、組合法、税法、市場法など、これまで農業を特殊な産業として来た根拠法令そのものにメスが入るような気がする。

農家人口は年々急速に減少し、多くの農村が崩壊の危機に瀕しており、日本の農業は来るところまで来ていると言える。既に農地法は近年何度か改正され、企業の農業参入を可能とし、農業生産法人の設立要件も緩和された。また、JA改革論議はひと段落した感はあるものの、近い将来全農の株式会社化など農業協同組合法自体の見直しも進むことだろう。税法については、農地課税の見直しにより、農地中間管理機構へ貸し出す農地は税率を減らし、耕作放棄する農地には税率を上げるといった動きも見られる。さらに、流通構造が急速に変化し農産物の市場経由率が減少する中で、卸売市場法についても見直し論議が持ちあがるものと考える。

これまでの農業の基礎となっていた規制の法律や既存の制度、さらには固定概念自体を大きく見直す時期に来ているのだと思う。農家及び農業関係者は、時代の流れと今後の政府の対策を注視して、柔軟かつ迅速な対応ができるよう心掛けると共に、次に何が起こるのかを先取りして新たな仕掛けにチャレンジして頂きたい。