第89回 | 2012.03.26

TPPと米の輸入自由化  ~貿易自由化で日本から田園風景が消える~

3月22日、外務省など関連府省から、環太平洋連携協定(TPP)に関する最新の分野別状況が発表された。その内容は、関係国とのこれまでの事前協議で得られた情報を整理したもので、農産物などの関税については「90~95%を即時撤廃し、残る関税については7年以内に段階的に撤廃するという考えを支持している国が多数ある」と言うものである。例外品目や交渉の先送りは認めず、現時点で特例を求めている国はないと言う。日本がTPPに参加すれば、米をはじめ全品目の関税が撤廃されることは間違いなさそうだ。したがって、あまい幻想は払拭し、「TPPへの参加=米の完全自由化」という構図を国民全てが自覚するべきである。

現在でも、ミニマムアクセスというルールのもと、海外から米が輸入されている。ミニマムアクセスとは、1993年に合意に至ったウルグアイ・ラウンドでの決め事で、日本は1kgあたり314円という高関税をかける代わりに、一定量を政府が無税で輸入するというルールだ。年間77万トンの輸入が義務付けられており、うち67万トンは加工用、10万トンは生食用である。生食用輸入米は、現在、中国が50%、米国が24%、豪州が16%、その他が10%という割合になっている。その中にあって、輸入米を積極的に取り扱っていこうという流通業界の2つの動きが活発になっている。

1つ目は、原発事故を契機とした小売業界の動向である。被災地を応援しようと言いながら、東北・北関東の米に対しては、放射能汚染を心配して買い控える消費者が非常に多い。朝日新聞に出ていた記事であるが、埼玉県川越市の米穀店「かねこライス」の話によれば、米国産の「カルローズ」という米が、インターネットで昨年の夏ごろから急速に売れはじめ、現在は週に数百キロ売れているそうだ。価格は国産米とほぼ同じの5kg2,000円前後であり、味覚も国産米と変わらないと言う。また、西友の赤羽店では、先般、中国産米の試食販売を行った。試食会では、9人中7人が違和感を感じることなく、中国産米をおいしいと評価したようだ。これを受け西友は、5kg1,298円で中国産米を売り始め、品切れの店も出るくらい盛況だという。一度食べた消費者が、外国産米を安全でおいしいと評価し、固定客が増え、口コミで消費者が拡大しているものと考えられる。

2つ目は、低価格競争が続く外食産業の動向である。回転寿司の「かっぱ寿司」は米国産米を、牛丼の「松屋」は豪州産米を試験的に導入している。顧客からのクレームはないと言う。他の外食産業も輸入米を扱って行こうという動きが活発化している。現在でも、ミニマムアクセス米は、商社・業者を経由して、一般の飲食店や弁当店などへ流通している。外食産業の低価格志向に応えるため、国産米に中国産米を混ぜて販売する業者も存在するようだ。1円・2円の原価で経営が左右される外食産業では、味がそこそこよければ、少しでも安価な輸入米を仕入れようとする動きは止められないだろう。

この度のこうした動向の直接的な要因は、放射能問題で、国産米の安全神話が崩れたこと、東日本大震災の影響で米の価格が上がり、外食産業や小売店の特売に使われる米が不足したことなどにあり、一過性の動向であると指摘する声もある。しかし本当に一過性のものなのであろうか。

日本人は、特に農家は、国産米が一番おいしいに決まっていると思い込んでいる。そもそも、この点が間違いではないのか。私も米国産米を何度か食べたが、日本の米と大きな遜色はなく、おいしいと感じた。日本では、篤農家も兼業農家も、趣味的農家も、みんな米をつくっている。日本の米づくりの現状を見ると、気象・土壌・水利・農地面積、さらには栽培技術などの面で、必ずしもうまい米作りが出来ていない地域、農家も見られる。少なくとも、国産米は外国産米よりはるかにうまいと言う幻想は捨てるべきだと思う。

今後、輸入自由化を見据え、米国、豪州等が本気で米づくりに取り組んだら、国産米以上の高品質で、低価格の米を短期間で完成させることであろう。日本の小麦の大半は、豪州やニュージーランドからの輸入品である。小麦にも252%という高関税が掛けられているが、彼らは長年の努力の末、日本向けに最高の小麦を低価格で提供するビジネスを確立している。だからこそ、日本のパンやスイーツは安くておししい。国産の小麦の多くは、転作作物として生産されることが多いが、果たして豪州やニュージーランドほどの生産努力を日本がしてきただろうか。製パンメーカーなどの担当者からは、「日本の小麦の品種改良は進まないし、適性に欠き価格も高い。到底外国産に及ばない。」などの意見を聞く。日本で米が売れるとなれば、米国も豪州も本気で品質改良に取り組むだろう。

米の輸出についても私は否定的だ。現在中国の一部富裕層などをターゲットとして、輸出に取り組んでいる産地も見られるが、マーケットは極めて限定的で、今後大幅に拡大することは期待できない。ましてや対象国である中国はTPPには参加しないし、今後は経済発展のペースダウンも懸念される。では、貿易自由化により、米国への輸出が可能なのか。自由化になれば米国の米の生産技術も格段に上がる。圧倒的なコスト優位性をもつ米国で、味覚や品質で勝負できるのか。自由化されたら日本のうまい米を輸出すればよいと言う幻想もまた、捨てるべきであろう。

農林水産省は昨年TPP参加論議の中で、米が完全自由化されれば、新潟産コシヒカリなど一部の米を除いて90%が外国産米になるという試算を示した。私もそうなると思う。TPP参加により、日本から美しい田園風景は消える。私たちは、全ての幻想を捨てて、現実に立ち向かわなければならない。