第24回 | 2010.11.08

TPPという名の黒船来襲! ~既成概念を捨てた農業構造改善を~

政府はこの度、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への情報収集に向けた関係国との協議を始める方向で調整に入ることを表明し、実質的にはTPPへの参加を検討することになった。TPPは、100%近い関税撤廃が原則の強力な多国間の自由貿易協定(FTA)を意味し、現在太平洋を囲む9カ国が交渉を続けている。日本がこれまで締結した経済連携協定(EPA)では、米など主要農産物は関税撤廃の対象から除外してきた。しかし、TPPには米国、オーストラリアなど農業大国が参加していることから、TPPへ参加することになれば、その影響は米をはじめ農産物全体に波及する。農林水産省の試算では、TPPに参加した場合、農産物の生産額は4.1兆円減り、関連産業や環境面の損失を加えると計11.6兆円の影響が出るとしている。また、雇用も関連産業を含めて340万人程度減少し、カロリーベースの食料自給率は現在の40%から14%に下がるなど、多大な影響が出るとしている。経済産業省は、TPPへ参加しなければ、輸出減少などで生産額が20兆円以上減り、逆に参加すれば、アジア太平洋地域で貿易や投資を自由化する経済的メリットは大きく、参加は時代の必然であるという見解を崩さない。特に隣の韓国が米国、欧州連合と次々にFTAに署名したことから、経済界には、このままでは自動車や家電などで日本製品が不利な状況に置かれてしまうとの焦りがあり、推進派の鼻息は荒い。

政府内のTPP推進派は、交渉の中で農産物の例外扱いを求めると言うが、それが通用する保証はなく、貿易自由化に備えた農業支援の方法も不透明である。政府は2兆円規模の農業支援策の検討に入ったが、海外の安価な農産物流入による農家への打撃が懸念される。具体的には、今年度予算で5,600億円を計上している戸別所得補償制度の拡充が柱となる。加えて農業の競争力強化に向けた物流などのインフラ整備、海外へ輸出できる農産物の生産支援、高齢化が進む農村地域の活性化-などの支援策が浮上している。

さて、本当に大変なことになった。農産物を含めた市場開放という21世紀の黒船来襲である。TPPへの参加は日本農業を崩壊へ導く可能性が高い。私は楽観主義者であるが、本当に輸入自由化となれば、農業・農村は極めて悲惨な姿になってしまうことが予想され、将来を悲観せざるを得ない。特に米と畜産は深刻な打撃を受けることが予想される。農林水産省の試算によれば、農業産出額の約6割を占める米は、安価な外国産米の流入で、産出額は約10%まで減少し、畜産品の産出額は25%まで大きく減少することになる。以下は、米の展望について考察する。

安い輸入米が一般に流通するようになったら、日本人は国産米を食べなくなるだろうか。米は日本人の主食であり、統計的には一人あたり毎日2.5杯の米を食べている計算になる。しかし米の総需要の3割以上を外食・中食が占めており、加工用途を含めると、家庭で米を炊いて食べているのは毎日1.5杯程度と考えられる。安価な輸入米が入ってきた場合、先ず問題なのは、業務・加工に携わる企業の動向である。先日牛丼チェーンの中間決算が公表され、大手3社のうち、低価格路線に走った「松屋」は増収増益、「すき屋」は増収減益で、価格維持路線を貫いた「吉野家」は減収減益で赤字決算となった。他の外食チェーンも同様であるが、出口が見えない価格競争は依然として続き、低価格でも持ちこたえる仕組みと体力の勝負になっている。自由貿易となれば、業務・加工用の多くが国産米から安価な輸入米へシフトすることが予想される。日本の米はうまいが、輸入自由化となれば、かつて漬物原料など見られたように米の生産技術の移転と開発輸入は進み、国産米に比肩する品質の米がすぐに登場してくる。現在の米の関税率は778%である。仮に輸入品の市販価格が国産品の1/4になった場合、消費者は店頭で果たして国産米を選択してくれるだろうか。過去の他の農産物が辿ってきた経緯を考えると、輸入自由化のもとでは国産米のマーケット需要は大きく縮小し、国産品は富裕層の嗜好品になってしまうのでないかと懸念する。国産米が輸入米に対抗できる価格は1表5,000円(色々な説がある)だとしたら、戸別所得補償制度や中山間特別支払い制度でこの価格差を補償しきれるのだろうか。補償しきれなければ、日本の多くの農村から田園風景は消えることになる。もちろん、政府は、TPPへの参加と併せ、日本農業を守るための最善策をとるだろう。しかし、守りの政策にどこまで税金を投入できるか、国民理解を得られるのか、極めて不透明である。

悲観的なことばかり考えても仕方ない。前回のコラムで述べたように、全農家を平等に扱う戸別所得補償制度を早急に見直し、国際競争力を持った大規模経営体を育成する必要がある。自民党政権下において品目横断的経営安定対策が導入され、ようやくこうした方向が示されたにも係らず、民主党政権がこれを転換してしまった罪は重いと考えている。さらに、大規模経営体については減反義務を負わせず、農地集積・機械化・法人化・人材育成等に対する支援策を集中する。スケールメリットを発揮させて安い価格でも再生産可能な経営を実現することに加え、海外輸出で勝負できる高品質な米づくりを促していくことが日本の米産業の生き残り策であると考える。これまでの農政は、農業という産業政策と農村という定住・景観維持の政策を一体のものとして考えてきた。私もそうあって欲しいと願ってきたし、農村政策は今後も継続すべき重要な施策であることは間違いない。しかし今、150年の歳月を隔てて黒船が来襲して来たのである。既成概念を捨て、国際社会という大きな視点から米を考え、勇気と英知を持って日本農業の構造を変え、時代の扉を切り拓くしか道はない。黒船来襲に備え、全国の米農家は、先ずは地域で団結し、大規模化・低コスト化・高品質化・法人化を加速して欲しい。今後政策や社会環境がどのように変わっても、このキーワードは変わらないし、時代の扉を切り拓く鍵はここにある。

今回は紙面の関係上、TPPの現状・課題と米の展望について特集した。次回は、米と同様、TPP参加で大きな影響が出ることが懸念される畜産について考察してみたい。