第194回 | 2014.06.23

高齢化社会におけるフードシステムのあり方 ~「日本フードシステム学会創立20周年記念大会」より~

農業経済に係る全国500名以上の学識経験者により組織される「日本フードシステム学会」は、この度、東京大学において、創立20周年記念大会が開催された。初日の6月14日の午前中は、高橋正郎名誉会長、カルビー相談役の松尾雅彦氏、農林水産省の櫻庭英悦氏、パルシステムの山本伸司氏が基調講演を行った。その後、総会を挟み、「フードシステムのイノベーション」というテーマで、長時間にわたるシンポジウムを行った後、懇親会を開催して長い1日目が終了した。ちなみに翌日の2日目は、「食品関連企業の農業参入の現状と展望」というテーマで、終日、報告会方式の討議に明け暮れた。

この度の総会で私は、日本フードシステム学会の理事に就任した。会長は、千葉大学の斎藤修先生、副会長は東京大学の中嶋康博先生などで、その他の理事も著名な先生方が名を連ねている。私は、三菱商事の西山哲郎氏と共に、食品企業部門の代表として理事に選出された訳だが、こんなすごいメンバーの中に私がいていいのかと、尻ごみする次第である。しかし、大変名誉なことであり、理事としての役割を果たし、学会の発展に少しでも寄与したいと気持ちを新たにした。

1日目の講演・シンポジウムは、どれも非常に感銘を受ける内容で、私は久しぶりに学生気分になって、一生懸命ノートをとった。その中で最も考えさせられたのは、中嶋先生が座長を務められた「食と健康を繋ぐフードシステムのイノベーション‐超高齢化社会における課題‐」と題したシンポジウムである。新潟県立大学の村山伸子先生並びに農林水産政策研究所の薬師寺哲郎先生からの報告を踏まえ、討論する方式が採られた。

周知の通り、日本は人口減少社会・高齢化社会に突入しており、今後この現象は加速度的に進行することになる。また、これはあまり知られていないが、日本の貧困率は年々上昇傾向にあり、その比率は1985年の12%から2009年には16%に拡大している。人口が減少する中で、高齢者と貧困層が増加していくといのが現状である。貧困層は、食に対する支出額が少ないことが明らかになっていることから、人口減少と相まって、日本の食のマーケットは、今後、急速に縮小していくことが予想される。

このコラムでも再三指摘したように、食のマーケットが縮小する中で、これまで日本の食糧供給を支えてきた系統流通・市場流通もまた縮小する運命にある。また、消費の多様化が進む中で、大量生産・大量消費型の経済システムの社会的な必要性は減退しつつある。これは誰もが分かる理屈であるが、未だに過去の栄光が忘れられず、昔ながらの仕組みにしがみつこうとする産地・生産者・流通業者などが、まだまだ多い。マーケットの縮小・消費構造の変化は、一気に起こる現象ではなく、じわじわ起こる現象である。したがって、当事者はなかなか気付かないし、現実を理解できないケースが多い。しかし周りをよく見ると、確実に全国の卸売市場は減少しており、ある時突然倒産の危機が訪れることになる。

さて、中嶋座長が重要な論点としてあげたのは、食事をとることが困難な高齢者が増加する中で、どうやって食材を調達させ、誰がどのように調理し、高齢者に食べさせるかという新たなフードシステムについてである。中嶋先生の作成された「食行動の模式図」(採餌行動→調達行動→調理行動→摂取→体内過程)の中で、高齢化することにより、調達から体内過程(消化→吸収→代謝→排便)が困難になるという。その困難を解決するために、食品事業者などが、どのようなシステムを構築すべきかについて討議された。討論の内容を踏まえ、私なりに課題と対策を整理してみた。

一点目は、高齢者向けの食育の働きかけである。高齢化すると、特に男性は、自分で調理しなくなることに加え、食べること自体の意欲が減退する傾向にある。その結果、スーパーやコンビニの惣菜、缶詰などの加工食品に偏重した食生活となり、栄養状態が悪化する傾向にある。厚生労働省では、シニア世代向けの食事バランスガイドを作成しているが、バランスがとれた食事をとることが健康を維持し、要介護などの状態に陥る危険性を低減するものであることを、一層浸透させていく必要があろう。また、レンジを使った温野菜など簡単な調理方法について、官民が共同して普及していくことも必要であろう。

二点目は、食料品店などへのアクセスの改善である。自宅から食料品店までの距離が遠いほど、食品摂取量が少なくなる傾向が見られ、いわゆる買い物難民問題が、全国的に浮上している。経済産業省において、とりまとめたレポート(「買い物弱者を支えていくために~24の事例と7つの工夫」)によれば、そのための対策として、身近な場所に店をつくること、家庭まで商品を届ける仕組みをつくること、高齢者が買い物に出かけやすいような環境を整備する(高齢者タクシーなど)ことがあげられる。近年ローソンをはじめとした企業が、「高齢者宅配+安否確認」を基本としたビジネスを始動させているが、高齢者人口が増加する中で、採算性・持続性を確保できる事業に成長することを期待したい。

三点目は、高齢者向け外食・中食産業の進展である。食の外部化は、全国的に拡大しており、高齢者もその依存度は高い。高齢者も、たまにはおしゃれな外食店で食事をしたいが、バリアフリー対策が出来ていない、高齢者が食べられるメニューが無いなどの課題があり、ニーズはあっても利用に結び付いていない状況が見られる。一方、コンビニ業界では、既に高齢者向けの惣菜開発が進みつつあるが、スーパーや百貨店においての取組や、栄養バランスに配慮した商品の開発などについては、まだまだ課題が残る。さらに、貧困層の高齢者向けには、より安価な商品を提供する仕組みづくりも重要であろう。

1日目終了後の懇親会において、中嶋先生と少し話をさせて頂いた。「高齢化が急速に進み、貧困層も拡大する日本において、今後の日本の食は、お先真っ暗とも言えるのではないか」と質問したところ、中嶋先生は、「そんなことはない。叡智を集め、それぞれが行動することにより、高齢化という大きな社会的な課題にしっかり対応できるフードシステムが出来るはずだ」と言われた。私もその言葉を信じ、農水産業専門のコンサルタントとして、フードシステム学会の理事として、自分の出来ることを実践していきたいと思った。