第108回 | 2012.08.13

飲食店との直接取引を考える ~新たなビジネスチャンスはあるか?~

都市農業の特徴の一つは、生産者と消費者の距離が近いことにある。市場流通を介さなくても、十分な商圏人口を背景に、身近に多くの小売店や飲食店といった実需者が存在する。一方、全国的に地産地消が大はやりで、かつ「生産者の顔が見える」農産物を消費者に供給することが、実需者としての基本戦略になりつつある。そこで、こうした都市部において、生産者と飲食店が直接取引を行い、生産者としては高値安定取引とブランド化、飲食店としては鮮度の高い農産物を使ったオンリーワンのメニュー展開に結び付けられないかと言う取組課題が昨今では急速に浮上している。

ファミリーレストランなど飲食店チェーンでは、生産者との直接取引が進んでおり、マッチングに向けたポイントも研究され尽くしていると言えよう。しかし、個人経営の飲食店となると、取引実績は極めて少ない状況にある。では、取引推進に向けて、どのような課題が存在するのだろうか。課題の多くは、飲食店側の食材の需要特性にあると言えよう。

一つ目の課題は、ひと品ごとの発注ロットが極めて小さい点にある。店舗の規模にもよるが、1回の発注で、だいこん3本、なす5袋などと言った単位となる。いくら身近に飲食店が存在しても、これだけの数量をその都度運んでいたのでは、生産者はたまったものではない。仕方がないので宅急便などを利用することになるが、割高になってしまい、生産者・飲食店双方のコスト負担が増えることになる。特に生産者にとっては、受注・清算、荷造りなどに手間がかかる割に、毎月の売上は1万円に満たないなどコスト対効果に乏しくなりがちである。

二つ目の課題は、飲食店は多様な品目で、かつ特徴のある農産物を求める傾向にあることである。トマトやアスパラガスなどの定番食材もあるが、多くの飲食店は、他店との差別化を図るため、完全無農薬など特徴のある農産物や、「はなっこりー」・「水なす」といった変わり種の農産物を欲しがっている。生産者にすれば、飲食店が求める多様な品目をつくるとなると、作業に手間がかかって栽培効率が悪くなり、経営を圧迫する要因になる。

三つ目の課題は、スポット取引が多いことである。1回2ケース程度の注文であっても、トマトなどの特定商品を3か月間ずっと取引してもらえるというのなら、前向きに考えられるかもしれない。しかし、いつ注文が入るか分からない状態で、突然なす20ケース欲しいと言われても、生産・出荷体制が組めず生産者は対応できない。特にホテルなどは、シェフの考えで頻繁にメニューが変わったり、宴会需要が入ったりして、スポット的な取引になる傾向が見られる。

四つ目の課題は、飲食店は、必ずしも規格品を求めておらず、その代り少しでも安くして欲しいと考えている点である。農産物を切ったり、焼いたり、煮たりして料理をするのだから、見た目は重視しない。しかし、生産者は秀品率を少しでも上げようと日々努力しているのであって、安価な規格外品をつくろうとは考えない。したがって、規格外品に対する需要にのみ対応して安定供給することは至難の業であろう。

五つ目の課題は、生産者にとっての貸し倒れリスクである。飲食店によっては、未だに月末締め、翌々月払いといった商習慣が残っているし、倒産・閉店する店舗も後を絶たない。取引に多大な手間がかかるにも関わらず、貸し倒れまで気にするようでは、有望な取引先とは言えないだろう。

都市農業の振興手法として、生産者と飲食店とのマッチングを検討している自治体は多い。しかし、以上説明したような理由で、現実的には極めて実現が難しいテーマであると言わざるを得ない。

一方、複数の飲食店と取引し、商業ベースに乗せている事例も見られる。例えばトマトの大規模生産を行う、埼玉県の生産法人は、きずや割れが入ったD級品を洋食系のレストラン約50店舗に供給している。リターナブルコンテナを利用し、コンテナ単位で、200円/㎏という価格で取引している。D級品は市場流通しないことから、カットや煮込み用のトマトであっても、レストランとしては、市場などから600円/㎏の規格品を購入せざるをえない。生産者は捨ててしまうもの、しかし飲食店はお金を払ってでも欲しいものという、双方の事情がマッチングに結びついている事例である。こうした事例は例外であり、個々の生産者と飲食店が容易にできるものではない。

個人的には、著名なレストランやホテルを1~2店舗絞って、生産者のブランディングやPRを目的に、特定の農産物のみを供給する取引方法をお勧めする。有名シェフのお墨付きがつけば、それだけ農産物の価値が上がり、スーパーなどと取引する上でも交渉力を持つことができる。この場合、飲食店などとの取引は、あくまで広告料・販売促進費として割り切り、採算は度外視すれば良い。その際、生産者は、生産現場のパネルを作って飲食店においてもらうなどの努力により、飲食店で生産者のPRをしてもらえるような仕掛けが重要である。

飲食店は、基本的に、直売所に行って自ら地域の食材を調達することをお勧めする。小ロットで、品数多く、規格外品も販売されており、比較的安い価格で、地域の新鮮な農産物を購入できる場所が直売所だ。直売所が近くにない場合は、直売所と交渉し、旬の農産物などを宅配便などで配達してもらえばよい。このような事例は全国的にもいくつか見られる。

地域ぐるみ、組織ぐるみで、複数の生産者と複数の飲食店が直接取引を進めようとするなら、集荷・配達などの物流機能と、受発注・代金清算などの商流機能を担う中間事業者の存在が必要不可欠となる。かつて紹介した、箱根プロモーションフォーラムや、東京都のとうきょう特産食材使用店制度など、ビジネスモデルを確立しつつある事例も見られる。箱根プロモーションフォーラムではロハスという会社が、とうきょう特産食材使用店制度では東京シティ青果などが、中間事業者としての役割を果たしている。しかし、前述したような多くの課題が存在する中で、理想的な取引システムを作り上げるまでの道のりは険しいようだ。

結論として、飲食店との直接取引を持続的なビジネスにすることは、極めて難しいと考える。KABS(かながわアグリビジネスステーション)では今年、県内の若き篤農家達と実需者とのマッチング事業を推進して行く計画を持っている。現時点では、個別レベルの飲食店については、広告宣伝と言う側面では検討の可能性を残すものの、ビジネスパートナーとしては有望視していない。今後、更に実践的な研究・検討を重ね、今年度中には一定の結論を出して行きたいと考えている。