第209回 | 2014.10.07

食育の実践手法 ~野菜のおいしさを伝える~

流通研究所では今年度も、農林水水産省の補助事業の採択を受け、食育事業に取り組んでいる。私も常日頃から、食育は社会的にも非常に大切なことだと考えてきた。食について学び、野菜を少しでも多くとって健康の維持・増進に努めるという国民活動は、農業の振興にも大きく寄与する。食育が国民に定着すれば、もっと野菜の消費量は増えるだろうし、その結果生産者所得の向上にもつながる。国も全国の自治体もJAも、食育を推進しており、その重要性については、皆、共通認識を持っていると言える。

そこで課題になるのが、食育の実践手法である。学校給食での食育活動はかなり普及したし、食育をテーマとした市民講座やシンポジウムなども全国で行われている。しかし、食育を理解し、積極的に野菜の購入し消費するという生活行動を実践している国民は、多いとは言えない。一方、相変わらずの健康ブームで、健康食品や栄養補助食品などは大きなマーケットを形成し、引き続き拡大傾向にある。では、どのような食育活動を行えば成果があがるのか。

厚生労働省では1日あたりの野菜摂取量の目安を350gとし、栄養バランスに配慮した食事をすることを推奨している。しかし、体によいからといって350gもの野菜を義務感を持って、いやいや食べている人は少ないだろう。健康のためだけならば、世の中に数多くあふれているサプリメントを購入して飲めばよい。栄養学的な食育講座などを否定する訳ではないが、知識を習得させるだけでは、野菜の購買・消費の拡大にはつながらない。

食育を進めるためには、消費者に野菜のおいしさを知ってもらうことが最も重要であろう。食べて「おいしい」と思えば、必然的に野菜を購入し、食べるようになる。逆においしいと思わなければ、体によいことは分かっていても持続的な食習慣として定着しない。野菜のおいしさを伝えるためには、2つの視点が欠かせない。1つ目は、「野菜の素材自体のおいしさを伝えること」、2つ目は「野菜をおいしく食べる調理方法を伝えること」である。

「野菜の素材自体のおいしさを伝えること」は、簡単なことではない。そもそも、売っている全ての野菜がおいしい訳ではない。生産者の技術力や栽培に対する情熱などにより、同じ野菜でもそのおいしさは全く異なる。また、9月の大玉トマトの味が極端に悪いように、旬によってもおいしさは全く違う。さらに、葉物類は鮮度、果菜類は完熟度などによって、大きく味覚は左右される。したがって、生産者や流通事業者は、よりおいしい野菜を生産し、よりおいしい状態で消費者へ提供する努力が求められる。なぜ、この野菜はおいしいのか、生産現場から流通方法まで、そのおいしさの秘訣を消費者に知ってもらうことが、消費者の購買行動・消費行動につなげるための大きなポイントとなる。

神奈川県内の若き生産者達と取り組んでいる野菜の販売事業である「金次郎プロジェクト」では、「こんなにおいしい野菜をはじめて食べた」、「今まで野菜を食べられなかった子どもが、ここのきゅうりを食べて喜んで食べるようになった」といった、消費者からの声を多数聞いてきた。売場では常勤の野菜ソムリエさんや、応援に来てくれる生産者、そして私をはじめとした流通研究所のスタッフが、野菜の情報について伝え続けてきた。加えて、今回で9号目となる月刊誌「金次郎新聞」では、生産者や産品の情報を発信し続けてきた。野菜のおいしさの秘訣を伝え続けることで、少なからず消費者の食育意識の高揚に寄与してきたと自負している。

「野菜をおいしく食べる調理方法を伝えること」も簡単なことではない。まず、調理に手間がかかるとなると、それだけで購入意欲は停滞する。弁当・惣菜などの中食マーケットが拡大し、家庭で調理して食べるという内食比率は一貫して低下傾向にあるが、有職主婦が増え、時間をかけて調理する余裕がなくなっているのが実状である。したがって、なるべく時間をかけずに、かつおいしく調理できる方法を伝えることが、買って作って食べてみたいという動機につなげる早道になる。料理教室などで凝った調理方法を教えてもらっても、いざ作るとなると手間暇がかかり、また調理の失敗も多い。