第240回 | 2015.06.08

食品企業のグローバル化戦略のあり方 ~ 日本フードシステム学会シンポジウムより ~

去る5月30日・31日の2日間、2015年度の日本フードシステム学会の大会が東京農業大学の世田谷キャンパスで開催され、私も理事の一人として参加させて頂いた。初日のシンポジウムのテーマは「グローバル化とフードシステム」であり、グルーバル化が避けて通れない国際情勢の中で、貿易自由化、海外直接投資、地域統合(EPA/FTA)の3つの視点から、日本のフードシステムの動向を分析し、今後の方向性を明らかにすることが最大の論点であった。

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冒頭、日本大学の下渡先生からは、「グローバル化・地域統合と日本のフードシステム」について報告があった。2020年には、世界の食市場は680兆円に達する。日本の農林水産物・食品の輸出目標の1兆円に対し、昨年は過去最高の6,117億円となった。アジア市場の高い経済成長率を背景に、輸出額はまだまだ伸びる余地がある。食品企業の海外生産比率は5.7%となり、円安などの要因から増加率はやや鈍化しているものの、第3国への輸出拡大など、新たなステージを迎えようとしている。日本が経済連携協定(EPA)を締結する国は15か国にまで拡大し、現在交渉中のTPPが成立すれば、地域統合は飛躍的に進む。

このようにグローバル化は国際的なトレンドであって、日本だけが閉鎖主義を掲げ続けることは現実的に困難であるとした上で、農林水産業を内需型産業から外需型産業への構造転換を図ること、主要な輸出先国となる途上国の「食のインフラ」の整備を急ぐこと、農産物・食品の輸入・輸出及び国内生産をバランスよく組み合わせた需給システムをつくることが大切であるとの報告であった。

5名の先生方の報告の中で、最も興味深かったのが、ハウス食品の国際事業開発部の鈴木氏の「東アジアにおけるカレーライス普及に向けた事業展開について」である。ハウス食品は、米国やタイなどに加え、中国と台湾において国際事業を展開しているが、この度の報告は、中国と台湾での事業戦略の違いを明確に示す内容だった。現在中国での事業売上高は約20億円で、過去10年間で急拡大してきた。一方台湾での事業売上高は約13億円で、緩やかな拡大基調にある。中国では「Made BY Japanからの価値創り」、韓国では「Made IN Japanの価値創り」を基本戦略としてきた。

中国ではもともとカレーを食べる文化が存在しなかった。そこでハウス食品は、1997年に上海にカレーハウスレストランを開設し、マーケティング活動を行うことから始めた。その結果、カレーへの潜在的な受容性はあるものの、日本仕様の商品では売れず、中国人の嗜好に合った商品にカスタマイズする必要があることが分かった。また、日本ブランド、ハウスブランド共に認知度が低いことに加え、親日性も高いとは言えないお国柄が背景にあった。

そこで、現地法人を立ち上げ、中国で製造・販売するという海外直接投資の方式を採用した。また、カレー市場の創造に向けて、先ずは調理の手間がいらないレトルトカレーの販売から始め、その後カレールーの販売へのシフトを進めた経緯がある。サンプルで頂いた中国産のカレールーでさっそく私もカレーライスを作ってみたが、色は極端に黄色く、後味が口に残るなどの特徴があり、正直言っておいしいとは思わなかった。しかしこれが、需要に合わせたカスタマイズであり、マーケット創造の重要な答えなのだと実感した。

「カレーライスを国民食へ」が、ハウス食品の中国における事業展開のコンセプトである。しかし現在、ハウスのカレールーは、中華料理の調味料として利用される割合が高く、カレーライスとして食べる文化が定着しているとは言えないそうだ。そのためには幼児からのすり込みが重要であると捉え、学校給食への供給や工場見学などの取組を地道に続けている。また、マスコミの活用や店頭での試食を中心とした販促活動に力を入れることに加え、系列のカレーショップであるCoCo壱番屋の出店により、需要の喚起を図っている。中国は13億人の人口を持つ巨大市場である。現在は、同様の活動を中核都市において順次実施しており、販売エリアの拡大に努めている。

一方、台湾は、戦時中の日本統制下において、既にカレー文化がある程度普及していたという基盤があった。加えて国民は、大の親日派であり、日本製の商品は高いブランド力・認知力がある。そこでハウス食品は、日本で製造した商品を、そのまま輸出するという戦略を採用した。パッケージに書かれている文字なども、国内での販売製品と同じである。中国語表示などをすると逆に、ブランド力が下がるといったお国柄だそうだ。

また、台湾は、食品スーパーやコンビニエンスストアなど、小売業態が日本と酷似していることに加え、食の水準も日本に近づきつつある。そこでハウス食品が着目したのがコンビニ弁当である。現在台湾のコンビニではカレー弁当が定番化しており、そのための業務用のカレールーではハウス食品が圧倒的なシェアを持つに至っている。しかし、世界一の少子化率にある台湾では、将来マーケットの縮小が懸念されることに加え、現地メーカーの参入による競合激化が予想されており、トップブランドメーカーとしての次の仕掛けが必要な時代に来ているという。

このように、中国と台湾では、グローバル化の事業展開の手法が大きく異なる。参考になったのは、農水産物及び食品の輸出などにおいても、マーケット・インを基本とした輸出先国の需要調査や実証的な取組、さらにはマーケット創造に向けた地道な取組が必要不可欠であるという点である。特に現在農水産物においては、B級品の販路の一つとして輸出事業に取り組む傾向がみられる。この考え方は間違いではないが、輸出国側の都合を輸出先国に押し付けるというプロダクトアウトの領域を脱せず、事業の継続性・発展性は低いと考える。輸出先国でマーケットの創造、新たな価値の創造が出来て初めて、普遍性が高い輸出事業として完成するのだと考えた。