第88回 | 2012.03.21

食の安全と有機農業の展望 ~農林水産省の調査より~

放射能問題を契機に、食の安全に対する消費者意識が高まっている。疑わしきは、買わない、食べない、食べさせないという考え方が蔓延しており、産地によっては放射能検査で「検出なし」の農産物でさえ、買い控えるという風評被害が拡大している。特に生協・宅配などを利用している消費者は極めて敏感で、関東以北の農産物にはほとんど手を出さない半面、「関西野菜セット」といった商品はバカ売れしているそうだ。また、基準値が100ベクレルに下がることで、産地のダメージはさらに深刻化することが懸念される。被災地の生産者・生産団体、さらにはその応援団達の血のにじむような努力が、少しでも早く成果をあげることを祈りたい。

放射能問題は、被災地だけの問題ではなく、全国の生産者・生産団体に、意識改革と体質改善を求める社会現象を起こしている。先日あるスーパーのバイヤーから、「今後は、生産履歴が特定できない農産物は扱えない」という意見を聞いた。消費者や消費者団体から生産履歴の提示を求められたら、スーパーはその要求に応えなければならないし、応えられなければ、スーパーが販売責任を問われることになる。全国に多数存在する直売所も同様である。特に、直売所に出荷する兼業の小規模農家や高齢農家の中には、生産履歴をつけていない農家も多く見られる。農家は、人の口に直接入る食べ物を作っているのであり、国民の安全と健康に責任を持つ職業であることを強く認識して欲しい。また、一人でも安全対策を怠り残留農薬でも出た折には、直売所や出荷団体全体が社会に否定され、まじめに取り組んでいる農家も経営の危機に見舞われることになる。そのようなことになったら、ことを起こした農家の罪は計り知れない。

安全な農産物と言えば、一般に、有機農産物がその頂点に位置付けられる。放射能問題を契機に、有機農産物=安全という図式の中で、有機農産物は飛躍的にマーケットを拡大しているのではないかと考える人も多いだろう。先般、農林水産省は、「有機農業の普及・推進状況」をとりまとめたが、その概要が日本農業新聞に分かりやすく記載されていたので紹介したい。

2010年に有機農業に取り組む農家数は、推定1万1,859人で、過去3年間は毎年5%程度の増加傾向を見せている。このうち、有機JAS認定農家は、2006年の2,258人から2010人には3,994人に拡大している(177%増)。これに伴い、国内総生産量に占める有機農産物(有機JAS格付け数量)の割合は、2006年の0.17%から2010年には0.23%へ増加したが(135%)、農家数の増加割合ほど、マーケットは拡大していないことが明らかになった。また、全体の0.2%強と、ことのほか有機農産物のマーケットは小さく、超ニッチ市場であることも再認識させられた。

農林水産省は、2006年の有機農法推進法の成立を受け、有機農業推進の基本方針を作成した。この基本方針では、2011年までに、全都道府県で推進計画を作成すること、全国自治体の50%で推進体制を整備することを目標に掲げた。しかし推進体制を作った都道府県は現在66%で、市町村は16%に留まっている。推進体制の整備では、生産者・生産団体に加え、卸売業者、小売業者、外食店、加工業者などの参加を見込んだが、これまでは期待されたような組織は出来なかったようだ。また、直売所などでの有機農産物のコーナーの設置や、小売店などでのイベントの開催など、消費拡大に直接つながるような取組も少ないと言う。

有機農業に取り組む農家は増えているが、販路が確保できない、慣行栽培並みの価格でしか売れない状況にある。農林水産省は先般、「有機農業の推進会議」を開催した。その中で、有機農業の普及に向けては、「作ったら売れるインフラを整備していくことが必要である」として、いかに販売サイドを巻き込んで消費拡大につなげるかが今後の重点課題と位置付けている。また、この会議では、有機JAS認証を受けた農産物を年間約3,000トン買い取り、欠品対策として全国のリレー出荷体制をつくって消費者に販売している大阪の「ビオ・マーケット」や、リピーター確保により売上の高位安定に取り組む名古屋の直売所「オアシス21オーガニックファーマーズ朝市村」などの取組が紹介されたようだ。

環境保全のためにも、農薬や化学肥料の使用量を減らして行く努力は必要である。特に有機質の土壌づくりは、全ての農家が取り組むべきであると考えている。しかし私は、有機農業だけが現代農業が目指す姿だと思わない。人間だって、子どものうちは定期的に予防接種をするし、風邪を引けば薬も飲むし、体が弱れば栄養剤だって飲む。薬浸けの人が健康だとは思わないが、農薬も化学肥料も、課題解決に向けて人類が努力を重ね生み出した技術であり、私達に恩恵を与え続けてきた資産である。私は基本的に、適地適作と、適切な農薬・化学肥料の利用により、農産物はより健康においしく育つものだと考えている。

有機農業に固執し、収量も品質も価格も上がらず、極めてニッチな市場にチャレンジして、赤字経営に苦しむようでは本末転倒である。また、新規就農者や農業参入を目指す企業家は、理念が先行して、最初から有機農業一本で取り組もうとする傾向が見られるが、これは絶対にやめた方がよい。有機農業はそれほど簡単なものではない。有機農業は、慣行栽培を極め、技術力を持った篤農家だけがチャレンジできるものである。栽培のイロハも知らない素人が、いきなり有機農業に取り組んでも、良くて計画の半分、悪ければ全滅という憂き目に遭うことになる。

消費者の、食に対する安全意識は今後さらに高まるだろうし、有機農産物のマーケットも徐々に拡大していくだろう。私は有機農業を否定する者ではない。しかし、限られたパイの中で有機農業一本に絞りこんだ経営は、やはり危険である。市場動向をにらみつつ、己の技術力を悟り身の丈にあったチャレンジをすることが、健全で発展的な農業経営への近道だと考える。