第45回 | 2011.04.26

震災を契機に今後の農政を考える ~担い手像を明らかにして資源と予算を集中投下せよ~

この度の大震災により、多くの農村・農地が崩壊した。現在国では、津波に流された地域のグランドデザインを検討中である。被災された方々の土地に、他人が勝手に絵を描くことは大変失礼であるが、あるべき農業・農村の姿を明らかにし、計画的な再生事業を行うことは被災地にとって重要である。整備が進めば、被災地だけでなく、今後日本の農業・農村が目指すグランドデザインのモデルとなることも期待できる。今回のコラムは、少し大きなテーマであるが、今後の農政のあり方について、震災を契機に改めて考えたことを整理しておきたい。

震災前にはTPP参加論議が日本を席巻していた。それ以前には、政権交代により戸別所得補償制度が導入された。また、さらにその前には、企業参入の促進を意図した農地法改正が行われるなど、近年農業・農村に関する政策が大きく動いている。何度も申しあげるが、私は、TPP参加も戸別所得補償制度も大反対である。TPP参加は、日本が2,000年という歴史の中で創り上げてきた農業・農村の根幹を崩壊させてしまう。戸別所得補償制度は、農業が自立した産業へ転換する芽を摘んでしまった。農地法改正については一定の評価はできるものの、まだまだ本格的な門戸開放には至っていない。

今後の日本農業の担い手は、基本的に、①JAなど共計のもとで産地化を実現している生産者組織、②企業出資を含めた大規模農業生産法人の2つだと考えている。政策を考える上では先ず、今後育成すべき担い手像を明らかにし、農地をはじめとした地域資源と補助金などの予算を、こうした担い手に集中投下することを基本方針とする必要がある。これらの担い手が、さらにスケールメリットを活かし、設備を充実させて効率的な経営を実現することが、農業の持続的発展に結びつくと考える。

①の担い手像は、専業農家を主体としつつ兼業農家も含む100名単位の作物別部会というイメージである。国民が求める多様な作物の安定供給を担う重要な担い手である。JAの販売事業の強化による求心力向上と、1,000万円以上の所得を稼げる部会員の育成を期待したい。②の担い手像は、家族経営の進化の延長としての法人と、企業の働きかけによる法人がある。農家は生産技術はあっても経営資源や経営ノウハウが乏しい、企業は経営資源や経営ノウハウはあっても生産技術に乏しいという現状を踏まえると、今後は多かれ少なかれ農家と企業が連携した法人形態が躍進するものと考える。なお、米をはじめとした集落営農組織は、①もしくは②に位置づけられる。

マスコミなどでは、JAは旧態依然とした単なる抵抗勢力であり、企業参入が進めば硬直化した農業を改革できるといった論調のものが多いが、これは全く農業というものを知らない暴論である。JAが日本の農業や農産物流通に果たしている役割は極めて大きいし、参入した90%以上の企業が赤字で撤退が相次いでいることでも明らかなように、どんなに資本力がある企業でも単独では農業の担い手にはなり得ない。

問題は米の担い手をどう捉えるかである。自民党政権下で、品目横断的経営安定対策という事業が導入され、(現在は名称を変更して継続)一定の規模を持った中核的農家と集落営農組織しか支援しないという政策転換があった。これにより中核的農家への農地集積が進み、大規模でより安定的な経営体が育つと、農林水産省の英断に大きな声援を送ったものだ。ところがこの政策は、農村地帯の有権者には極めて不評であった。そこで、票田確保の目的もあり、全部の農家を支援するといった時代錯誤の補償制度が導入され、農業の構造改革を逆戻りさせる結果を招いている。

このような状況下で、例外なき貿易自由化であるTPPへ参加すれば、本気で稲作経営に取り組む農家までつぶしてしまうことになる。将来的な自由化は避けられないと思うが、その前に構造改革を本格的に進めるべきである。育成すべき担い手像を明らかにして、限られた財源の中で、ばら撒きではなく選択と集中による支援策を講じる必要がある。その上で、自由貿易への参加を検討するのが手順ではないか。なお、自由貿易によって大幅に米価が下落することが予想されるが、その場合は中核的な担い手に限って所得補償を行うことが、あるべき政策であろう。併せて、海外への米の輸出に関しては、国をあげて免疫検査などの輸出障壁の撤廃に乗り出し、輸出先でのPR・消費拡大策を講じる必要がある。

そしてもう一つ重要な論点がある。農業は、産業政策を基本としつつ、反面、定住政策としても考える必要がある点だ。米はすでに余っていて、作付面積を減らすために減反政策が進められている。耕作放棄地対策にも躍起になっている。生産過剰なのだから、耕作面積も生産者も、もっと減らして当たり前だと考えることが合理的であろう。しかし、中山間地域など、耕作条件が不利な農村には、何百年も米を作って暮らしてきた人々とその集落が存在する。米価が大幅に下落し、米が収入源にならなくなれば、農村集落は荒れ果て人口減少はさらに進み、集落崩壊を助長することになるだろう。貿易自由化賛成派の多くは、米づくりを産業としてしか考えていない。米づくりは産業であると同時に、定住及び集落維持必須条件であることを忘れてはならない。

中山間地域直接支払い制度によって、何とか維持されている集落が全国に無数にある。この制度が無くなれば、みんな米づくりはやめてしまうだろう。そしてやがて誰も住まなくなるような集落がほとんどだ。単なる経済原則を振りかざすのは簡単だが、農業を力強い成長産業に転換する施策と、集落を維持する政策の両方が求められるのが農政の難しさだ。農家だけでなく地域住民全体で農地と美しい農村環境を守って行こうという農地・水・環境保全対策は、農村の現状・課題を的確に捉えたヒット政策であり、地方における評価も高い。今後の農村対策・定住対策は、中山間直接支払と農地・水・環境保全対策を強化、あるいは統合するかたちで維持・継続して行く必要があろう。もちろん、中山間地においても、先に掲げた担い手が存在すれば、その担い手を重点的に支援することが大切だ。

しかし、日本全体が人口減少社会に転換した中で、定住条件が悪い農村地帯の人口はさらに減少することは間違いないし、日本人の胃袋が縮小し食の多様化が進む中で、米の国内需要はさらに縮小して行くことは確実だ。したがって、水田については、条件不利な農地、基盤整備が出来ていない農地を、森林に戻す、あるいは宅地などに転用することも視野に入れながら、段階的に転換し、米の生産量を減らす必要がある。守るべき優良農地を明らかにし、大規模な経営体に農地を集積して、スケールメリットを活かした稲作経営を促進する。限界集落をはじめ定住条件が悪い地域の住民は、段階的に都市部への移住を促進し、行政コストの低減を図る必要もあるだろう。しかし、経済原理だけに視点を置いた急激な変革は禁じ手である。2,000年の蓄積は重厚であり、農業も農村も頓死してしまう可能性がある。

農業人口が減少しているから農業が衰退しているというのは間違いで、農業では飯が食って行けない小規模農家が高齢化し、後継者も存在せず、離農しているのであり、大規模農家には後継者も育っているし、その数も減っていない。世界的に農業は成長産業であるとの認識が当たり前で、日本のみが衰退産業であるというイメージを持ってしまっている。現在約200万人いる農家のうち、年間収入1,000万円以上の農家約7%に過ぎないが、僅か7%の担い手が日本の農業生産額約8兆円の6割以上を生産しているのが現状である。「定住政策としての米政策」という側面も考える必要があるが、資源と予算を集中投下によりこうした担い手の所得と割合を増やすことで、日本の農業は成長産業に転じるものと考える。

被災地復興までには長い時間がかかるだろう。集落を高台へ、そして海岸との環境地帯に農地を配置し、一区画あたりの規模が大きいほ場を再生する・・・。復興に向けた土地利用構想は大切であるが、そこで誰がどのような経営をやるのかという、担い手像の明確化の方が先決である。農業政策として、生産基盤も6次産業化も重要である。しかし、政策の基軸は、あくまで担い手に置くべきであると考える。