第93回 | 2012.04.23

雇用就農システムを確立せよ  ~地域が目指す新規就農者の育成手法~

「人・農地プラン」の受け手として新規就農者が位置付けられるなど、今年も新規就農者対策が大きな政策課題に掲げられている。しかし、地域の声を聞くと、新規就農の希望者が多い一方で、実際に地域農業の担い手として育つ人材は10分の1に過ぎないと言う。こうしたミスマッチの原因は希望者側、受入側双方にあるようだ。

希望者側の問題としては、そもそも就農を希望する動機や農業という職業に対する考えが甘いということに尽きるだろう。一般論だが農業だけに限らず、一生の職業を選択するということは、大変な決意が必要だ。石の上にも3年と言うが、農業の基本的な技術を習得して自らの展望を描くに至るには最低でも3年はかかる。この間、経済的・精神的に充ち足りないことも多く、肉体的にも困難が多くあろう。これを乗り越えて行く者だけに、一人前の農家として歩き出す権利が与えられる。この苦渋の3年間に耐えられない人は、次の職業でも同じことを繰り返すし、所詮何をやっても大成しない。

また、新規就農者の多くが、理想とする農業をやりたいなどと考え、最初から有機農業に取り組み消費者などへの直接販売を志向する。これもまた、考えが全く甘いと言わざるを得ない。過去にも書いたが、慣行栽培の技術を十分に習得して初めて有機農業が出来るのであり、非常に高度な技術が必要な有機農業に最初からチャレンジしても、まともな農産物ができる訳がない。また、販売では先ず、市場で評価されるに足る産品を作り、その後の経営展開として独自の販路を開拓して行くことが基本である。最初から自己満足の「くずもの」を作って、消費者などに直接売って行こうという考え自体が、農業そのものを冒涜する行為とも言えるだろう。なぜならば、厳しい物言いかもしれないが、消費者の信頼や期待を裏切り、その地域の農業に対する価値を貶めることにも繋がるからである。こうした人は結局、誰にも認められず、売上もあがらず、仮に就農しても地域から早々に逃げて行くことになる。

受入側の問題は、農地の確保、住宅の確保から、生産技術の移管、販路の確保、農村部での仲間づくりの促進など、様々であろう。地域では、新規就農者研修制度をつくり、格安の住宅を提供し、研修終了後の受入農家を組織化するなど、新規就農者に対し至れり尽くせりの体制を整えつつある。しかし、就農希望者のうち10人に9人が独立に至らない現状であるから、市町村や農業委員会・JAなどが多大な労力をかけて条件整備をしても、徒労に終始することが多く、新規就農者受入に懐疑的な地域も増えている。

新規就農者の確保・育成には多くの課題がある中で、私がかねてから最も効果的な手法として提唱しているのが、農業生産法人による雇用者としての新規就農者の受入である。私が尊敬してやまない群馬県の農業生産法人・あずま産直ネットの松村夫妻は、新規就農者の育成こそが経営理念であると言われている。あずま産直ネットは、多様な野菜類を生産し、直接取引を主体に経営規模を拡大してきた。毎年定期的に就農希望者を雇用して育成し、のれん分けとして独立させており、雇用中の就農希望者が将来独立するときに必要な農地を確保するために、地域で遊休化する農地やハウスを率先して引き受けている。

一方で、4月20日の全国農業新聞では、「離職率高い雇用就農者」という見出しで、就農希望者が農業生産法人で従業員として定着する難しさを指摘する特集が組まれていた。全国農業会議所では、平成22年・23年度に「農の雇用事業」を活用して雇用した農業生産法人などの正社員を対象に、アンケート調査を実施した。入社2年以内の新入社員の場合、約6割の従業員が、「よく離職を考えている」または「離職を考えたことがある」と回答している。離職を考える理由のトップは「給与額が低い」で、次いで「人間関係がうまくいかない」、「勤務先に将来性を見出せない」、「仕事がきつい」などとなっている。

同じ調査で明らかになった雇用就農者の給与水準は、平均年収額は237万円(月20万円以下)という水準であった(平均年齢は35歳)。同年齢層の年収額は、建設業でも448万円、金融・保険業では616万円であることから、雇用就農者の低い賃金レベルは明白である。また、農業という特性から賃金形態は時給支払が多いが、他産業の正社員が時給で給与をもらうケースはまずない。農業は、雨の日、風の日、豊作の時もあれば、価格が暴落する時もあり、常にあらゆるリスクに晒されている。それゆえ、他産業と比べて労働は不定期だし、経営状態は総じて不安定になる。雇用就農者が少しでも経済的に安定した生活が出来るよう、経営努力を重ねる必要がある。

同紙では、島根県出雲市でシクラメンの栽培を行う平田園芸場の事例を紹介している。ここでは、雇用就農者に対し、就農者個々に一定の区画を提供して自由に作物を栽培させるなど、独自の生産技術継承プログラムを組み、これまで6人の就農者を独立させた実績を持つ。農業での雇用就農者は、昔でいうところの「丁稚奉公」や「噺家の弟子」と言った側面が強い。給料は安くても、そこで技術を習得し、やがて独立し、自分自身の農場を持つ。このような考え方で、雇用就農者が希望を見出し腹をくくれるかどうかが一つのポイントであろう。一方、農業生産法人の経営者側も、雇用就農者に対し、「今はつらいけど、頑張れば将来はこうなる」と言うビジョンと人生設計を提示し、志を持続させることが二つ目のポイントになる。

このように課題は多いものの、地域で新規就農者を確保・育成するための最適な手法は、就農希望者を雇用し、技術を継承させ、独立させるような農業生産法人を設立・育成することだと考えている。農業生産法人は、中核的農家や集落営農の法人化、JA出資型、企業出資型など様々な形態が考えられる。また、設立した後には、一年を通して安定した収益と労務を確保するための作付体系の高度化、市場出荷に加え直売・直接取引などの複合的な販売手法の確立、6次産業化による加工や観光型農業への経営展開など、様々な課題が存在する。

流通研究所は、農林水産業の振興に向けた実践的なコンサルタント集団であり、法人の設立・経営改善は、最も得意とする分野の一つである。新規就農者対策に悩む市町村などは、是非とも一度、弊社に声を掛けて頂きたい。