第252回 | 2015.09.14

野菜の機能性表示で消費拡大になるか? ~ 食品機能性表示制度の展望 ~

消費者庁はこの度、静岡県のJAみっかびによる温州みかんの「機能性表示食品」の届け出を受理した。今年4月の制度スタート後、サプリメントや加工食品は約80件が受理されているが、生鮮食品では初めてである。温州みかんに含まれる「βクリプトキサンチンは、骨代謝のはたらきを助けることにより、骨の健康に役立つことが報告されています」と出荷段ボール箱などに表示するという。また、岐阜県のサラダコスモが生産する大豆もやしも、大豆イソフラボンに骨の健康を維持する効果があるとの届け出が受理され、10月から「大豆イソフラボン子大豆もやし」の商品名で販売予定である。

「食品衛生法」に基づく食品表示には、「栄養機能食品」、「特定保健用食品」が既にあった。「栄養機能食品」は、食品に含まれているビタミンやミネラルなどの効果を表示をすることができ、主にサプリメントや、近年は菓子や飲料などで商品化されている。一方、「特定保健用食品」は、国が審査するもので、より具体的な健康効果を表示することができる。その中で、「食品表示法」の施行で注目を集めているのが、これらに次ぐ第3の制度である「機能性表示食品」である。

「機能性表示食品」は、事業者の責任において論文や臨床試験などで科学的根拠を証明できれば、国の審査がなくても食品のパッケージなどに含有する機能性成分の健康効果が表示できる制度で、加工食品に加え、野菜・魚などの生鮮食品も対象となる。この「機能性表示食品」制度は、安倍政権が成長戦略の一環として創設を目指してきたものである。国の審査が必要ないことから、時間も費用も縮減できることに加え、今まで表示できなかった効果やあいまいな表現をわかりやすく表示することができることから、生産者や流通事業者の期待が高まっていた。

野菜通販大手のオイシックスはこの制度の導入をきっかけに、高機能野菜を集めた「きくベジ」コーナーを設置した。また、静岡県の村上農園はピロリ菌の除菌効果があるとされる「スルフォラファン」を多く含む「ブロッコリースーパースプラウト」で制度への届け出を検討していた。しかし、申請に必要な外部論文は、病人を対象としたデータがほとんどで、健常者を対象にしたものがなく、未だ申請のめどが立っていないようだ。また、バナナで届け出を検討していたドールは、産地などによって成分がばらつくことから、申請を断念したという。

届出制というと簡単に受理されるように思えるが、かなりハードルは高いようだ。まず、機能性を訴求するためには、機能性関与成分の分量や作用なども含めて、科学的根拠が明らかにされていることが前提条件である。加えて、申請者は、人体試験の実施などにより安全性や機能性評価を厳しく行わなくてはならないこと、摂取できる機能性関与成分の分量を確保しバラツキがないよう栽培条件などを確実に管理しなければならないこと、健康被害情報を集める体制を組まなければいけないことなどの条件があり、ことのほかコストもかかる。

一方、機能性関与成分を多く含む農産物については、農業系研究機関や民間種苗会社などで、食物繊維、ポリフェノール、カロテノイド、リグナン、ビタミンなどの含有量を従来より高めた品種が育成され、これらを活用した商品開発も行われてきた。機能性野菜としては、たまねぎ(ケルセチン)、トマト(リコピン)、ほうれんそう(ルテイン)などが近年注目を集めている。また、農林水産省の26年度緊急対策事業では、米(GABA)、温州みかん(β-クリプトキサンチン)、緑茶(メチル化カテキン)に関する機能性が公開された。さらに、農業・食品産業技術総合研究機構の研究により、ほうれんそう(ルテイン)、大麦(β-グルカン)、大豆(β-コンクリシニン)、りんご(プロシアニジン)、こんにゃく(グルコマンナン)、魚(DHA/EPA)、緑茶(エピガロカテキンガレート)に関しても機能性が公表される予定である。

このように、機能性表示食品は、産学官あげての取組であり、農産物においても消費拡大のための決定打と考えれる方も多いようだ。生鮮食品で初めて申請が受理されたことをきかっけに、今後は全国の産地が追随し、パッケージなどに「目の健康に役立つ」「肝臓の働きをサポートする」といった機能が表示される農産物が数多く出回ることになるだろう。しかし、機能性表示をした農産物は、消費者の購買意欲を高めることにつながるだろうか。

少なくとも、三ヶ日みかんのように、業界に先駆けて受理され、売場で機能性をうたえるようになった商品のブランド力は向上するだろう。βクリプトキサンチンは温州みかんの全てが持つ成分であり、三ヶ日みかんのみが持つ成分ではない。おそらく、温州みかん全体の消費が拡大し、その中で三ヶ日みかんが優先購買されるようになるのだろう。反面、他の柑橘類や果実類の消費は冷え込むようになるのではないかと考える。

日本人は、「健康によい」というキーワードに極めて敏感に反応する。テレビの健康番組でひと度特集が組まれれば、れんこんもなばなも、ブルーベリーもその翌日は売場に商品がなくなるほど売れるといった現象が繰り返されてきた。そもそも、全ての野菜も果実も体にとてもよいのだ。厚生労働省からは栄養バランスガイドが出され、野菜の1日あたりの摂取量の目安が示されているし、農水省もしきりに食育を促進する事業を行ってきたが、これまで野菜も果実も消費量が増えることはなかった。

つまり、日本人の胃袋は昔と同じであり、人口減少社会においては野菜も果実もその総需要量は減っていく中で、「健康によい」と言われた農産物の消費が一時的に拡大し、その他の品目の消費者は冷え込むという構造に変わりはないということだ。温州みかんが体によいと言っても、私の子どもの頃のように、日本人全員がこたつの上で山盛りに積み上げた温州みかんを、テレビを見ながら食べ続けていたような時代が再来するとは考えにくい。

私は、食品の機能性表示は、ブランド戦略の有望でかつ高度な手法の一つであり、「やった者勝ち」だと考える。ブランド化を実現するための前提は、高位平準化とロットの確保であり、品質の管理能力、そして組織力である。農産物を機能性表示食品として申請するためには、こうしたブランド化の前提条件をクリアしなければならない。JAみっかびは、数ある柑橘の産地の中でも、こうしたブランド化の基盤を作り上げてきたからこそ、機能性表示食品として申請できたのであって、品質にばらつきが出るような産地は申請できない。

食品機能性表示制度はブランド化を志向する産地にとっては、「やった者勝ち」の大きなビジネスチャンスである。申請するためのは様々な課題があろうが、研究機関や種苗会社などとの連携を強化することに加え、生産者の意識改革・意欲向上を図りながら、是非この制度にチャレンジして頂きたい。