第104回 | 2012.07.17

都市農業における目指す担い手像とは  ~都市農業推進審議会に出席して~

先日、横浜の万国橋会議センターで開催された第17回都市農業推進審議会に、審議委員として参加させて頂いた。この審議会は、神奈川県が平成17年に、全国に先駆け公布した神奈川県都市農業推進条例に基づき、県が推進する重要な農業振興施策について審議することを目的に設置されたものである。会長には、東京農業大学の谷口信和教授、副会長には神奈川県農業協同組合中央会の安藤伸男専務理事が就任し、生産者、流通業者、消費者などの代表、合計18名の委員によって構成されている。

審議会では先ず、県事務局より、「かながわ農業活性化指針」に続き、実需者のニーズに合わせた農業経営への転換とマッチングを支援する「オーダー型農業展開支援事業」、「足柄茶産地復興支援事業」など、主要な取組について説明があった。その中には、神奈川県らしい独自の事業として「中高年ホームファーマー」制度がある。この事業は、県が耕作放棄地を借り上げて農園として整備し、100~500㎡という比較的大規模な単位で、中高年層を中心とした都市住民が、研修を受けながら自由に野菜などを栽培するものである。平成23年度末までに、延べ986名の耕作実績を持つが、今後は、さらに広い農地(1,000~3,000㎡)を耕作し販売まで行う「かながわ農業サポーター」へのステップアップ、中高年ホームファーマーによるNPO法人設立による農園管理事業などを進めて行く方針だ。

錚々たる委員の皆さんから、するどい意見が活発に出された。その中で、神奈川県消費者団体連絡会の小野一恵委員の意見は特に鋭かった。神奈川県の都市農業推進条例は、県民の農業への主体的な参加を標榜しているにも関わらず、県民参加型の施策が希薄であると言うものだ。例えば、実需者ニーズを踏まえた生産体系を確立し、小売店・飲食店などと生産者とのマッチングを図る「オーダー型農業推進事業」では、消費者と接点を持って消費者ニーズを反映させるような仕組みにすべきであるし、平塚にある農の総合体験拠点である「花菜ガーデン」は、その存在すら知らない県民が多く、もっと消費者へ情報発信するべきだと言ったものだ。

担い手育成施策については、さらに多くの意見が出され、私もかねてからの持論を述べさせて頂いた。神奈川県では、第一ステップとして年間販売額700万円以上の農家、第二ステップとして2,000万円以上の農家を育成することを目的に、新規就農者確保支援事業、農業青年等経営支援事業、中核的農家経営体高度化支援事業などを推進している。しかし、神奈川県の計画には、全国のどの自治体にも出てくる「法人化」、「集落営農」と言う言葉が出てこない。農住混在型の狭いほ場で、地域が一体となった取組が希薄などの特徴を考えると、確かに法人化も集落営農も困難であろう。しかし、年間販売額2,000万円以上を目指す場合は、必然的に企業的な経営が求められるし、その延長には法人化を視野に入れた育成策が必要である。また、秦野では私が支援した集落営農法人「大地」のような例も見られるし、地域農家の高齢化が進む中で、遊休化する農地を地域全体でカバーして行こうという動きも始まりつつある。

神奈川県農業の重点課題の一つは、目指す担い手像が不明確なことだと考えている。販売金額700万円では、農業所得は概ねその半分以下となることから、専業農家としての経営は成り立たない。一方、販売金額2,000万円以上となると、雇用が発生することから、周年を通した生産・出荷を目指した複合型農業を志向せざるをえない。また、販売面においても、JAや市場のみではなく、直売・直接取引など独自の販路を持つことが必要となろう。

現在神奈川県では、全農業経営体15,612経営体のうち、年間販売額700万円以上の農業経営体はその14.6%にあたる2,280存在し、2,000万円以上の経営体は3.9%の615であるが、2,000万円以上稼ぐ経営者像は不透明だ。畜産業ではいくつかの法人が存在するが、施設園芸分野ではほとんど存在しないのが実状である。神奈川県はこの5ヵ年で販売農家が大きく減少している一方で、専業農家は8.5%も増加しており(全国平均は1.9%)若手の農家も多く育ちつつある。つまり、神奈川県は、本気で農業に打ち込もうという生産者が増えている地域であると言える。こうした意欲ある農家に、神奈川県型の目指す経営者像とそこに到達するための道筋を示す必要があろう。

千葉県には和郷園があり、群馬県には野菜くらぶがあり、長野県にはトップリバーがある。それぞれカリスマ経営者が、地域を引っ張る形でつくりあげた大規模生産法人であり、他県においても現在、大きな夢を持った第二の木内氏、澤浦氏、嶋崎氏のような人材が、どんどん誕生している。しかし、神奈川県においては、そのような法人、人材が存在しないのが実状である。農業構造が違うと言ってしまえばそれまでであるが、増加する若手の農業者が目指す経営の姿、人材が近くに存在しないのは寂しいことだ。

では、都市農業の目指す担い手像とはどのようなものであろうか。県下の篤農家と言われる方々は、高い生産技術とプライドを持つものの、一匹狼が多い。また、経営規模が比較的小さいことから、群馬や長野のように単一作物を大量につくり、大手飲食店チェーンなどと直接取引することも困難であろう。反面、目の前に他県から羨まれるような大きなマーケットが広がっている。したがって、生産者個々、あるいは小規模地域のブランドを生かしつつ、これをネットワーク化し、身近な実需者に直販するような法人組織が求められると考える。

私たち流通研究所は、神奈川県内における法人の設立・育成に対しても、積極的に支援して行く方針である。地域の意欲ある若手農家と共に、神奈川県が目指す担い手像とビジネスモデルはこれだと言えるものを、是非とも創り上げて行きたい。