第42回 | 2011.04.04

連携の深化による新たな地域戦略 ~千葉大学・斎藤先生の著書から~

私が師と仰ぐ千葉大学の斎藤先生から、「農商工連携の戦略~連携の深化によるフードシステムの革新~」という著書を進呈頂き、早速むさぼる様に拝読させて頂いた。斎藤先生は、日本フードシステム学会の会長、日本農業経済学会の副会長を務められており、誰もが認める農産物流通にかかわる第一人者である。和郷園、野菜くらぶなど、全国的にも有名な農業生産法人の顧問を務められていることに加え、現場主義での研究を積み重ねておられることから、その理論は極めて実践的で迫力がある。昨年度は千葉県の仕事でご一緒させて頂いたが、同じ実践論者として多いに意義ある議論をさせて頂いた。本日は、この著書の趣旨を紹介させて頂くとともに、震災という大きな痛手を受けた日本農業が、今後目指すべき地域戦略のあり方を考えてみたい。

近年、農商工連携、食料産業クラスター、6次産業化、地域内発型アグリビジネスなど、同じ様な言葉が農政の場で多く聞かれる。斎藤先生はこの著書で、これらの言葉の定義を明らかにした上で、本来あるべき連携の姿やその要件を明らかにされている。その中で、現在一般的に考えられている農商工連携は、単発の製品開発に限定される傾向が強く、地域農業への大きな波及効果は見込めないと指摘されている。確かに、農商工連携に認定された事例を見ても、一企業が一軒の農家と連携し、開発した商品に必要な農産物原料を取引するだけで、農家の経済効果は100万円に過ぎないといった例があまりに多い。関係者には大変失礼な言い方だが、認定事業が始まって早くも5年経つが、これだけの効果を出すためだけに国策として支援することに対し、私も大きな疑問を持っていた。農商工連携という切り口は良いと思うが、認定の要件や目指すべき経済効果など、政策の枠組みを大幅に変える時期に来ているのではないかと、私は考えている。

斎藤先生は、農商工連携が、製品開発だけに留まらず、情報や経営資源の共有化のもとで、食品・関係企業から農業サイドへの技術やノウハウの移転、資本の出資などによる農業経営体の育成などが重点的な取組課題であるとしている。一方、農家や地域住民が主役となる6次産業化や地域内発型アグリビジネスは、所得に直結しやすく、農商工連携より地域への波及効果は大きいが、地域内だけでなく、地域外の食品・関係企業等との連携強化により、食料産業クラスターとしての戦略を持つことが必要であると力説している。食料産業クラスターでは、農業サイドから川中・川下へ向かうベクトルと、それとは逆に食品・関連企業が農業サイドに向かうベクトルの2つがあるとしている。

前者の代表的な事例が、先生が顧問になっている和郷園や野菜くらぶである。和郷園では、冷凍事業とカット・キット事業によって農産物の付加価値化を実現し、リサイクル事業を立ち上げ取引する小売店などからの残さを堆肥に変える資源循環の仕組みをつくることで、地域の道の駅への経営参加による直売所やレストランを展開した。また、海外事業にも着手することによって川下への事業を拡大した。さらには、ほ場700枚のトレーサビリティが整備され取引先ごとに管理できる仕組みをつくった。

野菜くらぶは、モスフードサービスと共同出資の(株)サングレイスを設立し(モスフードサービスの出資比率が60%と高いが、議決権が10%に抑えられている)、静岡・群馬の農業で生産されるトマトについては、Lを中心にモスフードサービスへ約30%が供給され、M・Sは生食用として複数の生協に販売している。また、規格外品の一部は、モスフードサービスの関連企業でデミグラスソースの原料として活用され、店舗で使用されている。

また、地域内発型アグリビジネスの代表的な事例として、集落組織経営体と言える大分県の安心院松本集落をあげている。松本集落は、UIターンを受け入れ、多様な地元企業との連携により、豆腐(大豆)、純米酒(こめ)、ワイン(ぶどう)、どうじょう料理(どじょう)などの製品開発を進め、グリーンツーリズムの推進に合わせ、地域ブランドによる展開を進めている。

一方、後者の代表的な事例として、ワタミ、サイゼリアなどの居酒屋・外食チェーンをあげている。これらの企業は、資材(種苗・有機肥料・ビニール等の資材を独自に安価で供給するシステムを開発し、販売面では規格の簡素化、輸送コストの削減などによって、全国の提携農家の手取り価格の上昇に貢献している。また、カルビーは、大規模生産者に対して収穫機械の導入を支援し、利用していない等階級のじゃがいもについては、自らコーディネーターとしての他の実需者に斡旋する方法をとって、提携する生産者を育成している。

この著書では、これらの視点を踏まえ、「ブランド管理とマーケティング」「サプライチェーンとインテグレーション」といった、より広範なテーマにも及んでいる。農業と食品・関連企業との戦略的な提携を進め、ブランド化戦略の構築を図り、効率性とパートナーシップを同時に追求できるフードシステムを構築していくことにより、地域農業と食品産業を活性化し、地域の所得を最大化することが今日最も重要な課題であるとしている。

この本を読んで、改めて感じたことがいくつかある。農業はこれまで、農家が土と共に生き、自らの生産技術にプライドを掛けて戦う孤独な産業という側面があった。しかし作られた農産物は、当然のことながら、それを流通し、加工し、あるいは調理して消費者に提供するという、多様な企業・団体との共同作業によるフードシステムの中の一つの局面である。大震災により、風評被害が広がると、それぞれの立場を守るために、多くの小売店・食品メーカー・飲食店が、安全な農産物さえも扱わなくなる。消費者に対し、正しい知識を伝え消費を喚起することは、政府だけの役割ではなく、フードシステムの最終ランナーである小売店・飲食店の義務である。安全であるにも関わらず、風評が怖いからといって全ての商品を撤去する、あるいは市場でひと箱1円の値をつけるなどの動きが見られるが、農家が一番苦しい時に彼らを後ろから足蹴りするような企業はパートナーではない。一方で、この度、福島県内の農業団体、食品・関連企業が一致団結して、県内産農産物をPR・販売するプロジェクトが立ち上がっている。もともと生産者と食品・関連企業とは運命共同体であることが分かる。農商工連携により、真のパートナーシップを構築し、有事の時こそ助け合い励まし合える関係づくりを進めたい。

私自身を含め、自分のことで精一杯で、世の中がどういうシステムで成り立っているのか、振り返る余裕がなくなっていたことを反省する必要があろう。これまで日本の経済は競争原理に基づき、国民全員が切磋琢磨してきた。競争自体はよいことであるが、半面、力のある者がない者を抑圧する構図、対立の構図を作り出してきたことも否めない。この度の震災は、実需者は産地を、消費者は農家を、真に理解するための契機を与えている。そして、今後訪れる大きな変革のプロローグとして、理解から共生へ、そのためのアクションが今求められているのだと思う。こうした考えのもと、私たち流研も、具体的なアクションプログラムに着手することを決断したところである。