第195回 | 2014.06.30

農産物直売所から考える農業ビジネスとは ~生産者と消費者に愛される地道な活動こそが直売所の生命線~

先日、福島県にあるJA直売所「みらい百彩館んめ~べ」に行く機会があった。福島県伊達市にあるJA伊達みらいの直売所である。福島駅から車で約15分、果物、野菜、お惣菜、加工品、切り花等を品揃えしている。県内最大規模の直売所であり、連日盛況ということだ。

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福島県は、東京電力福島第一原発事故を受け、福島県のJAが経営する農産物直売所は、風評被害に苦しんできた。福島民報の記事によると、平成22年度は53店舗で65億1800万円と平成18年度以降、最も多い売り上げを記録していた。しかし、原発事故発生後の平成23年度には、53億1200万円(51店舗)と風評被害の影響を指摘している。その後、年々、売上が回復し、平成25年度では、69億4500万円(50店舗)と原発事故以前よりも売上を拡大している。

この売上回復の理由について考察してみたい。まず一つ目の理由は、食の安心・安全対策の徹底であろう。農産物直売所では、生産者の顔が見えるという安心感を消費者に提供することができる。弊社で運営している「金次郎野菜」でも、特定の生産者が栽培した野菜を買うというお客様もいる。理由を聞くと、この人の作った野菜は他よりも美味しいという。農産物直売所は、生産者の名前がラベルに表示されているため、こういったファンもつきやすいのだろう。

安全対策では、原発事故を受けて風評被害に苦しんだ農産物直売所であるが、福島県のJAは原則、全商品を対象に放射性物質検査を実施してきた経緯がある。放射性物質検査で安全性を確認した商品だけを販売し、PR活動を行うことで、関係者の地道な取り組みが、安全という面からも消費者の信頼を得て、売上回復につながったのだろう。

二つ目は、価格の安さだと考える。私が行った際も、立派な野菜が買いやすい価格帯で売られていた。果実、野菜と、どれも立派な農産物が並んでいたので、ついつい買い物をしてしまった。安くても物が悪ければ消費者の方は買わないが、「みらい百彩館んめ~べ」の野菜は、こんな立派な野菜が、この値段で販売しているのかという驚きがあった。しかし、直売所であっても安さを売りにしてはならず、再生産可能な適正価格をつけるべきだというのが私の持論である。価格競争ではなく、価値競争に勝ち抜くことが、直売所が本来目指す姿だと考える。

三つ目は、消費者に価値を伝えるコミュニケーション手法だと考えた。トマト売場には、トマトのおひたしのレシピが置いてあり、自由に持ち帰ることが可能だ。メニューの提案や、野菜の下処理のやり方などを、わかりやすく表示することで、買って作って食べてみたいという消費喚起につなげている。「金次郎野菜」でも、野菜ソムリエの方々に、レシピの紹介や試食をお願いしている。試食については、購入につながる、つながらない物があるが、どうやら簡単さが大きな要因であるようだ。

他にも、「みらい百彩館んめ~べ」では、毎週末にイベントを開催している。毎週末のイベント内容に関しては、イベントカレンダーを店舗入り口などに張り付けてあった。ちなみに、6月は、ちまき作り講習会、夏野菜まつり、食育ソムリエ企画などを実施している。こういった、消費者との繋がりによるファン獲得も売上に貢献している理由であろう。
苦境を乗り越え、地道に、直売所の方々が取組み続けた結果が、消費者の心を掴み、売上の回復、拡大につながっていると言えよう。

もう一か所、静岡県の伊豆の国市にある農産物直売所(伊豆の国市まごころ市場)にも行ってきた。静岡県伊豆の国市の山奥にある直売所で、決して立地が良いとは言えない。しかし、朝から混み合っている直売所だ。朝9時開店だが、私が行った日には、30分前には10名ほどが並んでおり、開店10分前には50人以上は、入口に列を作っていた。待っているお客様がいるためか、開店前からスイカの試食が用意された。生産者の異なるスイカの食べ比べだ。「金次郎野菜」でも生産者の異なるトマトの食べ比べを行ったりするが、非常に好評である。お店の入り口に、スイカの出荷表と完売時間の表が貼られていたが、90個のスイカが開店1時間後には完売している日もあった。

直売所自体はあまり大きくないため、開店直後の売場は大変、混雑する。開店1~2時間でほとんどの農産物が売れてしまい、午後に直売所に行っても、買えるものがないくらいだ。こちらの直売所は、陳列台の上に、コンテナを置いただけの陳列方法だが、スイカの完売時間からも見てわかる通り、農産物が飛ぶように売れていく。

この大盛況の理由についても考察してみたい。まず一つ目は、伊豆の国市で生産された農産物のみを取り扱っている点にある。近年の直売所では、品揃えを豊富にするために、多産地からの仕入れを行っている直売所もある。地場産野菜のみで一年間、品揃えを確保する事は難しいが、伊豆の国市まごころ市場は、地場産野菜にこだわりを持ち、伊豆の国市で生産された野菜や加工品のみを取扱っている。そういった、こだわりが地元の人達に愛される要因となる。

二つ目は、店員の接客である。先述したスイカの食べ比べにもあるように、開店前でもお客様に気軽に話しかけたり、試食を用意するなど、店員の人柄も理由であろう。レジ打ちの店員も、きっと近所のおばちゃん達で、お客様と近い位置にいる。店員が、生産者と消費者の距離を縮めることができる事が、地元の人達に愛されるもう一つの要因であろう。

他には、伊豆の国市まごころ市場でも、立派な野菜を買いやすい価格帯で販売していた。また、めずらしい野菜も置いてあり、緑色のトマトで、フルーツのような味がするトマトだ。少ない量でも陳列台に並ぶところが、直売所らしい一面でもある。他にも、農産物の生産者が作った漬物なども並んでいた。あの生産者の野菜は美味しいから、あの生産者の漬物を買うというお客様もいるようだ。地場物だけで一年を通じて品揃えを確保する事は難しいが、地場産にこだわりを持ち、地域密着型の直売所となることで、伊豆の国市まごころ市場は、生産者も含めて、とても地元に愛されている農産物直売所であると感じた。

直売所は、もともと既存の流通ルートに乗せられない規格外品の農産物を、生産者が直接消費者に販売するための場であった。新鮮な野菜が買いやすい価格で買えることが評判となり、全国に拡大していった。近年では、施設も大型化し、品揃えも豊富になっている。直売所は、生産者が規格外品を安く売る場から、新鮮なおいしい野菜を生産者から直接買える売場へと変わってきている。

近年の農業ビジネスには、大手企業の参入や、生産者らの6次産業化など、多様なビジネス展開が生まれてきている。しかし、大手企業は、得意とするマーケティング戦略などを駆使して参入を試みているが、直売所ビジネスで成功している例は極めて少ない。農産物は、保存がきかず、収穫量も変動するため、売りさばくノウハウがなければロスが増えていくだけで、計画通りにいかず、企業にとって、ハードルが高いビジネスである。工場で製造するように売れ筋の規格品を計画生産し、販売力を駆使すれば直売所ビジネスだって成功すると考えていたら大間違いである。

どのビジネスでも言える事だが、農産物直売所では特に、消費者との信頼関係を築くことが大切であることを改めて感じた。信頼関係を築くためには、生産者の思いと消費者のニーズという溝を埋め、あるいは橋を架けるための、地道な活動が大切である。「金次郎野菜」においても、地道に売場に立ち続け、少しずつ、消費者との距離を縮めてきた。長い期間をかけて消費者との信頼関係を築きつつあると思っている。苦境に立たされても、生産者・消費者の双方の立場に立って、地道に活動を続ける覚悟がなければ、農業ビジネスはうまくいかないだろう。