第197回 | 2014.07.14

農産物の輸出に向けた展望 ~農産物は戦略的輸出品目になるのか~

アベノミクスの一環として、農林水産物は戦略的輸出品目と位置づけられ、食品を含めた輸出金額を現在の4,500億円から2020年には1兆円まで拡大するという政策目標が掲げられている。こうした政策を受け、全国の県単位でJAを核とした輸出促進協議会が設置され、様々な調査・研究や実証的な取組が行われている。流通研究所もまた、近年輸出に関わる業務が急増しており、輸出促進に向けた一助を担っている。

国内の人口が減少し、今後急速にマーケットが縮小することが明らかになる中で、海外に販路を求めることは基本的な国家戦略として正しい。しかし、品目別の輸出動向を考察すると、果たして農産物は戦略的輸出品目となりえるのかという疑問が浮上する。先ずは、主要品目の平成23年から平成25年までの輸出額の推移を整理してみたい。

【主要品目の輸出額推移】

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出典:貿易統計

総じて各品目共に増加傾向にあるが、このままのペースでは、倍増目標を達成できそうもない。ちなみに、この他の農林水産省では、加工食品も輸出戦略の対象商品としてとらえており、日本酒などは平成23年度の88億円から平成25年度は105億円に増加してる。また、現在の輸出額のうち、ほとんどが水産品もしくは加工品が占めており、農産物は1割にも満たないのが現状である。次に、米、野菜、果実についての輸出実態についてコメントしてみたい。

「日本の米はうまい。世界に通じる輸出品目になる」などと、マスコミはもとより、多くの有識者までも熱く語ってきたが、私が再三指摘してきたように、やはり結果は泣かず飛ばずである。和食が世界文化遺産に登録され、和食文化とともに米も輸出できそうだが、現実はそれほど甘くない。米を輸出する上での最大のネックは、価格である。日本の米は海外産より多少食味に優れていると思うが、この価格差を埋めるだけの品質の優位性はないと思う。農林水産省は、中国に輸出している国産米の価格構造と言うおもしろい調査結果を発表している。

【中国市場における日本産米小売価格内訳】

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出典:農林水産省試算

FOB価格等とは、船積み運賃込みの価格で、国内での物流費なども含む。したがって、JAなどの産地の出荷価格は300円/kgといったところだろう。この試算によれば、関税などよりはるかに大きなコストになっているのが流通マージンであり、小売価格は1,300円/kgなどと途方もない金額になっている。いくら富裕層がいるとは言え、こんな高い価格の米がたくさん売れる訳がない。ちなみに関税がほとんどない香港では、新潟産こしひかりの小売価格が950円/kgで、米国産こしひかりは450円/kgで売られており、中国ほどではないにしろ、こちらもべらぼうな高値である。また、高値で動きが悪いことから、精米から数ヶ月が経った米も多く売られていると言う。もとがよくても、精米して何カ月も経った米がうまい訳がなく、かえって「日本の米はまずい」という評価につながりかねない。

また、海外でも米の品種改良が進み、栽培技術が向上しており、日本産米との品質格差は確実に縮まっている一方で、販売価格は半値以下で提供できる。さらに輸出先国を見ると、香港・シンガポールで全体の約7割を占め、輸出先に広がりは見られない。こうして考えると、米は日本の戦略的輸出品目として成立する可能性は、極めて低いと言えよう。農林水産省も、この点は熟知しているようで、米単体での輸出目標ではなく、米・米加工品(日本酒・せいんべいなど)というくくりで目標を掲げており、カモフラージュしているのが実状である。

次に、野菜はどうであろうか。野菜の輸出額は約20億円で、過去5年間、概ね横ばい傾向で推移している。また、品目を見ると、その約9割が、ながいも、約1割が、さつまいもで、その他の品目はほとんど実績がない。輸出先国は、台湾・香港で約7割といった状況である。現在熊本のJAたまなが、ミニトマトの輸出にチャレンジしており、大いに期待したいが、品質管理や輸送コスト、輸出先国での流通マージンの高さなど、課題は山積しているようだ。

最後に、果実についてである。個人的には米、野菜に比べ、遥かに伸び白が期待できる商品群であると考えている。輸出額は100億円を超えているが、その7割がりんごである。古くから、青森から台湾への輸出は行われており、今もその構造は変わらない。また、過去5年間の輸出額推移を見ると、増減を繰り返しており、増加傾向にあるとは言えない。しかし、その他にも、なし、みかん、ぶどう、かき、いちご、メロンなど様々品目の輸出実績がある。日本の果実の生産技術は世界的にも飛び抜けており、品質の高さ・味覚のよさは、他国の追随を許さないものがる。

昨今の農業新聞に、岡山大学グループが、ももの船便での輸出実験をスタートさせたという記事が出ていた。品質管理が非常に難しい作物を、温度管理システムを駆使した輸送法で、低価格で東アジアに輸出しようというものだ。社会的な意義は否定しないが、個人的には、ももについては船便ではなく、航空便で輸出した方が適切だと考える。ももは嗜好品であり、価格は高いものであり、大量輸送手段である船便で運ぶ必要などない。また、輸送物流にかかる経費割合が少なく、これを縮減しても大きなメリットは期待できない。また、航空便なら1日で着くのに、船便は10日かかる。この時間差のデメリットは、コストで埋められるものではないと考える。

それより、小売価格の60%近くを占める、輸出先国での流通マージンの縮減について、もっと力を入れて取り組むべきであろう。これは、果実に限らず輸出品全般に言えることで、そのためには、徹底した実態調査から始めるべきである。流通マージンがこれほど高いのは、輸出品の輸出先国での回転率が悪く、ロス率が高いためだと考える。日本の流通業界が実現したように、現地の小売店等との連携強化のもと、販売情報を速やかに出荷側に伝え適正な取扱量を維持する仕組みづくり、発注したら翌日には商品が届く仕組みづくり、鮮度・品質を維持するコールドチェーンの仕組みづくりなどに取り組む必要がある。つまり、輸出拡大の鍵は、日本型の物流・流通システムを、海を越えて販売先国にも導入して行けるかにあると言えよう。