第196回 | 2014.07.07

農業経営者の育成が日本農業の生き残り策 ~農業経営者を育成しよう~

先般、オイシックスのボードメンバーが集まり、オイシックスの部会や総会の運営について話し合った。日本の農業を変えるための仕掛けについて、各メンバーの鋭い意見が飛び交う中で、一定の方向性を打ち出すに至った。今後、オイシックスの優秀なスタッフが、方向性の具現化に向けて取り組むことになるので、その際には詳細な報告をしていきたい。

議論の中で、和郷園の木内さんは、人材育成の必要性とその手法について、熱い意見を繰り返し述べていた。農家は経営者として成長しなければならない。日本農業が生き残るためには、農業経営者を数多く育てなければならない。原価計算はもちろん、経営判断が出来る農家が日本農業を牽引しなければ、日本農業が産業として自立することは出来ないと。私も全く同感で、講演会など、様々な機会で同じことを言ってきた。

JAの一つの罪として、農業経営者を育ててこなかったことがあげられる。経営はJAが考えるので、組合員はJAが言うものを言われただけ作ればよいといった風土・風習が、地域に根付いてしまっている。さらに辛辣なことを言わせてもらうと、組合員には下手な知恵をつけてもらいたくないというのがJAの本音とも言える。組合員が知恵を付け、経営感覚を持ってしまうと、販売事業や購買事業にまで口出しをしかねない。しかしその結果、儲からない農家ばかりをつくり、後継者が育たない産業にしてしまったとことは否定できない。

現状、野菜の生産者の所得率は30~40%、果樹の生産者は20~30%程度だと思う。1,000万円売っても、手元に残るのは200万円程度という状況だ。先ずは、この利益構造を大きく変えていくことが経営者として成長するための第一歩だと思う。そのためには、コスト構造を分析することから始める必要がある。10aあたりの種苗費、肥料・農薬の資材費、水道光熱費、ダンボールや運賃などの販売費、地代・家賃、そして機械・ハウスなどの減価償却費(≒借入金の返済額)などを、自分なりに算出してみよう。これらの経費を売上から差し引いたものが所得になる。県単位で作物別の経営指標を出しているので、算出方法などは参考にして欲しい。

余談になるが、県が出している品目別の経営指標の数字をそのまま鵜呑みにしてはならない。複雑かつ根拠のある計算式で算定しているのだが、所得率が3%などと、とんでもない数字が出ているケースが多い。100万円売って3万円しか儲けがない農業など、誰もやるわけがない。難しい問題もあるだろうが、県の担当者は計算方法・表現方法などを十分検討して改善して欲しい。どれだけ時間をかけて作業をしても、アウトプットがこうした内容では、それは仕事をしているとは言えない。

さて、原価計算を行い現状分析が出来たら、次は改善策の立案である。売上高は、販売量×販売単価で計算できる。また、売上高は、A品の出荷量×販売単価+B品の出荷量×販売単価+C品の出荷量×販売単価などに細分化できる。一ほ場あたりの収量を増やすことで売上も増加するはずだが、収量増を狙い栽培した結果、秀品率が落ちると逆に売上が減ることもある。また、品質にこだわるあまり、収量が減ると売上は落ちる。品質は農家のプライドであるが、私が知る限りプライドだけに固執する農家は総じて所得率が低い。よく若手農家が陥りやすいのは、無農薬栽培に取り組み、価格は慣行栽培より1割しか高く売れないのに、収量は7割しか上がらないと言ったケースだ。慣行栽培より、1.1×0.7=0.77の売上にしかならないことになる。

販路をも据えながら、どの品質ラインを狙いどれだけ収量を増やすか、十分検討し、自分なりの結論を出して欲しい。同じように50万円の経費がかかる中で、プライドに固執するあまり収量が少なく70万円しか売上が上がらなければ所得は20万円、プライドはある程度捨てて収量を増やし100万円の売上が上がれば所得は50万円となる。

そして、次に経費の削減である。これは日々の研究と改善のトライアルが必要である。親や地域がやっていることを真似するだけでは経費削減には結びつかない。新ためてムダはないか、より効率的な方法はないか、「現代農業」などを参考に、人の話を良く聞いて工夫を重ねて欲しい。

その昔、山梨県で野菜の法人経営を行っているサラダボールの田中さんの経営支援を行っていた際、田中さんは、「私は最高のものなどつくる気はさらさらない。そこそこの品質のものを、より多く、より低コストでつくることを信条としている」と言われた。その時、この人は伸びる人だなと思ったが、やはりその後、急成長し、現在農業界では時の人になっている。

売上管理・原価管理は、経営の初歩である。経営者になるためには、初歩をマスターした後、労務管理、財務管理など、さらに奥深い取組課題に取り組む必要がある。そして、ひと、もの、かねと言う経営資源を活用し、どのように経営発展のロードマップを描くのか。この領域になると、もはや答えを教えてくれる教科書はない。

農家が経営者になることを阻害している大きな要因として、独りよがりの世界で仕事をせざるを得ない環境にあることがあげられる。情報がなかなか入手できず、学習する機会が少ないため、自己流で満足してしまうケースが多い。部会や若手農家の会合、県などが開催する研修会、さらには他産業のセミナーなどにも積極的に参加し、貪欲に広く情報を得ていこうとする姿勢が大切である。こうした姿勢がないと、それ以上の成長はないだけでなく、刻々と移り変わる時代の流れに取り残されてしまう。

木内さんは、真の農業経営者を育成するために、新たなアカデミーをつくりたいと言われていた。いくつかの大学には農学部があるし、県単位で農業大学校もある。しかし、農家を経営者にするための機関はないし、資格制度もない。大学では多様な社会人セミナーをよく開催しているが、農業版のセミナーについては聞いたことがない。今、日本の農業会では、農家を経営者に育成する仕組みが求められている。私も非力ながら、様々な人脈に働きかけながら、その仕組みづくりに向けて、主体的に取り組んでいきたい。