第15回 | 2010.09.07

農業経営を変える! ~観光型農業を考える~

現在、果実を中心に、観光型農業に取り組む農家は非常に多い。山梨県でのぶどう狩りはあまりにも有名で、農家が旅行代理店と提携し、パックツアーを組んで、バス旅行客をまるごと取り込むビジネスモデルを確立している。しかし団体旅行が衰退し、消費行動が個人旅行に移行する中で、このビジネスモデルも見直しが進みつつある。このたびは農家経営の転換を目指した観光型農業について考えてみたい。

余談であるが、山梨県の観光農園には、それぞれ大型駐車場と休憩・直売施設が完備されている。農業振興地域内の農用地に、なぜ駐車場等が整備できるのか疑問を持つ方もおられると思う。機会があれば県内観光農園の駐車場をよく見ていただきたい。いずれの駐車場もぶどう棚になっており、駐車場の上にはしっかりぶどうが実っている。つまり、駐車場はぶどう園なのであって、休憩・直売施設は農機具倉庫という訳である。賛否両論はあろうが、先人達がビジネス確立のために絞った知恵には敬意を表したい。

それでは本題に戻り、観光型農業を目指す目的はどこにおくべきであろうか。当然、もぎとり一人2,000円+お土産代という直売品の販売による現金収入の確保は重要である。しかし真の目的は、交流を通して自らの力で自分の顧客にたどりつくこと、固定客・ファンをつくって農家のブランド化を進めること、固定客・ファンという財産とブランド力を武器に、直売・加工など独自の販売事業を構築し経営の安定を図ることにあると思う。バスツアー型の観光農園の場合、一度に大量の観光客を受け入れ滞在時間が短いことから、農家と観光客との間にふれあいは生まれにくく、その後の展開に必要な財産ができにくい。手数料を15%支払っても、一度に大量の顧客が来て現金を落としてくれるビジネスは魅力的であり、私も否定するつもりはない。しかし、消費者への農業理解が進み、農業・農村への憧れがさらに進んでいる昨今、個人消費者との真の交流を目指した観光型農業が重要になってくる。

私がかつて指導し法人化を実現した果樹園(株)なかむらは、今後の観光農園のモデルといえる。中村農園は、さくらんぼ、もも、すもも、プラム、ぶどう、かきと多くの果実を生産・出荷する一方で、家族連れや小グループを対象とした観光農園事業を展開している。顧客が本当に喜んでもらえることは何なのかを考え、顧客とのコミュニケーションを大事にしている。農園では、家族連れでやって来て子ども達が一日中遊び回っているといったシーンが見られる。緑豊かな農園の中で、心まで豊かになって帰ってもらいたい、中村夫妻のそんな思いが伝わってくる。

ここを訪れた観光客の多くが、固定客となり、中村農園のファンになるという。そしてこうした活動の積み重ねが約500名の得意先リストとなった。観光農園の季節には案内を出す、中元などギフトの時期には注文書を送付する。弊社もこの夏50箱ほど特大のももを注文したが、箱の中には研修生たちが汚い字で書いた広報誌が入っていた。紙面からは生産の苦労や熱意がよく伝わり、中村農園の一層のファンになった。また、EM農法に取り組むなど、こだわりの篤農家としてその品質・味覚も絶品であった。送り先の方々からの評判は上々で、送った私たちも鼻が高い。

このように、中村農園は地道で、丁寧に、誠意のこもった交流活動を続けてきた結果、多くの固定客やファンができ、農産物の有利販売につなげている。また、口コミにより、顧客が顧客を呼ぶといった効果を発揮している。従来から奥様が中心となり、100%ジュースや干し柿などの加工品開発にも取り組んでいたが、今年は農商工連携によるアイスクリームを開発し、販売に取り組んでいる。「中村ブランド」と多くのファンを武器に、今後も積極的に、6次産業化にチャレンジする方針であると言う。

中村農園の展開で、もうひとつ関心していることがある。それは地域との協調を重視している点である。農家が法人化すると、JAから離反し、地域の中で独立独歩の姿勢をとるケースが多いが、中村農園はJAも地域も大切だと考え、積極的に組合活動などにも参加している。その結果、地域での信頼が高まり、農地の集積が進み、効率的な大規模経営を実現することができた。『お客を大切にする人は、地域も大切にする』その気持ちが巡り巡って経営の基盤になり売上向上につながっていると言えよう。

観光型農業に近い言葉で農業体験という言葉がある。主として子供たちを対象に、収穫体験だけでなく、農作業体験、農家民泊体験などをさせることで、都市農村交流を活性化させようという取組だ。しかしこうした活動が、農業経営の改善につながるかどうかは疑問である。全国的に子ども農山村事業に取り組む地域が増えている。都市部の子どもたちは非日常的な体験を通して忘れられない思い出ができるし、子供たちの親からも感謝の手紙が受け入れ農家に多く寄せられる。地域の農家たちも子どもたちがよろこぶ笑顔を見て、親からの手紙を読んで嬉しく思い、また活動に力を入れることになる。すばらしい取組であるが、こうした取組を通して農家所得が向上したかといえば、残念ながら答えは概ねNOである。どんなに感謝しても、子どもの親たちはその地域の農産物を持続的に買うといった行動につながっていない。

今後の観光型農業は、個人消費者との真の交流活動を通して固定客・ファンをつくり、継続的な販売事業に結びつけることが大切である。しかし交流活動を販売事業に転換する仕組みづくりは容易ではない。中村農園の取組を分析すると、その仕組みのひとつは「代理店機能を持った応援団の確保」ではないかと考える。私自身その一人であるが、中村夫妻の経営理念や果樹栽培への情熱、地域農業への思いなどを知ることで、少しでも農園経営に貢献したい、他の人にも紹介したいと思う。もうひとつのポイントは、「デジタルではなく、アナログの営業」にあると考える。ホームページも大切だし、きれいに印刷したDMも大切である。しかし、DMの最後に手書きのコメントを添える、近況報告に併せて直接電話をする、これがアナログの営業である。デジタルの営業は多くの人に均一な情報を伝えるのには役に立つが、アナログの営業はその顧客オンリーワンの販促活動であり、受け手の心に響くものは当然異なる。

今後の観光型農業や体験農業は、まだまだ研究すべきことが多いが、交流・体験という接点をいかに経営資源に変えていくか、また顧客という経営資源をいかに活かしていくかが最大の課題であると考える。