第292回 | 2016.08.09

農業経営を倍速で進化させる秘訣
~なんかいファーム・清水洋氏研修会より~

神奈川県南足柄市に拠点を持つ(株)なんかいファームは、企業の農業参入事例の中で、私にとって最も身近な成功事例である。代表を務める清水洋氏とは、足掛け4年の付き合いになる。出会いは、日頃懇意にしていた県の技術センターの職員の方からの紹介であった。紹介を受けるにあたり、職員の方は、「まだ農業を始めたばかりではあるが、農業への情熱があり、かつ非常にセンスがよいことから、将来地域農業をしょって立つ人材になると思う」と言われていた。

清水氏は、私が卒業した小田原高校の先輩であり、私と同様日焼けした顔が典型的な百姓顔であることから、最初から親近感を持った。その後、流通研究所が取り組む販売事業(KABS)への出荷者として取引が始まる一方で、地域農業の発展に向けて様々な意見交換を繰り返してきた。取引を開始した当初は、正直申し上げて農産物の品質が安定しないなどの課題が見られたが、毎年ドラスチックに改善が進み、僅か3年あまりで、篤農家集団であるKABSの生産者の中でも、トップクラスの品質を誇る出荷者へと躍進している。

親会社である(株)南海工業は、食品廃棄物処理を主な事業としており、リサイクル事業の相乗効果をめざして、農産物の生産・販売を担う(株)なんかいファームを平成21年に設立した。南海工業の社員であった清水氏は、農業に関する知識も経験もほとんどゼロからのスタートだった。現在は、水田9町歩(うち利用権設定8町歩、農作業受託1町歩)、大豆・麦約2町歩、露地野菜約4町歩(キャベツ、にんじん、ねぎなど約10品目)、及びこまつなハウス1棟という経営規模まで拡大した。加えて県下ではまだ少ないJGAPを早期に取得している。

この度は、平成30年度に市内で整備を予定している道の駅の、出荷者の育成に向けた研修会の講師をお願いした。清水氏が、農業参入を果たして僅かな期間に、生産者として、農業経営者として、これほどまでの早さで成長・躍進できた秘訣はどこにあるのか。この度の清水氏の講義を通してその一端を垣間見た。以下は、清水氏の取組みから、農業経営を倍速で進化させるための秘訣を整理する。

一つ目の秘訣は「学び研究し続ける」ことである。清水氏は、ものすごい勉強家である。もともと頭がいいのだろうが、栽培技術についてはとことん学び研究し続けて、確実な成果をあげている。また、外部からの情報収集にも積極的だ。清水氏にとって、最大の教師は提携先のイセキ農機であった。イセキ農機からは、農機具だけでなく様々な栽培技術を紹介してもらい、貪欲に知識を吸収し、自分の財産にしてきたことが、今日なんかいファームの基盤をつくった。

清水氏を紹介してくれた県の職員の方が言われていたが、「伸びない農家は人の話を聞かないが、伸びる農家は人の話をよく聞く」そうだ。清水氏が成長した要因は、人の話をよく聞いて、自分なりの理論を組み立ててきたことにある。これは農家に限らず誰にでも同じことがいえるが、自分の知識ややり方に慢心している人は、伸びしろが期待できない。

二つ目の秘訣は、「失敗を活かす」ことにある。なんかいファームは農業参入当初、技術の不足を目先の差別化でごまかそうと、赤いほうれんそうや黄色いズッキーニ、アイスプラントなどの色彩が鮮やかな変わり種野菜に取り組んだ。しかし、いずれも自分本位で消費者ニーズを無視した商品ばかりになり、全く売れなかった。そこで、たまねぎ、なすなど、消費量が多い品目に絞り、おいしさと品質を追求することへと経営方針を大きく転換した。しかし、すぐに成果が出るはずはなく、その後、何度も何度も失敗を繰り返してきた。

誰でも失敗を繰り返すものだが、清水氏が優れている点は、失敗を早期にかつ素直に認め、同じ失敗は繰り返さないことである。そのために清水氏は、一つの失敗の原因をとことん追求して、対応策を適切に打ち出し、次回の取組に活かすという姿勢を常に持ち続けている。失敗からしか人は学べない。しかし、失敗の原因と対策を見極められない人は、いつまで経っても成長しない。

三つ目の秘訣は、「理数系の思考を持つ」ことにある。なんかいファームはいちはやく、JGAPを取得したが、長年親会社で工程管理の効率化・合理化に取り組んできた清水氏にとって、JGAP取得は簡単なことだったようだ。「JGAPは、ものづくりを進める上で、あたりまえのことをあたりまえに実践するだけのことだ」と清水氏は語った。

合計約15町歩のほ場を管理し、年間10数品目を生産し、売れる商品をつくり続けるための栽培体系の確立と工程管理は容易に出来るものではない。栽培講習会において、「たまねぎ⇒かぼちゃorズッキーニ」の無肥料による輪作体系を紹介されたが、清水氏は、より効率的な施肥設計、緑肥の活用方法、追肥のタイミングなど、農業のイロハを理数系の思考をもって組み立て、自分なりの答えをかたちにし続けている。農業は、文科系より理数系の頭脳が求められるように思う。

そして、四つ目の秘訣は、「農業が大好きになる」ことである。この度の講義は、私が日ごろのよしみで無理やりお願いした面が強い。本人も、このような研修は初めてだし、「農家なんだからうまく話せない」と躊躇されていた。しかし、いざ本番となると、その口調は熱く、話す言葉は分かりやすく、聞く者に感動を与えるような素晴らしい内容であった。

講義内容は、清水氏がこれまで辿ってきた農業経営者としての史伝であり、農業への熱い思いが集約されたものであった。ふだんから感じていたことではあるが、清水氏の話を聞いて「この人は本当に農業好きなんだなぁ」と改めて実感した。「好きこそものの上手なれ」とは清水氏のことを言うのであろう。

このコラムの締めくくりとして、「清水氏語録」を無作為に並べてみることにする。これらの語録を通して、農業経営を倍速で進化させる秘訣をおさらいしておくこととしたい。
○差別化の方法を間違えるな。調理方法がわらない野菜など消費者は買わない。
○差別化は目に見えないもので行え。食味、出荷時期、地域限定品種などが差別化のポイント。
○値段が高い野菜に消費者は手を出さない。適正価格でよいものを売るための努力をすべき。
○安全性の担保は農薬の管理から。そのためにはGAP取得が望ましい。
○極早生たまねぎの播種は毎年9月5日、定植は10月30日。
○だいこんの用途は煮物・鍋ものがほとんど。エコバックに入る大きさのものを作る。
○直売用の野菜の畝は東西に引け。南から段階的に収穫できる。
○経営の効率化と環境への負荷軽減、商品の差別化にために緑肥作物を多用する。
○おいしいものを作り続ければ、お客は自然についてくる。そして、ファンがおいしい野菜をつくり続けさせる。