第107回 | 2012.08.07

農業経営の財務実態を考える ~東洋経済農業特集より~

東洋経済の7月28号では、「農業で稼ぐ!高齢化、TPPどんと来い」というタイトルで、久しぶりに農業の特集が組まれていた。

第1部は、「海を越えるニッポン農業」というテーマで、成長著しいアジアにおいて品質の良いニッポン農産物のニーズが拡大する中で、需要が縮小する国内から農家の海外流出が始まりつつある現状をレポートしている。中国山東省では、(株)ハルディン(千葉県)が花きの苗生産を始め、タイでは、(有)新鮮組(愛知県)が、コシヒカリを現地と共同栽培に取り組み、農業界の先駆者(農)和郷園は、香港・タイを拠点に多様な農産物の生産・販売事業を強化しつつある事例などを紹介している。海外に国産農産物を輸出すると言う発想ではなく、日本の技術・ノウハウを生かして海外での生産・販売事業を行うと言う発想に発展しつつある状況が良く分かる。日本の多くのメーカーが海外事業を積極的に展開してきたように、農業法人もまた、日本という枠組みだけでは収まりきれないような起業精神や国際感覚が生まれてきたと言えよう。

第2部では、「農業を変えるビジネス革命」というテーマで、農協任せの共同出荷では市場で買い叩かれるだけで、自らブランドを作り出す努力が農家の稼ぎを最大化するという考えのもと、米のブランド化に成功している(株)林農産(石川県)、売上高1兆円を目指し、全農に代ることを目的に突き進む(株)ナチュラルアート、レストラン「農家の台所」を多店舗展開する国立ファーム(有)などが紹介されている。内容は、例によって農協不要論を根底に構成されている。何度か書いているが、私は農協は無限の可能性を持った組織で、日本農業の発展のためにも絶対必要という思想を持っている。課題は、協同組合という足かせが多い組織の中で、農業法人のように時代の変化に対応した機動性・柔軟性が不足していることにある。農協が、農業法人部会を作って、農業法人を育成し、相互の強み・弱みを補完しあって地域農業を発展させていくといった度量が欲しい。農業を変えるビジネス革命は、むしろ農協が担うべきであろう。

特集の中で、もと農林水産大臣でありつつ、政策を異にしてきた民主党・山田正彦氏、自民党・石破茂氏の「政策の確信を問う」と言うインタビュー記事があり、読み応えがあった。要約すると両者の考えは、現在の論点を集約したものと言える。私のスタンスと共に、以下に整理する。

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TPPについては何度もコメントしている。所得補償制度は賛成だが、現在のばらまき方式は反対である。フード・アクション・ニッポンの審査員をやっていて、食料自給率向上に反対とは何事かと叱られそうであるが、自給率と言う数値を指標に政策を展開することには無理があると考えている。アワードの審査が9月に迫っていることもあり、後日しっかり述べていきたい。育成すべき担い手は、大規模農家だけではなく、農家としてのプライドと責任、経営感覚を持って、自立できる農家であれば、中小規模であっても育成すべき対象であると考えている。

ここまでは、多少切り口は異なるものの、様々な紙誌で組まれてきた特集内容と大差はない。私が興味を持ったのは、第3部「職業としての農を全解明」であり、農業経営を財務的側面から分析しているところだ。特集では、農林水産省の「平成22年度個別経営の営農類型別経営統計を加工し、分析・考察を加えている。以下は、その内容をさらに加工・簡素化して記載する。同じ野菜でも品目によってかなり数値は異なるし、整合性に疑問を感じる数値もあるが、大局をつかむ上での目安として活用できる。

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水田作の場合、ほ場の条件などによって異なるが、農業所得500万円以上を確保するための目安は、経営規模10ha以上と言える。粗収入の30%近くを戸別所得補償などの補助金が占めることが特徴であろう。裏作を取り入れることにより、さらに所得は向上することになる。一方、野菜や果樹、花きは労働集約型の農業であり、施設野菜経営なら0.3haもあれば、農業所得は500万円を超える。

経営費の中で、大きなウエートを占めるのが種苗や農薬・肥料と言った農業資材の費用であり、規模や作物を問わず、費用全体の2~3割はかかっている。水田作では田植え機・コンバイン等の農具費用が高く、施設経営の場合はハウス整備などにかかる費用が膨らみ、10aで1,000万円程度はかかり、その減価償却費の負担が重い。また施設栽培では、ハウス内の温度管理を行うため、水道光熱費や動力費がかさむ。野菜、果樹、花きでは家族経営で賄えない規模になると、収穫時期などの繁忙期には、パートタイマーを使う必要があることから、人件費が相応のコスト比率を占める。

以上、当たり前のことではあるが、各作物の生産特性を踏まえ、経営者たる農家は自らの指標を持つべきであろう。また、水田作、野菜については、規模が大きくなるほど、所得もそれに正比例するかたちで拡大するが、果樹・花きについては、規模が大きくなっても、それほど所得の向上には繋がらない側面もあり、適正規模の見極めが重要になる。どれだけ売れば収支がとんとんになるのか、売上と所得の相関はどうなっているのかと言う損益分岐点分析などの経営分析にも取り組みたい。また、施設・機械・人材などの経営資源をどこまで投下して、何年で回収できるのかと言う投資対効果分析や、設備資金・運転資金を確実に返済するためのキャッシュ・フロー分析も重要である。

農家は個々が経営者であり社長である。農業で稼ぐためには、農協、普及員、会計士などの力を借りながら、自らの経営を分析し、中長期計画を作成するだけの能力が求められる。