第95回 | 2012.05.14

農業再生の4つのキーワードを考える ~「農は甦る」より~

久しぶりに読み応えのある本に巡り会った。日本経済新聞出版社「農は甦る~常識を覆す現場から~」と言う本で、著者は日本経済新聞社の編集委員を務める吉田忠則氏である。20箇所以上の事例を徹底的に取材し、結論として、「複合化」、「グループ化」、「安全と安心」、そして「流通改革」という農業再生に向けて4つのキーワードを明らかにしている。巧みな筆致に加え、著者の農業に対する熱い思いが随所に吹き込まれていて、大変おもしろく、あっという間に読み終わった。

序章では、大震災からの再生を目指す「仙台イーストカントリー」を取り上げ、第1章は「農業に挑む人々」と題し、大学生たちによって耕作放棄地の解消運動を行っている「馬頭村塾」、豚の放牧と残飯の飼料化で里山再生を進めている「えこふぁーむ」、さらには地域の若手農家との連携による農業参入を目指す「吉野家ファーム神奈川」などを紹介し、様々な立場の人々が、農業という困難な産業に正面から向き合おうとする姿を描いている。

第2章の「半世紀前からの警鐘」では、戦後制定された農業基本法から、過去半世紀の農業・農政の移り変わりを現場視点で見つめ、今後の新しい農業経営には何が必要なのかを考察している。戦後の食糧不足の中、食料の増産と農家の所得向上を目指した農業基本法により、農業体系は経営効率を高めるための単作経営と、収量・品質の安定に向けた農薬・化学肥料依存型に陥った。これは結果的に、農業をリスクヘッジが困難な経営形態に転換させ、米しか作らない兼業農家を増やすこととなった。また、単作経営では、連作障害と地力の低下をもたらし、さらなる農薬・化学肥料への依存が余儀なくされた。これらが負のスパイラルとなり、現代農業は構造改革が困難な産業になってしまったと述べている。

第3章の「進化する安全・安心」では、第2章で示した課題解決に向けて、有機農業に取り組む農家たちを取り上げている。この中で、興味深かったものは、「有機農産物は安全である」、「有機農産物は美味しい」、「有機農産物は栄養価が高い」などの神話は全てうそであることを、有機農業に取り組む生産者が語るくだりだ。農家であれば皆分かっていることだと思うが、病虫害に蝕まれた有機農産物は危険だし、生育不足の農産物はまずいし栄養価も低い。それでも持続可能な農業の実現に向けて、減農薬・減化学肥料に取り組むべきであり、また複合経営による輪作体系を築くべきであると述べている。

第4章の「産業化への道」では、「こと京都」、「サカタニ農産」、「野菜くらぶ」、「トップリバー」など、日本を代表する農業生産法人の取組が紹介されている。いずれの法人からも「複合化」、「グループ化」、「安全と安心」、「流通改革」と言う著者が掲げる4つのキーワードが浮かび上がってくる。また、嶋崎氏の「トップリバーは、農業を行っている会社ではなく、新しい農家を育成する人材会社である」という言葉に象徴されるように、「人材育成」が共通した経営理念となっている点も指摘している。

第5章の「企業参入の真価」では、オムロンに代表されるように、「ハイテク農園」を目指した企業がことごとく失敗して来た一方で、「野菜くらぶ」と共同出資で農業に参入した「モスフードサービス」が成功している理由などについて触れている。この点については、過去に「二の釼」で何度も書いているので、参考にして欲しい。

そして「就農者たちの未来」では、序論と第1章で登場した農家達が、迷い、苦しみながらも、前を向いて挑戦しようとする姿を描いている。ゆるがない農業への思いが、これまでの農業の常識を変えた取組につながり、農業を甦らせる原動力となって行く。

農業再生に向けた4つのキーワードについて私なりに考えてみた。1つ目のキーワードである「複合化」については、ほぼ同感である。米をはじめ単作で規模拡大を目指す農業は、やはり限界があると思う。単作は連作障害や地力の低下をもたらすだけでなく、その作物の市況が暴落したら、他に経営を支える柱がなくなる。また、単作経営の場合、労働の季節性が高いため、年間を通した雇用が出来ないことから、家族経営の域を脱することが困難で、農業経営の発展性も低いと言えよう。しかし、地域・土壌に適した輪作体系を確立し、適切な労働分配と機械・施設の有効活用を図り、品目別の有利販売先を確保することは容易ではない。

「グループ化」についても必須なものだと考える。本書では、集落営農やグループ化にチャレンジするものの、これまで独立独歩でやってきた農家たちと組織的な活動を行うことの困難さが随所に語られている。一方、「和郷園」も「野菜くらぶ」も「トップリバー」も、共同販売を軸にグループ化を進めている。有利販売先を持ち「販路」で地域を牽引することが、グループ化の一つの手法と言えよう。また、グループ化にあたっては、崇高な理念と強いリーダーシップを持ったリーダーの存在が必要不可欠だと考える。

「安全と安心」については言うまでもない。しかし、安全・安心=有機農業という短絡的な図式は否定したい。減農薬・減化学肥料を基本に、自然と現代化学を融合させた持続的な生産体制をつくることが、今後の農業には求められているのだと思う。安全はもとより、美味しい農産物、栄養価の高い農産物を国民に提供し続けることが農業の責務であると考える。美味しく栄養価の高い農産物は、自然が持つ力と現代化学をうまく組み合わせた高度な生産技術、そして農家の情熱がつくるものだと考える。

「流通改革」の必要性についても、何度もこのコラムで取り上げている。しかし、「複合経営・多品種生産×流通改革」を進めて行くと、その出口は直売・直販にたどり着いてしまう。そうなると、グループで取り組む典型的な形態であるJAの部会も、これまで日本農業に大きく貢献してきた「市場流通」も崩壊することになる。本書では、JA・市場についてあまり触れられていないが、これまでJAと市場が、地域全体での高位平準化の取組を促進し、国民へ美味しい農産物を安定的に提供して、かつ農家所得の向上を実現してきた事実を忘れてはならない。流通改革は、新たなグループ化や産地形成と抱き合わせで考える必要がある。

「農は甦る」は、日本経済新聞の編集者が、現場主義で今後の農業のあり方を綴った名作である。農家並びに農業関係者は、是非とも一度拝読されたい。