第150回 | 2013.06.17

農業の組織論と経営論 ~「プロフェッショナル農業人」より~

本日は、大澤信一先生の「プロフェッショナル農業人」という著書を紹介してみたい。大澤先生は、一次産業を専門分野とするコンサルタントであり、私たちにとって大先輩にあたる。日本総研でこの分野の第一人者としての地位を確立した後、現在は(株)農業活性化研究所の代表取締役を務められている。この本は、日本を代表する7名の農業の達人・名人のケーススタディを通し、日本農業の再生論について先生の考えをまとめたものだ。その内容は、徹底した現場の取材に始まり、するどい洞察と分析で貫かれたプロ向けの大作になっている。

1人目、2人目は千葉県で「冬期湛水不耕起移植栽培」に取り組む岩澤氏、藤崎氏の話から始まる。冬場に田んぼに水を張り、田んぼを耕さず、生き物の力を借りて無農薬、無化学肥料でおいしい米をつくる農法である。また、3人目は有機栽培で、1俵10万円の米を作る宮城県の石井氏の話であり、米の話が続く。農産物へのこだわりや、それを実現するための技術的な手法などをわかりやすく説明しており、非常に興味深く読ませて頂いた。経営コンサルタントである大澤先生が、ここまで技術面でも精通されておられることに、正直驚いた。

4人目は、ICT(情報通信技術)化、見える化により、「休みも給料もない農業」を「普通の産業」へと成長させつつある宮城県の(有)新福青果の新福氏。5人目は、農業生産で日本ではじめて株式店頭公開を果たした山口県の(株)秋川牧園の秋川氏。6人目は、中山間地域で127戸の専業農家の高所得を実現している長崎県の「ながさき南部生産組合」の近藤氏。そして7人目は、専業農家による直売所経営を行う「みずほの村市場」の長谷川氏である。4人目以降は農業界の著名人であり、私も知っていたが、大澤先生独自の視点で文章が綴られており、実践論に基づく各レポートは非常に勉強になった。

大澤先生は、7名の達人・名人のレポートを通して、日本農業が抱える7つの共通課題に対する答えを導き出そうとしている。7つの共通課題とは、①日本の米づくりをどう強化するか、②ICTを農業再生にどう貢献させるか、③次世代の環境農業をどうイメージするか、④高齢化社会の中で農業をどう再生させるか、⑤農業は企業化することで強化できるか、⑥国土的な日本農業の弱点をどう打破するか、⑦都市農業の未来をどうデザインするか、である。そして終章では、それぞれの課題に対して、大澤先生の答えが述べられている。

全体を通して、非常に共感できる点、違和感を感じる点がそれぞれあった。先に違和感を感じた点を述べておく。本書は、いずれも達人・名人にスポットを当てており、とんがった事例を集め理論構築をしているが、達人・名人には出来ても一般の農業者には出来ないことが多く、モデルの普及性が低いと感じた。例えば「冬期湛水不耕起移植栽培」は、感動的な栽培方法ではあるが、多くの手間や達人としての技術などが必要不可欠で、経済性も良いとは言えず、ほとんど普及していない。「みずほの村市場」は、理想的な直売形態として過去十年近くも先進事例として取り上げられているが、同様のモデルに取り組む事例は見られない。達人・名人にしか出来ないモデルは、全国で取り組めるような産業にはなりにくい。

一方、最も共感した点は、株式を店頭公開した(株)秋川牧園のケーススタディで記載されている「農業組織論」、「経営論」である。農業は企業化できるかという論点に対し、農業は個人や家族の力を基本とした自発性がないと経営は出来ないとしている。そもそも農業は企業経営にそぐわないものであり、家族経営で生き物相手にきめ細かい愛情を注ぐことが重要であるとしている。家族経営の延長としての法人化は十分考えられる。しかし、家族経営の領域を超えた大規模法人で生産が可能なのは、米や養豚などに限定される。これが工場生産とは異なる農業独自の特徴であり、サガである。

では、(株)秋川牧園はなぜ上場できたのか。それは、家族経営農家をネットワーク化し、役割分担を明確にしたことによる。生産現場は家族経営農家に任せ、秋川牧園は、研究開発や技術開発、販売・代金回収業務、物流業務、品質管理、生産指導などを行う。そして、その成果をネットワークを組む家族経営農家に還元する。振り返れば、和郷園や野菜くらぶ、トップリバーなど、成功している大規模農業法人のほとんどが、このシステムをとっており、日本の農業にとっては最適の農業組織論、経営論であると言えよう。であるとするなら、注目すべき2つの経営体に疑問が生じる。

1つ目は農業への参入企業である。参入企業は、付加価値を最大限高めることを基本に、生産から販売までの一気通貫で、かつスケールメリットを追求した大規模経営を志向する。これは、農業は個人や家族の力を基本とした自発性がないと経営は出来ないとしているという理論に反する。植物工場のような工場生産方式が、コスト的にも採算ベースにのり、そこで出来た農産物が市民権を得て、農家は家族経営が基本ではなくなる時代が近々来るのだろうか。

2つ目は、経営改革を進める農協である。大規模農業法人が目指す組織論、経営論は、ほとんど農協に等しい。農家をネットワーク化することは、当然ながら農協の方がずっと進んでいる。農業生産法人がやっている販売事業、購買事業、指導事業ともに農協の基幹事業である。異なる点は3つであろう。大規模農業法人は、専業農家、意欲のある農家、技術を持つ農家のみをネットワーク化するが、農協は組合員組織なので、兼業農家や高齢農家、意欲や技術が低い農家も平等に扱わなければならない。大規模農業法人は、多様な有利販売先を主体的に開拓・確保するが、農協の多くは未だ市場流通への依存体質が強い。また、大規模農業法人は、圏域を超えて農家を組織化するが、農協は管内の枠を超えられない。

たしかに、農業では食えないと農家に言わせた責任の一端は農協にある。しかし私は、農業の組織論と経営論を考えるとき、その最適なシステムは農協にしかできないと今でも考えている。大規模農業法人は、個性ある農産物は作れても日本の食糧自給を担う指定産地は作れない。大規模農業法人は、個性ある農家は育てられても、農村全体を守る存在にはなりにくい。多くの矛盾を抱える農協であるが、地域農業に果たす役割は依然として強く、日本農業の組織と農家経営を守り、発展させるべき存在である。

大澤先生は、農業再生のカギは「農業経営者」と「農産物の個性」であるとして、「みずほの村市場」のように、系統外の農業生産と販売が結びついた直売所のビジネスモデルが多数生まれ、それを運営する多数の経営体が多様な日本の食を支えるとしているが、私はそうは思わない。市場は、せり取引から相対取引に急速に移行し、かつてのような大暴落は大幅に減少したし、古い体質から脱却する努力を続けている。農協は、直売・直販などの販売事業の高度化や、組合員の階層別支援に取り組むなど、一歩づつ前進している。

大規模農業法人や個性ある農産物、系統外の販売を否定している訳ではない。儲かる農業をやるためには、経営感覚を持った農業経営が求められるし、市況に左右されない商品力や安定的な販路の開拓が必要である。しかし、農業をだめにしたという批判が強い、市場や農協は、日本の経済・社会・風土に適合した芸術的な流通システム、組織化システムを作りあげてきた。農業への参入企業や大規模農業法人が急増する中で、日本農業再生のカギは、むしろ市場と農協の改革にあると考える。