第137回 | 2013.03.25

農業の法人化の取組課題とリスク ~宮城県復興支援業務から~

今年度は、宮城県庁からの委託で、津波被害を受けた県沿岸部の農業再生について、マーケティングの側面から、今後の取組方針を明らかにすることを趣旨とした調査・研究業務を行った。これらの地域では、東北地方にあって比較的温暖な気象条件を活かし、きゅうり、トマト、いちご、ほうれんそう、ちんげんさいなどが生産されていた産地である。沿岸部を襲った津波被害は約14,000haの農地に及び、ハウス団地を一瞬のうちに飲み込んでしまった。現在急ピッチでハウス整備を進めているが、今後生産量が回復した場合、どの品目に力を入れ、どこに販路を求めるべきかをメインテーマに据えて、調査・研究を進めて来た。

本業務では、かつての主要出荷先である県内、東北、及び京浜の市場関係者、小売店などを対象に徹底的にヒアリング調査を行った。結論は、震災前につくっていた作物を計画的・段階的に増産し、県内→東北→京浜という優先順位をつけて、販路奪回をめざすという極めてシンプルなものであった。しかし、それを実現するための道のりは厳しく、取組課題は山積している。その中で、私が重点課題の一つとして捉えたのが、「法人化」である。

ほ場整備・ハウス整備を進めるにあたっては、復興支援という名目で多額の補助金が活用できるが、そのためには、農地集積・集落営農・大規模化などが重要な条件となる。また、補助金を最大限引き出すためには、単なる集落営農組織ではなく、農業法人を設立する必要がある。すでに被災地では、こうした施策を受け、いくつかの農業法人が設立された。ここで問題なのは、農業法人の設立が、本来の企業的な安定経営を目指すと言う目的よりむしろ、補助金確保が主な目的になってしまっていることだ。

私は、農業の法人化については賛成であるし、全国で法人設立に向けた支援業務をやってきた。しかし、法人化が全て正解とは言えない。法人化することにより、より多くの取組課題とリスクが生じることを銘記してもらいたい。法人化したことにより、全てを失ってしまった篤農家も全国では多く見られる。農家は倒産しないが、法人となると、適正な売上と利益を上げ続けなければ倒産する。

周知の通り、農地を保有・耕作できる農業生産法人の形態には、農事組合法人と株式会社が存在する。農事組合法人の場合、原則的に農家のみによる組合組織で、参加者全員の平等の利益を追求するものである。平たく言えばJAと同じ形態の組織だと考えてもらえば分かりやすいだろう。農家だけの集まりであることから、JAの正組合員になることができるし、地域の多くの農家が参加できる集落営農の経営の高度化手法の一つと位置づけられる。一方、株式会社は、限度はあるが、非農家や企業の参加もできる組織である。JAの正組合員にはなれないが、准組合員になることは可能である。

地域の状況にもよるが、私は、法人化するなら農事組合法人ではなく、株式会社の組織形態を選択することを薦めている。農事組合法人は、農家だけの集まりであることから、しょせん農家だけの経験や知恵で経営することになり、発展性が低い傾向が見られる。反面、株式会社の場合、非農家や農業以外の企業における経営手法や知恵も借りながら、時代性にあった柔軟で大胆な経営が可能である。

さて、法人化の取組課題とリスクについてである。先ずは、経営者としての資質を持ったリーダーがいるかどうかが最大の課題である。株式会社となれば、リーダーは社長である。自分で社長をやっていて、こんなことを言うのは照れ臭いが、社長は並大抵の資質では勤まらない。自分の全財産や家族、時には命まで掛けて、その職務を全うするだけの腹が座ってなければ務まらない。私心を捨てて、従業員とその家族の夢と生活を守ることが社長の義務である。会社経営は、順風満帆にいくことなどあり得ない。どんなにひどい嵐に巻き込まれても、凍えるような寒さの中でも、倒れない心と気迫が必要である。こうしたリーダーが存在しない限り、法人化はやめた方がよい。

次に、いかに従業員の雇用を守るかが課題になる。家族経営ならば、極端に言えば冬場は遊んでいてもかまわないし、収入がなければ家族で我慢すればよい。しかし、従業員を雇ってしまったら、毎日一定の仕事量を与え、毎月一定の賃金を払い続けなければならない。したがって、周年型の施設園芸や、四穀作+露地栽培などの複合経営を実現しなければならない。また、複合経営により出来た作物はJAに全て販売してもらえばよいが、それが困難であれば自ら有利販売先を開拓したり、6次産業化に取り組んだりする必要がある。そのためには、相当精度が高い生産計画・販売計画を作成し、ひらめきと英断を繰り返しつつ、現場での迅速な対応が求められる。

また、企業経営では、規模拡大によるスケールメリットと機械化による効率化を目指すことになる。そのためには先行投資が必要で、その資金は借入に頼らざるを得なくなる。法人組織であれば、無利息・無担保などの有利な制度融資を使うことができるが、借りた金は当然返さなければならない。市況が低迷したり気象条件から収量が減少して、売上が計画通りいかないと、たちまち資金繰りが厳しくなる。家や土地を売って資金が確保できればまだよいが、それでもだめなら自己破産である。したがって、あらゆるリスクを想定した資金繰り計画を立てる一方で、民間の金融機関など、多様な資金の調達先を確保しておく必要がある。

このように、法人経営には様々なリスクが存在する。有利に補助金を確保できるからと言って、容易に法人化をめざすべきではない。法人化の目的や目指す将来像が明らかで、しっかりした事業計画と資金繰り計画を立てられ、不退転の決意を持ったリーダーが存在して、はじめて法人化が可能になる。税理士や中小企業診断士は、世の中にはいて捨てるほどいるが、残念ながら農業経営の専門家は少ない。国や県は、法人化を促進するだけでなく、こうした専門家を育成し、派遣事業を行うなど、しっかりした支援体制を作りげていく必要もあろう。