第239回 | 2015.06.01

農業で成功する人、うまくいかない人 ~ 新規就農者・若手農家は必読の一冊! ~

私が最も尊敬する農業人の一人である澤浦彰治氏から、「農業で成功する人、うまくいかない人」なる新刊本が進呈されてきた。澤浦氏とはフード・アクション日本の審査委員としてご一緒させて頂いて以来、親交を深めてきた。早速、むさぼるようにページをめくり、感動のうちに短時間で読み終えた。その内容は、澤浦氏の農業人として、経営者として、そして人間としての考え方・生き方が凝縮された力作である。本日は、その概要を紹介してみたい。

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本書は、国内有数の農業生産法人である「野菜くらぶ」グループの代表を務める澤浦氏が、農業経営・法人経営を通してつかんだ成功のポイントを、実際経験してきた失敗談などを踏まえながらひも解いている。加えて、同グループの経営理念「感動農業。人づくり・土づくり」の具現化である新規就農者の「独立支援プログラム」活動を通して、育ててきた若手農家を見つめながら、どうのように考え行動したら農業人として大成するのかを整理している。本のタイトルだけ見ると、新規就農をめざす人、あるいは新規就農した人を対象に綴った本のように思えるが、そこに書いてある内容は、全ての農業人はもとより、私のような企業経営者や一般の社会人にとっても、人生のバイブルとなる奥深い内容である。農業経営のノウハウ本というより、農業を通して人としての生き方を、力強いメッセージとして伝えているといえる。

本書は、第1章「農業で成功する人、うまくいかない人はどこが違うのか」、第2章「自分の領域を守りながら規模を大きくする」、第3章「4人の独立した先駆者に学ぶ“成功の秘訣”」、第4章「成功している人がつけている記録と計画書」、第5章「多くの中小企業経営者から学ぶ」、第6章「弱みに負ける人、リスクを武器にする人」、第7章「個人と組織の融合が、新たな強みを生み出す」、そして第8章「小さな家族経営が農業の未来を拓く」の構成になっている。以下は、私が特に唸った記述について、感想を交えてランダムにあげてみる。

一つ目は、成功している人は、「機械や道具をきれいに使う」という点である。機械や道具を大切に使うことで、長持ちするようになり、買い替え時期を延長でき、結果として固定費を下げ利益を増やすことができる。また、整理整頓を徹底し、ほ場をいつもきれいにすることで、作業の効率性があがり業績が伸びる。私の会社でも、環境美化・整理整頓を徹底している。私も様々な会社にお邪魔するが、事務所の中に入って見渡せば、その会社がどんな会社か概ね分かる。農家の場合も、機械や道具、ほ場を見れば、その成否が概ね分かるといえよう。

二つ目は、成功している人は、「楽観的な考え方をしている」という点である。「幸福論」で知られるフランスの哲学者・アランの「悲観主義は気分に属し、楽観主義は意思に属する」という言葉のとおり、アクシデントがあっても柔軟に対応する力、失敗しても誰かの責任にしない意志力が成功をもたらす。大切なのは、「私はこうしたい」いう意思と、それを柔軟な姿勢で実行する力である。また、楽観的な人には人が集まってくるが、悲観的な人からは人だけでなく運も逃げて行ってしまうだろう。私も経営者として何度か地獄を持て来たが、もともと楽観主義者であることに加え、どんなに辛い目にあっても夜はよく眠れるという特技が幸いしたことに思い当たる。

三つ目は、成功している人は、「強運を引き寄せる信用力を持っている」という点である。地域の行事に参加するなど地域コミュニティを大切にすること、畑をきれいにして、人として当たり前の挨拶をし、人に誠実に対応することで信用力が産まれ、人的なネットワークが拡大する。その結果、苦しい時はそうした方々が手を差し伸べてくれるし、思わぬチャンスを提供してくれる。私はまだまだ信用力に欠けると思っているが、「信義」という言葉をずっと大切にしてきた。どんな人にも丁寧に誠意をもって対応する。受けた恩は一生忘れず、けして裏切らない。そんな人としての姿勢がとても大切であることを、再認識させられた。

四つ目は、成功している人は、「人を見極め育成している」という点である。人は「育つ」ものであり、「育てる」ものではない。人材育成という言葉が当り前のように使われているが、人材育成とは「人を育てる」ことを意味するのではなく、「人の成長をサポート」することを意味する。自ら育つ気のない人は、サポートしても成長しない。また、育成する側も人材育成を通して、自分自身が成長し、人として次のステージに進まなければならない。幸い流通研究所は、私が何をするでもなく、社員全員が目に見えて成長している。もう一度「人材育成」という言葉の意味や、私なりのサポート手法を考え直す必要があると感じた。

五つ目は、成功している人は、「課題や疑問をしっかり記録し、定量的な計画書を作成している」という点である。「出来る農家は日記を付けている」とよく言われている。過去にやったこと、起きたことを記録することで、ノウハウが蓄積でき、今後の対策にも役立つ。特に課題に思ったこと、疑問に思ったことを書きとめることで、その解決策にたどり着くことができる。また、定性的な計画ではなく、計画を数字で落とし込むことで、計画と実績のギャップ分析が出来ることに加え、顧客にも金融機関にも納得してもらえる計画書となる。私にもこうした習慣が定着しているが、さらに精度を上げる必要があると考えた。

六つ目は、成功している人は、「弱みを乗り越え、リスクを武器にする」という点である。農業には、天候に左右されるという弱み、年間供給が出来ないという弱み、技術の習得に時間がかかるという弱み、自分で価格が決められないという弱み、お金がないという弱み、そして人がいないという弱みがあるが、こうした弱みを乗り越えると、それが自分の武器に転じる。澤浦氏は、農業の常識であり誰もがあきらめていたことを、「問題点は宝」、「欠点・弱みは将来の芽」と捉え、一つずつ克服してきた。そして、克服するための最大のポイントが「組織力」であり、野菜くらぶの力は組織の力であるといえる。年間供給、技術の早期習得、再生産価格の維持など、個人農家では克服できない弱みも組織力を強化することで実現してきた。一般の会社でも同じことがいえよう。私一人が頑張ってもすぐに限界にぶち当たる。組織があってはじめて限界を破ることができ、自分も次のステップをめざせることになる。

七つ目は、「家族経営が農業の基本であり、農業は家族と共に成長できる産業である」という点である。一つ屋根の下で、苦楽を共にし、お母さんも、おじいさんも、おばあちゃんもそれぞれの役割を果たしながら一緒に仕事に取り組むことで、子ども達が成長し、経営も発展する。そんな理想的な経営が可能なのが農業であり、本来あるべき仕事の姿であるともいえよう。そうした家族経営農家を組織化し、共通の弱みである販売事業を担うことで、各農家の家族の幸せを担保してきたのが澤浦氏の「野菜くらぶ」グループである。私も、「経営者は、従業員とその家族の夢と生活を保障することが最大の使命である」と考えてきた。日本有数の農業法人グループのトップである澤浦氏が、本書の最後に「家族の大切さ」を改めて強調する意図をしっかり理解し、姿勢を正して職務に取り組んでいこうと考えた。

唸った点は、まだまだたくさんあるし、詳細な点についてはとても書ききれない。この本は、全農家必読の一冊である。是非とも書店まで足を延ばし、購入して頂きたい。