第204回 | 2014.09.01

農林水産業は成長産業になるか? ~平成27年度農林水産省概算要求のポイントより~

先日、農林水産省の平成27年度の概算要求の骨子が公表された。「農林水産業・地域の活力創造プランに基づき、農林水産業を成長産業化して、農業・農村の所得倍増を目指すともに、美しく伝統ある農山漁村の継承と食料自給率・自給力の維持向上に向けた施策を展開する」というキャッチフレーズのもと、総額では前年度対比14%増の2兆6,541億円の予算を要求している。ご存知の通り、農林水産業は、アベノミックスの成長戦略の柱と位置付けられており、この度の概算要求でもその姿勢を感じるとることができる。

担い手対策では、農地中間管理機構による担い手への農地集積・集約化、及び新規就農支援などの政策が強化されている。所得安定対策は、直接支払交付金事業を継続するかたちで、昨年度とほぼ同様の予算が計上されている。基盤づくり対策では、農業農村整備事業、農山漁村地域整備交付金などの公共事業が大幅にアップし、施設整備を促進する強い農業づくり交付金も倍増している。農山漁村の活性化対策では、直接支払の継続実施に加え、農村の定住促進を目的としたいくつかの新規事業が予算化されている。以下は、この度の概算要求の中で、私が気になった事業などについてコメントする。

1つ目に注目すべき事業は、産地の構造改革の目玉となっている「次世代施設園芸導入加速化支援事業」である。この事業は、施設園芸の発展に向け、民間企業・実需者・研究機関・生産者などが連携し、施設の大規模化・集約化によるコスト削減や周年・計画生産を目指す取組を支援するもので、昨年度の3倍以上の63億円が計上されている。このコラムでは、施設園芸は今後、IT導入を核に革新的・飛躍的な発展を遂げるであろうことを何度か書いた。様々な企業・団体、そして生産者の叡智を集結し、トップランナーであるオランダの後姿を捉えるためにも、この事業には高い期待を寄せている。

これとセットの事業であると考えられるのが、異業種連携による「先端ロボットなど革新的技術の開発・普及」であり、新規で52億円の概算要求があげられている。ロボット産業と連携した研究開発と現場普及のための導入実証などを支援し、革新的技術の導入により生産性の飛躍的な向上を目指そうというものだ。農業はこれまで、農家や農業団体、農業関連企業のみで発展の道筋を模索してきた傾向が強かった。農商工連携は古くからある政策であるが、商工業者主体の「点」の取組に留まっており、農業全体の革新といった大きな成果には結びついていないと評価している。農商工連携というミクロ的な取組ではなく、産業間連携というマクロ的な取組へと発展させる政策として、今後注目していきたい事業である。

2つ目の注目事業は、「グローバル・フードバリューチェーン戦略の推進」であり、新規で3億円の予算が掲げられている。農水産物だけでなく、日本の食のインフラシステム自体を輸出し、重点国におけるフードバリューチェーン構築に向けた調査や取組を支援しようというものだ。以前このコラムでも、米、野菜、果実の輸出の拡大は非常に困難であることを指摘した。香港、シンガポール、台湾など農産物を輸出できる国、及びその国で販売できる店舗が限定されていることから、国産農産物同士の棚の取り合いが始まっており、産地間競争は毎年激化している。また、輸出先国では法外な小売マージンなどが上乗せされることから、輸出先国での店頭価格は国内価格の3~4倍になっている。たとえ富裕層がいても、そんな高い農産物がたくさん売れる訳がない。

また、輸出を行っているJAなどは、国内の輸出業者に任せた後は、その農産物がどのように輸出先国で流通し、価格が形成されているのか分からない状態にある。こうした課題を解決するためには、輸出先国において日本主導のフードチェーンをつくりあげていくしかない。グローバル・フードバリューチェーンを構築するためには、農業団体だけの力では不可能であり、国内の流通事業者・商社などが連携し、農産物に加え、日本の食文化と日本の流通システムをセットで輸出するという視点が求められよう。

3つ目に注目すべきなのは、「農村集落活性化支援事業」(10億円)並びに、「山村振興交付金」(15億円)の2つの新規事業である。前者は、地域住民が主体となった地域の将来ビジョンづくりや集落営農組織などを活用した集落間のネットワーク化により、地域の維持・活性化を図る取組を支援するものである。一方後者は、山村の雇用・所得の創出に向け、地域の未利用資源、山村計画などを活かした地域の魅力づくりなどの取組を支援するものである。昔からある施策ながら、省庁の枠組みを超えた「地域創生本部」が設置されることから、さらに力を入れる分野であると位置付けたのであろう。石破幹事長の地域創生大臣への就任が濃厚なこともあり、事業効果の発揮を期待したい。

しかし、30年以上の歴史を持つこれらの施策は、これまで十分な成果をあげてきたとは言えない。農山村へは、長期に渡り多大な投資をしてきたにも関わらず、人口減少はさらに加速し、都市部との所得格差は拡大する一方である。この春には、将来消滅の危険性がある自治体を「消滅可能性都市」として命名し、対象となった全896自体のリストが公表され、話題を呼んだ。日本全体が人口減少社会に転じており、農山村の過疎化・高齢化は今後さらに加速することは必至であり、将来的に消滅する農山村が極めて多いと考えざるを得ない。「定住」という言い古された夢物語だけでなく、集落の縮小・崩壊を前提とした広域での取組に目を転ずるなど、活性化手法を根本から見直す必要があると考える。

4つ目は、3つ目の事業との関連性が強い「農山漁村活性化プロジェクト交付金」の増額であり、昨年度の65億円から80億円へと大幅に予算が拡大している。農村地域において、行政主導で交流拠点を整備する場合、現在はこの事業しか活用できる事業はなく、市町村の期待は高い。一方、近年この事業を活用した施設整備は、総じて高い効果を発揮しており、事業が有効に活用されているといえよう。特に、道の駅は、単に農産物直売、地域農産物の加工機能を持つだけでなく、まちづくりの拠点として、農商工連携、観光客誘致、住民福祉、防災対策など様々な取組を促進するための潜在的機能を持っており、費用対効果が高い施策であると考える。

また、農山村対策では、「農山漁村活性化再生可能エネルギー導入促進対策」や、「地域バイオマス産業化推進事業」など、農山村の資源を活用したエネルギー発電のための事業が増額されている。先日、「カンブリア宮殿」に出演した、ファームドゥ(株)の岩井社長と久しぶりに二人で会食した。遊休農地を活用し、太陽光パネルを設置して、蓄電・売電事業を行うことに加え、パネルの下では農産物を生産することで、地域も農家もファームドゥも儲かる「三方良し」のビジネスモデルであり、事業拡大に向けた確かな手応えを感じているようだ。

これから予算取りに向けた財務省などとの厳しい折衝作業が続くであろうが、来年度の農林水産予算の増額は間違いない。これは、我々にとって大きな追い風であると捉えるべきである。今後各事業の詳細が段階的に明らかになっていくが、行政や農業団体職員、生産者、及び民間企業は、こうした情報にアンテナを張り巡らせ、来年度の事業の採択に向けた検討を始めて欲しい。流通研究所は、事業の導入支援を得意分野としているし、流通研究自体も各種事業を活用させて頂いている。今後も地域と共に、、概算要求大幅増という追い風を活かし、新たな扉を押し開き、これまでの取組をテイクオフさせていきたい。