第290回 | 2016.07.25

農家経営のあり方を考える
~家内制手工業か工場生産か〜

先般、生産者、野菜ソムリエ、流通研究所スタッフの総勢約25名が弊社に集まり、かながわアグリビスネスステーション(KABS)の意見交換会を開催した。若手農家の育成、消費者への価値の伝達、県内流通システムの確立などを目的に始動した流通研究所の販売事業も、早や3年が経過した。現状・課題の共有化を図ると共に、今後の事業展望などにつき意見交換を行ったのち、恒例となったワンコイン(500円)会費での親睦会を開催した。

KABSの出荷者数は53名まで拡大し、販売店舗は7店舗となり、この4月~6月の売上は、昨年同月比220%と好調を維持している。本事業の将来性に期待して細かい要望に応え続けて頂いている若手生産者達、高い知識と情熱のこもった店頭販促で「金次郎野菜」のブランド化に取り組んでいるソムリエさん達、そして、寝食を忘れ、歯を食いしばって事業に取り組んでいる担当スタッフ達の努力が、こうした成果に結びついたと言える。

一方、流通研究所の代表である私としては、この事業は未だ道半ばで、ようやくめざす山頂の3丁目あたりに辿りついた程度であると考えている。細かな課題はもろもろあるが、大局的には、販売代理店機能の強化による出荷者の所得向上や、自営直売所の開設による主体的な店舗運営などが重点的な検討課題であると考えている。今後調査・研究を重ね、具体的な事業内容については、本年度中に結論を出していく方針である。

この度の意見交換会を通して、今後の農家経営のあり方について改めて考えたことがある。それは、国や県が進める法人化や大規模化が、農家にとって正しい道なのかという点である。私は以前から、法人化は農業経営の高度化のための一つの手法であり、絶対条件ではないと思ってきた。むしろ、法人化して規模拡大できる農家は限られており、条件を満たさない農家はリスクの高い法人化を選択すべきではないと、講演会などの様々な機会で語ってきた。

農家はたとえ一人でも、農業経営者であることは間違いない。これまでの感や経験に頼ってきた農業から、データに裏付けられた経営感覚を持った農業へと転換することは、全農家共通の取組課題であり、その課題解決策として法人化を選択することはよいと思う。問題は、法人化して、融資を受けて機械・施設などの大型投資を行い、雇用者を増やし、自ら多様な販路を開拓して、一貫して右肩上がりの成長をめざすような経営方針を選択することである。ここまでくると一般の企業経営と変わらないし、農家は社長業を営まなければならなくなる。

私はスタッフ達に支えられて何とか社長をやっているが、世の中の人で、どれだけの人に社長業が務まるのだろうか。恐らく10人に1人もいないだろう。現実的に、日本人のほとんどは会社の社員か公務員である。国も県も農家に法人化・大規模化を薦めるが、経営の本質を知らず、安定した給与をもらっている公務員が、熟慮もせずに農家に対し法人化・大規模化を提案するのはいかがなものかと考える。公務員には社長業の怖さはわからない。「そこまで言うのなら、お前がやってみろ!」と言いたいものだ。

大規模農業法人の社長になっているスター農家は多い。こうしたスター農家は、雑誌やテレビなどのマスコミに取り上げられることもあって、農業の法人化は、今後全ての農家がめず将来像のような風潮が生まれている。しかし、私の知人であり親交があるスター農家の多くは、特別な逸材であり、その英知・胆力・努力はずば抜けていて、彼らがやっている農業は、誰もが真似を出来るようなものではない。

農業の法人化・規模拡大のリスクは多岐に渡る。そのリスクの一つとして、農産物の品質の低下があげられる。農家は、経営者である前に職人であり、技術者であり、よいもの、品質が高いものを作り続けることが農家のプライドである。よいもの、品質が高いものを作り続けるには、自ら現場に立たなくてはならず、他人に任せられない作業は多い。規模を拡大する場合、雇用を拡大せざるをえないが、現場を他人に任せると、必ず品質は落ちることになる。その結果、これまでの得意先を失うこともあろう。特に高い栽培技術が求められる果実などでは、この傾向が強くなる。

一方で、成功している大規模農業法人の多くは、品質のみにこだわらない経営を選択する傾向にある。今や農業界の時の人となっている大規模農業法人のある社長は、かつて私にこのように語った。「私は高い品質の農産物をつくるつもりは全くない。そこそこの品質のものを、実需者のニーズに合わせつつ、低コストで大量生産することが経営方針である」と。そのために、この農業法人では、マニュアル化を徹底的に行い、誰でもそれなりの農産物が出来るようにして、厳格な雇用管理のもと計画的な生産体系を確立している。

農産物の売上は、価格×数量で決まる。例えば、品質にこだわる農家が、高品質の農産物を500円/kgの販売価格で100kg出荷した場合の売上高は50,000円であるが、品質にこだわらない農家が、そこそこの農産物を400円/kgの価格で130kg出荷すれば52,000円の売上があがる。一方、前者のコストが250円/kgであるのに対し、後者が省力化やスケールメリットにより200円/kgのコストに抑えたとすると、前者の所得は25,000円、後者は32,000円で、所得は後者が前者を上回ることになる。

ここで示したシミュレーションはあまりに単純すぎるが、後者にように考えるのが、法人化・大規模化農業で利益を出すためのポイントと言える。大規模化して、作業を雇用者に委ねるほど、総じてトマトの味は落ちる。農業に参入した企業の多くがトマト栽培にチャレンジしているが、たいていおいしくないのは、収支計画の実現を先行し、職人魂がそこにないからである。

しかし、非常に高い栽培技術があり、品質の高いおいしい農産物を作り続けている農家の所得は、必ずしも高いとは言えない。むしろ、こうした農家の方が、所得が思うほど上がらず、後継者もいないケースが多いのではなかろうか。昔ながらの家内制手工業で、ものづくりにこだわる農業を続けるのか、プライドを捨てて、法人化・大規模化して工場生産型・利益重視型のものづくりに転換するのか、それを選択するのは個々の農家の人生観によるところが大きいと思う。