第20回 | 2010.10.12

農家は地域のリーダーたれ! ~自負と責任が農業経営の財産になる~

農家は総じて、代々その土地に住み、地域を守ってきたものがほとんどだ。昨今、私の本家筋の者が、寺の過去帳を調べてもらったところ、武田信玄の一族に端を発し、私が生まれ住んでいる相模の国の曽比村(人口約1万人)で16代も農家をやってきたことが分かった。私の地域でも都市化が進み、新住民も拡大傾向にあるが、ひとたび祭・行事となれば農家たちが主役だ。手際よくしめ縄を編み、舞台や土俵をつくり、みこしを組み立て、長大なのぼりを立てて、宣伝カーで地域を回る。あるものは土建・左官の技術を持ち、あるものは伝統工芸の技術を持ち、そしてあるものは食品加工の技術を持つ。こうした農家一人ひとりを見ると、何でもできる、何でもやる、まさに万能のスーパーマンであることが分かる。地域の道普請や河川掃除にも農家は全員参加。自治会・PTA・子ども会と様々な地域組織がある中で、ほとんどの農家が役を繰り返し引き受けている。私も保育園の保護者会長にはじまり、自治会の会計、中学校のPTA会長、神社の祭礼委員などを務め、地域ではちょっとした有名人である。

さて、現在成功している農家を観察すると、商店街のイベントや学校行事などでも引っ張りだこで、地域の方々にとても頼りにされており、地域のリーダー的な存在となっているものが実に多いことが分かる。さらには、極めて多忙な中で、市や県さらには国の会議などにも積極的に委員として参加し、農家の声を代弁している方もいる。専業農家で忙しくて地域活動などやっている暇はないという農家も多いが、やはり言い訳に過ぎない。やっている農家は、そういう農家よりも長時間集中して働き、寝る時間を削って頑張っているのだ。その結果、多様なネットワークができ、経営の高度化につながる例も少なくない。地域で信頼されることで、地域住民が直売事業の固定客になったり、援農ボランティアなどとして支援するといった例が多い。また、地域商店街が身近な販路になったり、宅配事業の顧客開拓を支援してもらったり、人脈を通して大手量販店との直接取引がはじまったり、さらには農商工連携によりオリジナル商品ができたりと、その波及効果は大きい。都市部の農家が地方の農家に比べて、革新的・先進的な農業に取り組む事例が多い理由はこうしたところにもあるのではないだろうか。

直売事業や直接取引、あるいは観光農園など、自ら販路を持つようになると、農家はJA離れを起こす傾向にある。組合員活動には参加せず、上から目線でJA批判を繰り返す。正論であることも多いが、結果として地域で浮いた存在となり、独立独歩の道を歩まざるを得なくなる。しかし、法人化して規模を拡大しようと考えた時、地域の誰も農地を貸してくれなかったという話も聞く。発展している農家の多くは、販売事業に対する考え方は違っても、JAも地域もとても大切だと考え、地域活動・部会活動などにも可能な限り参加している。地域に愛され信頼される存在になることで、その農家に優良農地が集まり、お客が集まり、困った時には誰かが手を貸すようになる。お客を大事にする農家は地域も大事にする。逆に地域を大事に出来ない農家は、おのずと限界が生じ、一定以上の発展は望めないのではなかろうか。

横浜市では農家の一人が小学校のPTA会長を務め、学校給食で地域の農産物を食材として使おうということになり、地産地消運動が始まった事例がある。その後この学校では、地域農家と小学校との交流が始まり、小学生による農業体験が恒例化したことに加え、地域での直売活動や地元飲食店への食材供給事業などに発展した。さらに、こうした活動に着眼した横浜市は、市民との共同・共生による地域農業の活性化策に取り組み、現在地産地消を基軸とした都市農業の先進事例になっている。農家が地域のリーダーとなり、アクションを起こし、行政まで動かして、新たな農業の仕組みまでつくりあげた例であるが、全国の同様の活性化事例をみると、キーマンが農家であることが非常に多いことに驚かされる。

現在は空前の農業ブームで、定年退職して農業を始めたいと考えている都市部住民は多い。その多くが自然に触れながら、人に気を使うことなく、気ままな生活を送りたいというものだろう。しかし、そんなお気楽な意識で農家を名乗って欲しくない。本来農家は、その土地に生まれ、先祖代々その地域を守ってきた、生まれながらの地域のリーダーであり、リーダーとしての責任と義務を果たさなければならない。人が農村で人間らしく暮らしていくための知恵、地域のみんなを幸せにするための技、地域を愛し守り続ける情熱。生業の厳しさだけでなく、そんな地域のリーダーとしての持つべき心得を、全国の農家は都市部住民に伝えて欲しい。

20世紀は大量生産、合理化・効率化、IT化、あるいは低価格といった切り口が美徳とされ、その対極にある農業・農村は、時代の流れに立ち遅れた存在とされてきた。しかし21世紀は農業の時代であると言われ、環境・健康・食料といった時代のキーワードを整理しても、全ては農業・農村に帰結する。その昔、日本人のほとんどは農家だったが、現在は1億3千人のうち、農家はわずか5.7%に過ぎない希少人種になってしまった。農家にしか分からないことがある、農家にしかできないことがある。希少人種のスーパーマンだからこそ、地域のリーダーとして、時代を切り拓くフロンティアとして、全国の農家一人ひとりがその自覚と責任を持っていこうではないか。