第25回 | 2010.11.16

農商工連携を考える ~100年経っても日本人が誇れる食を追求する~

去る11月11日、師匠の一人として仰ぐ千葉大学大学院の斉藤先生の声掛けに応じ、食と農の連携シンポジウムに講師並びにパネラーとして参加させて頂いた。ちばの「食」産業連絡協議会と千葉県が主催するこのシンポジウムの趣旨は、農商工連携のあり方を考えることに加え、千葉県の小糸在来大豆を例にとって、今後の具体的な連携戦略を導き出そうというものだ。石井食品の石井会長のあいさつ、斉藤先生の基調講演に始まり、先進的な取組で有名な山形県川西町の事例紹介などに続き、最後はパネルディスカッションで締めくくった。いずれも非常に興味深い内容で有意義なシンポジウムであったが、中でもヤマキグループの事例発表には心から感動した。

ヤマキは、醤油、味噌、豆腐などの大豆加工品の製造・販売会社であり、設立100年を迎えた老舗である。現在は群馬県との県境に位置する埼玉県神川町に拠点を置く。商品作りには良質な水と、有機栽培が可能な農地が必要不可欠であるとの判断から、あえて山間地の過疎の町に拠点を移した経緯がある。管理運営会社としてのヤマキを核に、味噌・醤油・漬物を製造販売するヤマキ醸造や豆太郎という生産法人を含め、事業分担に基づく4社のグループ会社であり、従業員数は88名、年商は約24億円である。この会社の凄みは、100年経っても同じ原料、同じ製法によるものづくりを貫くという企業哲学を全社員が共有していることだ。

先ずは国産の有機原料への徹底したこだわりに驚嘆した。ご存知のとおり、国内の大豆加工品に利用される国産大豆の自給率は5%程度。激しい価格競争の中、どのメーカーも安価な輸入品に原料を求めざるをえない。しかしヤマキは、地元はもとより秋田、岩手などの産地・農家を約20年かけて開拓し、現在240ヘクタールの契約農地を持つに至った。その結果、国産原料比率は99%に達し、そのほとんどが有機大豆である。契約産地は山間地域が多い。山間地域は総じて耕作条件が悪いが、ほ場が比較的狭く山野で区切られているため、ドリフトなどの心配が少なく有機栽培に向いている。一方、過疎化・高齢化には歯止めがかからず、地域活力は低下しつつある。ヤマキの取組は、このような山間地域の利点を生かし課題を解決するための効果的な手法となっている。なぜ、ここまで国産の有機原料にこだわるのか、その理由は100年前の原料が国産の有機原料であったからに他ならない。製造方法も昔ながらの杉の樽で丁寧に時間をかけて仕込む方法である。商品の品質・味を大きく左右する大切な経営資源である杉の樽は、丁寧に使えば100年持つという。現在120個ある樽は、次の100年のために毎年少しずつ更新している。また、醤油の搾りかすなど残渣が出るが、しっかり乾燥されていることから良質な飼料となっており、畜産農家が工場まで引き取りに来るという資源循環の仕組みが出来上がっている。有機大豆の搾りかすのえさは、鶏・豚がよく食べるそうだ。人間より臭覚が敏感な動物の方が、原料の味・価値をよく知っているということだろうか。

当然商品の価格は高く、醤油は1本1,000円以上、豆腐は1丁300円台だ。主な販売ルートは、らでぃっしゅぼーやや大地の会、自然食品専門店などで、商品の価値を理解してもらえる流通業者と意識が高い消費者に支えられている。昨年度は、総務省の元気再生事業を活用し、こうした消費者を対象に、埼玉県・群馬県の県境を超えたグリーンツーリズムの企画・運営事業に取り組んだ。多くの消費者に中山間の産地を知ってもらい、食と農について正しい知識を持ってもらいたい。農業・農村の応援団になってもらいたい。そんな熱い思いを込めて、新たなチャレンジを始めた。ゼネラルマネージャーの角掛氏は語る。“100年間同じ原料で同じ製造方法を貫いてきた。次の100年も同じことをやって、本当に価値ある商品を消費者に提供し続けるのがヤマキの哲学であり、社会的使命である”と。

さて現在、農商工連携への取組が全国で活発化しているが、毎年の認定事業を見ると、商工業者の要望に対し農業者が原料を提供するという、小規模な直接取引の領域に留まってしまっている例が多い。取組による事業効果を検証しても商工業者の売上増が3,000万円、農業者の売上増は僅か100万円に過ぎないといった例がほとんどで、これでは連携とは言えないのではないかと首をひねることが多い。友人の山本謙治氏の言うとおり、連携するには「取引」から「取組」への転換が必要である。認定事業の多くが取引に留まってしまっている中で、ヤマキは有機大豆をつくって欲しいと多くの農家に語りかけ、紆余曲折の中で20年かけて産地との連携関係を築き、グリーンツーリズムを主体的に企画・推進するなど産地の活性化に寄与している。商工業者と農業者の間で次世代に引き継げるような、持続的なWIN・WINの共生関係を築く。このように腹をくくった取組、特に商工業者から農業者への働きかけが出来るかどうかが、農商工連携の成否を分ける。

次に学ぶべきことは、100年経っても日本人が誇れる食をつくると言った崇高な理念・哲学が農商工連携には求められる点である。これは、昨年度「FOODACTIONNIPPON」の審査会を開催したおり、すべての審査員が賛同した共通のキーワードであり、審査基準のひとつであった。農商工連携を考える場合、誰でも地域の資源を掘り起こす作業から始めるだろう。地域には、良質な農林水産物や食文化、伝統技術、そして人材等様々な有望な資源が存在する。ヤマキが着目した地域資源は水と有機栽培が可能な農地であった。水と大豆の栽培方法によって豆腐などの味は大きく異なる。話はやや脱線するが、斉藤先生の基調講演によれば、栃木県では現在、良質な水が存在することから食品企業の参入が相次いでおり、水という地域資源を核に今後産業クラスターが形成される可能性が高いという。農商工連携というの名のもとで、安易な商品開発に取り組んでも、消費者には受け入れられない。消費者のトレンドをつかむことは大切であるが、それよりも真に価値ある商品、社会的意義がある商品、そして100年経っても日本人に支持される商品づくりを理念において取り組むべきである。こうした理念がないと、商工業者も農業者も取り組む意義がわからなくなり、金の切れ目が縁の切れ目になってしまいかねない。

もうひとつ農商工連携で重要な視点は、消費者を巻き込むことで、川上から川下まで、生産から消費までの連携システムをつくりあげていくことにある。これまでの日本の流通体系は、生産は生産、加工は加工で特化・専門化した結果、生産者は消費ニーズが分からない、消費者は生産現場が分からない、ゆえに相互理解が進まないと言った、生産と消費の乖離を招いた。農商工連携は、主として生産・加工・流通の連携を意味するが、ここに消費者を加えた社会的システムをつくっていくことが重要である。せっかく農業者と商工業者が手を結び、お互いの価値を分かり合って商品をつくっても、その商品を購入する消費者の理解が得られなければ、ビジネスとして成立しない。ヤマキが高品質・高価格をつくり続けていける背景には、生産から流通までの価値を認めている固定客が存在するからだ。農商工連携は、大手企業が取り組むような大量生産・低価格の商品づくりとは異なり、地域資源を生かすことから、その多くは高価格商品にならざるをえない。したがって、消費者に正しい食、価値ある食に対する理解を促し、高価格でも買ってもらえる応援団になってもらう必要がある。つまり「農商工」ではなく、「農商工+消」の連携の仕組みができるかどうかが成功のポイントである。

農商工連携という言葉は非常に聞こえがよい。しかし、真の成功を収め、社会に認められる商品を生み出すためには、人を感動させられるほどの信念を持って、粘り強く、覚悟を持った取組が必要であろう。