第248回 | 2015.08.11

農と食の体験ツアーはビジネスになるか? ~ イオンの本格参入による新展開 ~

農業・農村が持つ多様な資源を活用し、農業体験や食の体験を行うなど、都市農村交流を進める取組は古くから行われてきた。しかし、補助金や行政支援によるところが大きく、「金の切れ目が縁の切れ目」的なイメージで、財源がなくなると終わってしまう一過性のケースが多いのが実状である。

流通研究所でも昨年度、農林水産省の補助事業の採択を受け、「食育体験ツアー」を実施した。「金次郎野菜」のリピーターである横浜の消費者を対象に、大型バスを借り上げ、生産現場を訪問して農作業や加工を体験させ、旬の農産物を食材とした料理を提供し、生産・加工・流通・消費の仕組みなどを伝えることで、食育の大切さや農業・農村の価値を伝えようという取組であった。

バスの借り上げ代金が約8万円、食材費などが約3万円、生産者への協力金が約2万円、これに販促費や人件費などを加えると1回のバスツアーの実施経費は20万円近くかかる。補助事業であることから参加費は無料であったが、40名が参加すると仮定した場合、本来1人当たり5,000円を徴収しなければ採算が合わない計算になる。しかし参加者へアンケートを行ったところ、出してもよい金額は平均2,000円程度という回答結果だった。補助金を頂いた以上、事業の自走をめざす必要があるが、未だその目途が立たず申し訳なく思っている。

8月5日(水)の日経新聞では、イオンが食の体験ツアーを自社開発し、この分野へ本格参入するという記事が載っていた。伝統食材のブランド化などで連携する全国の産地と提携し、食の体験をテーマとした個人向けの旅行商品を独自に開発するというものである。小売業・旅行業で培ってきたノウハウと全国の生産者とのネットワークを活かし、大手旅行代理店との差別化を図る商品化を進め、シニア層をメインターゲットに浸透を図る方針である。

イオンはこれまで、PB商品などに代表されるように、全国一律の商品・サービスを提供するをことで、スケールメリットの発揮によるコストダウンと低価格戦略をとってきた。しかし、この戦略が必ずしも消費者の支持を受けられなくなり、近年売上は低迷傾向にあった。こうした反省を踏まえ「シニア」や「地場密着」、「オリジナリティ」などを重視する戦略を模索してきたが、その具体的事業のひとつがこの度の食の体験ツアーであると言える。

イオンは、「フードアルチザン(食の匠)」と銘打ち、日本各地の産地と連携して伝統食材のブランド化と販売拡大に取り組んできた。産地と協議会をつくるなどして、イオンの店舗で食材を販売するだけでなく、加工品の共同開発なども進めている。既に安納芋の産地である鹿児島県種子島や、魚醤の「いしる」を生産する石川県輪島市など、全国30地域以上の産地と協議会を設立している。新たなツアー商品は、このネットワークを活かすことに着眼したものである。

第1弾として、8月下旬に全国7つのコースを販売する予定である。内容は日帰りから2泊3日、価格は2,980円から33,800円で、平成27年度は、インターネットやコールセンターなどを通して600人の集客を予定している。例えば、福岡県発の熊本県八代地方への日帰りツアーは4,980円で、50年以上栽培されている世界最大級の柑橘「晩白柚(ばんぺいゆ)の収穫や同果実を使ったアロマクリームの製造などを体験させる。また、沖縄県の2泊3日のツアーでは、ジャム作りのほか地元農家による郷土料理や地域の伝統舞踊などを体験させる。今年の事業評価を踏まえ、次年度は旅行商品数を増やし、2,500人の集客をめざすという。食や伝統文化などに関心が高いシニア層をターゲットとした商品を開発すると共に、店舗では伝統食材などの販促効果の発揮をめざすものである。

農協観光では、これまでも農や食の体験ツアー商品を販売してきたが、当初期待したより伸びはみられないようだ。また、南信州観光公社のように、地域全体の商品化を進め、就学旅行客などを対象とした体験ツアーの取組も見られるが、後に続く事例が少ないことでもわかるように、全国の農村地域がこうしたビジネスモデルを確立するのは容易ではないようだ。

本来、ファミリー層を対象とした食や農の体験ツアーを開発し、次世代を担う人々に農業・農村の価値や地域食材・伝統食のすばらしさを知って欲しいところである。しかし残念ながら、ファミリー層を対象としたこうした旅行商品は、ビジネスとして成立しないようだ。ファミリー層の多くが共働きで忙しく、また子どもたちも学習塾やクラブ活動で忙しいことから、家族旅行をする機会は限定される。加えて金銭的にも余裕があるとは言えない。食や農の体験ツアーに関心がない訳ではないが、せっかく旅行に行くのであれば、著名な観光地を訪れたいと思うのは当然のことであろう。

一方、総務省の家計調査によれば、60代の国内パック旅行費は年代別で最も多く、70代もこれに次いで高水準である。シニア層は、これまで多くの観光地を回り、新たな切り口の観光を求めていると言えよう。また、その多くが、時間的に金銭的にもファミリー層より格段に余裕がある。マイナーで、個々の価値観を取り込もうとする食や農の体験というジャンルでは、必然的にシニア層をターゲットとした商品開発に力を入れざるを得ないだろう。

しかし、実績・ノウハウ・ネットワークを活かし、シニア層をターゲットとした、この度のイオンの商品開発が成功するとは限らない。その証拠に初年度の集客目標は600人、次年度は2,500人という大企業としては極めて低い目標を設定している。当面、天下のイオンでさえ、手探りの中で、慎重に、この事業を進めようという方針がみてとれる。この度のイオンの新規事業は、今後市町村などが都市農村交流事業を考える上での参考になるであろう。

以前大手旅行代理店の企画担当の方と、体験型ツアーの商品成立の可能性や要件について意見交換したことがある。その方もこれまで、漁船への乗船体験や地域の朝市体験ツアーなど様々なツアーを企画したそうであるが、体験型ツアーは非常に難しいと話されていた。難しさの1つ目は、その体験が金を払ってもよいほどの価値を持つ利用者層をつかめるかどうかだと言われていた。世の中にはその体験に価値を見出す人もいるが、その割合は極めて小さく、様々な媒体を通して広告してもヒットする確率は低い。

もう一つは、受入側の地域の体制である。不慣れな地域が、観光客の受入体制や体験プログラムをつくることは容易ではない。また、おもてなしという言葉があるが、受入側は普段農業や漁業をやっている訳で、旅館を経営している訳ではないため、気持ちはあっても接客は苦手だ。素朴な対応がよいなどという観光客もいるが、やはりそれは少数派である。

地域の農村風景や自然の景観、地域の食材や伝統食は、観光資源になりうる可能性はあるが、それ自体の魅力が卓越していて、かつ磨きあげないと商品にはならない。残念ながら、地域が思うほど地域の魅力はないのが実状である。一般の消費者は、そのようなところを訪れる暇も金もないし、体験に価値を見出す消費者は非常に少ないという実態はしっかり認識する必要があろう。

都市農村交流は、6次産業化施策の一環として国も長年推し進めているものである。私は、地域が本気で都市農村交流を進めるのであれば、農業・漁業の片手間ではなく、独立した旅行業を起こすべきだと思う。「体験交流」とは行政用語であり、公共事業的な意味合いがついてまわる。自走させるのであれば、補助金なしで持続的に収益を確保できるビジネスとして成立させなければならない。

ビジネス化をめざして、地域資源を厳選してブラッシュアップして魅力のある商品に仕上げる。見る・食べる・泊まるなどの基本的な旅行ニーズに応える広域の周遊ツアーを組み立てる。観光ホテルや旅館に引けをとらない、もてなしの心を持った接客マナーを身につける。それを実現するためには、半端な気持ちではできず、高度なノウハウと地域ぐるみの覚悟が必要であろう。