第40回 | 2011.03.22

農がつくるこの国のかたち ~震災を通して農業・農村の役割を考える~

観測史上最大の震災に見舞われた日本。大地震で尊い命を落とされた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。そして被災され避難生活を強いられている皆様にお見舞い申し上げるとともに、一日も早い復興を重ねてお祈り申し上げます。どうか希望を持って頑張り抜いて下さい。

この大震災は私たち日本人に多くの悲しみと苦しみ、そして強い不安とストレスをもたらしていますが、その一方で、日本人の秩序ある行動と博愛の精神が、海外から絶賛されています。私は若い頃、世界約20カ国を渡り歩いた経験がありますので、海外の事情を多少は分かっているつもりです。仮に、このような大地震がアメリカで起こったら、他のアジア諸国で起こったら、とんでもない社会的な混乱に陥ったことでしょう。国中がパニックを起こし、混乱に乗じた窃盗や保身のための殺人といった事件や自分勝手な理屈から暴動も起こっていたかもしれません。日本人のほとんどは無宗教ですが、全ての国民が人として取るべき行動と人を思いやる気持ちを体得しています。首都圏に暮らす私たちも計画停電と鉄道運休が繰り返され精神的な疲れが募る毎日ですが、被災地の方々のことを思えば我慢できますし、被災地のために一人ひとりができることを考え行動しています。こんな国は世界のどこにもありません。日本人は、人として歩むべき道を知り、人として持つべき魂を備えた、仁儀の国、そして幻の国であることを、この度の震災を通して再認識しました。

では、どうしてこんな素晴らしい国になったのか、その理由を考えてみたいと思います。いくつかあると思いますが、私は、この国が2,000年の農耕文化の歴史を持つ島国であったからだと考えます。日本には八百よろずの神々が存在します。私の村の稲荷神社もそのご神体は岩石ですが、五穀豊穣と無病息災を約束する村の鎮守の神様です。私の村も江戸時代には富士山の大噴火の被害に見舞われ、異常気象により何度も凶作を経験してきましたが、神社を心のよりどころに村人たちが助け合い、励まし合って生き抜いたと聞いています。私の子どもの頃までは、田植えや稲刈りの時期ともなれば、家族・親族はもとより隣人たちも共同で作業に当たっていましたし、村のルールのもと道普請や江ざらいは集落総出で取り組んだものです。そして今でも、全国の多くの農村で、こうした行動指針と精神は息づいています。みんなで助け合って豊かに生きていくという思想は、農村社会にそのルーツがあり、2000年の歴史を経て現在の日本人の心に引き継がれてきたものと考えます。

次に、災害時における農業・農村の役割について考えてみたいと思います。阪神・淡路大震災の時は、周辺の農村から水や食べ物が届き、避難所に収容された30万人の方々は整然と平静を保つことができました。JAの女性部はガス炊飯器を避難所に持参し、おにぎりやスープを作るなど、炊き出し活動に精を出しました。自治体からの要請を受け、農家は自分の軽トラックを利用し、援助物資を届けることを請け負いました。狭い路地などできめ細かく配送するために軽トラックが最も機動性を発揮したそうです。この度の震災でも周辺地域の農家たちが多いに活躍しています。各地域において、若手農家により結成された消防団が必死の救援活動を続けていますし、JAグループが一丸となって食糧の提供、炊き出し、物流などのボランティア活動を展開しています。被災地の役場などにはすでに、周辺の農村から届いた米や野菜が山積みされています。つまり、災害時に周辺の農村は最も頼りになる食料の供給基地となり、農家は有力なボランティアになるのです。

TPPの話につなげてしまい恐縮ですが、日本は自動車の輸出を伸ばすために米を輸入するような国になっても良いのでしょうか。日本から農村をなくし、農家をなくすような選択をしても良いのでしょうか。農村は日本人の原点であり、日本人の精神を養ってきた社(やしろ)です。農家は日本の食料自給の担い手であり、有事の際のリーダーです。この国のかたちを考えるとき、農業・農村はどうしても失ってはならない国民の財産です。私たちは今、被災された方々に一人ひとりができることをなし、焦らずあわてず整然と生きていくことが求められています。そしてもう一つ、農業・農村を守り、この国のかたちを次世代に引き継ぐことが求められていると思います。

また、今後最も懸念されることの一つは、東京電力福島原発の事故による風評被害の拡大です。福島県、茨木県に続き、栃木県・群馬県でも放射性物質に汚染されたほうれんそうが見つかりました。枝野官房長官は、「ただちに健康に影響を及ぼすとは考えられない」と強調しましたが、スーパーではすでに4県の農産物全般にわたり撤収する動きがありますし、各産地とも出荷を自粛する方向で調整が始まっています。また、ほうれんそうと言うだけで埼玉産・千葉産のものも全く売れなくなってしまっています。風評被害とは、真実ではない、いい加減な情報が口コミなどで広まり、それが全国民の非買運動に広がってしまう被害であり、気象条件による被害より、さらに甚大な影響を与えることがあります。「東北や北関東の野菜は全て放射能に汚染されている」などといった全く根拠の無い間違った情報が巷では聞こえるようで、とても心配であり、また憤慨しています。厚生労働省はただちに規制値を超える農産物の人体への影響を調べ、正しい知識を国民に伝えて下さい。そしてスーパーは、店舗で正確な情報を発信して下さい。風評被害は産地を崩壊に追い込みます。特に被災地ほどその危険性が高いと言えます。

被災地のために募金をすることも必要ですし、不要な電力を使わないことも重要です。そしてもう一つ、私たちがなすべきことは、しっかりとした購買行動をとることだと言えます。不必要な買いだめはしないことはもとより、風評に流されず、風評を流さず、真実を見極め、冷静な購買行動をとって下さい。こうした、国民としての、そして消費者としての責任と義務が、被災地の復興に大きな力になるとともに、復興後のこの国のかたちをつくるものと信じています。