第200回 | 2014.08.04

資源管理型産業への転換 ~「Weldge」 8月号より~

早いもので、私がこのコラムを書き始めてから丸4年が経ち、今回で200号を数えることになった。めまぐるしい環境変化の中で、生産者は、あるいは農業振興や地域振興に携わる人々は、何をどう捉え、何をすべきなのかと言う視点から、私なりの考えを綴ってきた。この4年間で、全国の読者から様々な反響や励ましの言葉を頂いてきた。拙いコラムを愛読頂いている方々に、改めてお礼を申し上げたい。

200回目の記念となる今回は、あえて漁業について記述してみたい。「Weldge」8月号に、「魚を獲り尽くす日本人~資源管理で漁業は成長産業になる~」と言う特集が出ていたが、日本の漁業の根本的な課題と展望を示唆する、とても興味深い内容だった。競争、無秩序、乱獲型の漁業から、資源管理型の漁業に転換することで、漁獲高が増え、漁師の所得は向上し、漁業は衰退産業ではなく成長産業になると言うものだ。

農業を取り巻く環境は厳しいが、漁業はさらに厳しい。全国の生産者数はピーク時の100万人から17万人へと急速に減少していることに加え、肝心の魚自体が獲れなくなっている。魚が獲れなくなった原因は、地球全体の気象条件や海流の変化などもあげられるが、最大の原因は乱獲による資源の枯渇にあると言う。海に囲まれた日本は、太古の時代から豊富な海洋資源に恵まれた水産王国であり、魚を主菜としてきた民族だ。海に船で漕ぎ出せば、いくらでも魚は獲れた。

特集では、絶滅危惧種のウナギに加え、マグロもまた漁獲量が激減しているとレポートされている。ブランド産地として有名な、大間も壱岐も、重量があるマグロはほとんど獲れなくなり、漁師の多くは倒産寸前の状態にあると言う。マグロに限らず、多くの魚種で漁獲量が減少しており、その回復の見通しは立っていない。世界銀行では、国別の産業予測を出しているが、国際的に漁業は成長産業であり、各国ともにプラス成長を見込んでいるにも関わらず、日本だけがマイナス成長になると予測されている。

日本の漁業は「オリンピック方式」と言われるそうだ。簡単に言えば「獲ったもの勝ち」という早獲り競争のことだ。他人より早く多く獲るために、無理な漁を繰り返し、船舶に過剰投資をして、重油もふんだんに使ってきた。そのために非効率で高コストの経営構造を招く結果となった。オリンピック方式で、産卵に来るマグロなど、本来獲るべきではない魚まで獲りたい放題獲ってきた結果、魚がいなくなり、売上があがらず、残るは借金ばかりという状況にある。そこで国は、漁師の救済や漁業の維持のため、多大な補助金をこの業界に投下している。

漁業衰退の理由は他にもいくつかあろうが、こうした話を聞く限り、自業自得と言わざるを得ない。早撮り競争を改めず、乱獲により資源を枯渇させ、その穴埋めを補助金でカバーしている日本は、世界から問題視されていると言う。乱獲さえ抑えれば、魚は海に戻ってくる。放射能の漏洩により漁獲が禁止されている福島県沖の海は、以前より格段に魚の量が増え、再生しているそうだ。では、他国では、どんな取組によって漁業を成長産業にしているのであろうか。

アメリカの漁業・養殖業生産量は、1980年代は日本の2分の1程度であったが、現在ではアメリカが日本を上回るようになった(2012年は日本486万トン、アメリカ556万トン)。アメリカは、言わずと知れた自由競争の国であるが、早くから漁獲量の規制と割り当て制度を導入した。年間に獲ってよい総漁獲量(TAC)を定め、これに従い漁獲量を漁師や漁船ごとに割り当てる制度(IQ)である。また併せて、割り当てられた漁獲量を、漁師や漁船同士が貸し借りできる制度(ITQ)も導入した。

制度導入にあたっては、漁師などから激しい反対があったものの、制度の導入により、漁獲量が増え、所得は向上し、休みが増えるなど労働環境も改善したことから、現在は産業界全体で制度の維持に努めている。獲らなきゃ獲られるというオリンピック方式は、あらゆる面で非効率を招く。制度を受け入れたら、漁師の所得は一時的には減ることになろう。目先のことを考えたら、とんでもない制度として映るであろう。しかし、長い目、冷静な目でみれば、オリンピック方式より資源管理方式の方がはるかに豊かさをもたらし、水産業を持続的に成長させることになる。持続可能な自然環境づくりと漁業の再構築に向けて、水産業界全体での合意形成が図れるかどうかが最大のポイントであろう。

サバは、日本でも比較的豊富に獲れる魚だ。しかし、ノルウェー産のサバの方が、遥かに高品質で味覚が良くスーパーなどでも高値をつけている。その理由は、日本では一年を通してサバを獲ることから、やせたサバや脂が乗らないサバが流通することになる。一方、IQ、ITQ制度が導入されているノルウェーでは、漁獲期が一番サバが美味しくなる時期に限定されていることから、流通されるサバは常に美味しいものになる。両者のブランド力に大きな差が生まれるのは当然の結果であろう。

少しでも現金収入を得ようと、一年中船を出して遠洋まで出かけて稚魚まで獲り尽くそうとする日本と、一番美味しく漁獲量が多い時期に限って漁をするノルウェーとは根本的な考え方の違いがある。結果として日本は、魚がいなくなり、魚価格が低迷し、一年中働き詰めなのにも関わらず、収入が減って倒産の危機に瀕し、漁業は衰退に向かっている。一方ノルウェーは、魚が増え、価格は向上し、十分な休みを獲りつつも収入は増加し、漁業は成長しつつある。

現在はアメリカに抜かれたものの、日本は世界第2位の漁業大国である。本来、大国として世界の規範になる行動をとるべきだし、むしろ日本こそが、世界の漁業を牽引する姿勢と漁業の持続的発展に向けた方針を示すべきであろう。そのためには、国が明確な政策を打ち出し、強制的にでもIQ、ITQ制度を導入する必要がある。制度を導入した先進国は、いずれも現場主導方式ではなく、政府主導方式である。多くの障壁があろうが、政府の英断を期待したい。

農業界では、まだまだ課題を残すものの、環境保全型農業・資源循環型農業という概念が、かなり浸透しつつある。これに対し、生産者だけでなく、消費者もまた理解を示すようになってきた事実は、国及び関係機関・団体の大きな功績であろう。アメリカでは、自然保護団体が「資源管理状態が悪く、食べることが好ましくない」と発表した魚は、消費者が購入を控え、小売店もレストランも取扱量を減らすそうだ。ウナギ、マグロの資源管理状態は最悪だ。日本人は、果たして、ウナギ、マグロは食べない、買わない、取り扱わないと言った行動がとれるかどうかも、問題解決の大きな鍵となろう。