第82回 | 2012.01.31

行政が取り組むべきブランド戦略とは? ~KAB研究会レポート⑥~

毎月最終金曜日の夜、流通研究所では神奈川型アグリビジネスのあり方を探ることを目的とした研究会(通称・KAB研)を定例開催しており、この度で6回目の開催となった。この度は、神奈川県環境農政局企画調整部かながわ農林水産ブランド戦略課の河合課長と林グループリーダーを講師にお招きして、「行政が取り組むブランド戦略」というテーマで講義を頂いた。

河合課長は、外資系の商社、銀行勤務を経て独立し、全国の特産品を販売する事業を行ってきた経緯がある。その後、長野県の田中元知事の下で、森林部の職員として森林資源の販売事業を手掛けることになる。その頃長野県では、森林のミニ開発が進んでいたが、森林に誰も手を入れないから自然破壊が進んでしまうことに気づき、森を元気にすることをテーマに里山再生や林業・農業の振興事業に取り組んだ。その後神奈川県の職員の公募に手を上げ、室長に抜擢され(現在は課長)、これまでかながわ農林水産物のブランド化にかかわる仕事に取り組んできた。

河合課長は、この仕事を始めるにあたり、三重ブランドや熊本ブランド、山形ブランドや宮崎ブランドなど、行政が取り組む全国のブランド事業を調べたそうだ。その結果、行政の「冠ブランド」について、いくつかの問題点に突き当たったという。

先ずは、そもそも行政が認定すればブランドなのかという問題だ。ブランドとは、商品自体に価値を持っていることが前提だが、県産品であることだけで、世の中ではブランドとして評価されない商品が多いようだ。そもそも行政は、産業政策の一環としてブランド化に取り組んでいるが、マーケットアウトの発想であり、消費者・流通業者の視点に立ったマーケットインの発想が希薄である。したがって、自己満足で終わってしまい、ブランド品としての地位を確立できないケースが多いようだ。

2点目の問題点は、行政がやることの限界である。予算が付けられなくなった時は、ブランド事業が終わる時であることを意味する。また、推進体制は行政が核になるが、行政職員は自ら仕事を作って積極的に進めていこうと言う人種ではないとの厳しい指摘もあった。そもそも持続性・主体性などの点で、行政がブランド化事業をやること自体が難しいという指摘である。

結論として、行政主体のブランド化に成功事例はないと言っておられた。一方で、「伊達の密桃」、「させぼ温州出島の華」、「ももいちご」など、ブランド化に成功している事例はたくさんある。成功事例に共通することとして、「差別化できる製品特性を持つ」、「高品質である」、「おいしい」、「限定的である」、「物語性がある」、「行政が主体ではない」などのキーワードが浮かんでくる。

かながわブランド登録制度は、やはりマーケットアウトの発想で、平成4年に21品目でスタートした。現在は62品目、108の登録品数があり、創設から19年が経過し制度疲労が起こっているという。具体的には、生産者・産地の取組がばらばらで、ルールを守らないケースが発生していることに加え、価格の高位安定という目的自体が達成できない状況になっている。そこで現在、消費者の立場に立って考える、登録品のプラットフォーム(場)自体をブランドとするという2本柱で、見直し作業を進めている。制度自体は作らず、生産・出荷基準をしっかり定め、高品質なものだけをかながわブランドとして認めることに加え、情報提供により「生産者と消費者をシンクロさせる」という事業へ転換しつつある。

その中で現在、「湘南ゴールド」という新柑橘のブランド化に力を入れている。「湘南ゴールド」は、私の居住地である小田原が主産地であるが、見た目が美しく、さわやかな味覚を持ち、加工品開発にも適した品種である。地元なのでその経緯はよく知っているが、最初の段階から直売などで規格外が多く出回りブランド価値を失墜させてしまった。しかし、現在は協議会をつくり、県内限定販売、生産地への誘客、著名人とのコラボによる加工品開発、高品質の維持などを柱に再構築を進めている。

行政がブランド化にあたってやるべきこと、できることについても説明があった。それは商談会などのプラットフォームの提供であり、メディアやホームページの活用などの行政の信用力・中立性の積極的な活用であり、民間企業とのコラボレーションや、生産・流通・消費のコーディネーションであるという。県庁などは一等地にあるが、土日は休みであることから、これを開放し、生産者主体の軽トラマルシェなどの場として活用できないかといった提案もあった。

講義の最後に、売れる農業を目指すことがブランド化の目的であり、売れるためにはユーザーの評価・支持が大切であるとまとめられた。売上は、単価×数量で表すことができるが、安定した売上を確保していくためには、単価×数量×固定客数が求められ、商品の特性により、何を増やすのかを決め、どう増やすのかを考えるのがマーケティングであると結論付けられた。

私自身、行政の冠ブランドの仕事を数多くやらせて頂いている。河合課長の話は全てその通りだと思うし、私が日ごろ思ってきたことを明確に言ってもらい胸のすく思いだった。民間出身だけに、行政の冠ブランドの問題点を的確に見抜き、最適な方向性へと見直しを進めてきたこの4年間の取組に、改めて敬意を表したい。

では、私達流通研究所は、県内における農産物ブランド化をどのように考え、何をやるべきか。これがKABSのメインテーマの一つである。KABSに集まる若手農家達は、JAによる産地ブランドではなく、独自な技術に裏付けられた個人ブランドの確立を志向している。しかし、個人経営であることから、生産現場で手一杯で、加工・販売領域までは手が回らない。一方で、人口800万人以上の大消費地であり、横浜・鎌倉・箱根という全国屈指の観光地を持つ神奈川県では、彼らの産品を求めいる小売店やホテル・飲食店などが多数存在することが分かっている。したがって、我々が考えるべきブランド戦略は、品目認証ではなく農家認証であり、高い技術と崇高な理念を持った若き農家自体のブランド価値を高めることにあると考える。

ロットで勝負できない以上、販売先は限定とならざるを得ないが、相応の売上が確保でき、農家経営の発展が望める販路構成を考える必要がある。その際、農家から実需者への物流上の課題への対応策を考える必要がある。僅かな農産物を毎日遠方の実需者まで届けていたのでは、時間と経費がかかって経営が立ち行かなくなる。小規模なレストランとの取引は、双方のPRにはなっても、農家所得の底上げにはつながりにくい。基本的には個と個をつなぐ仕組みづくりが求められ、そのためには中間支援事業者の存在が必要不可欠となろう。

さて、KAB研究会も次回が最終回となる。過去6回の研究会を通し、春には一定の結論を出していきたい。