第138回 | 2013.04.01

自民党農政の重点課題 ~攻める農林水産業の実現~

この度は、今後の自民党農政への期待を込めて、重点課題を整理し、その対応策について私なりの見解を述べてみたい。農業は、食料生産と言う国民の生活にとって必要不可欠な産業であるという認識は、ほとんどの国民が持っている。一方農業は、TPPなど国際的な連携協定を進める上での鍵になっており、協定の内容によっては、この国の基幹産業が消滅してしまう懸念もあることから、国民の関心は益々高まっている。

自民党が、政権奪回を実現する前から一貫して主張してきたのが、戸別所得補償制度の見直しである。戸別所得補償制度は、減反にさえ参加すれば、小規模農家であっても補助金がもらえる仕組みであった。安倍総理は、2007年の第一次内閣の時に、農家全員を保護するのではなく、大規模経営を目指す農家や集落営農組織に政策を集中するという、「戦後農政の大転換」を打ち出した。しかしその結果、多くの農村票を失い野党に転落することになる。その後、バラマキといわれた戸別所得補償制度を掲げた民主党が、大勝利した経緯は周知の通りである。事実、戸別所得補償制度は、現在も農村部においては概ね好意的に受け入れられている。

安倍総理も自民党も、平均年齢66歳の小規模農家によって構成される農業という産業の構造改革を進め、強い農業、攻める農業への転換を図ることは、喫緊の課題であると捉えている。しかし選挙での大敗は怖い。農家の減少・高齢化が進む最大の理由は、現在の農業構造では暮らしていけないことにある。農業で生計を立てるためには、経営規模を拡大してコストを下げることに加え、経営の複合化・高度化を進める必要がある。そのためには、バラマキ政策を見直し、やる気のある農家、新規参入を目指す若者に支援を集中する必要がある。それは、誰もが分かっていることなのである。民主党も結局、TPP参加交渉が持ち上がる中で、戸別所得補償を継続しつつ、20~30haの大規模農家中心の構造改革を目指すと方向転換した経緯がある。

そこで今後の自民党の政策であるが、戸別所得補償制度は2013年度で打ち切り、2014年度は、治水対策や景観保護などの役割を果たす田や畑に対し、補助金を支払う制度に転換することを打ち出している。この政策は、農地を守り続ければ誰でも補助金をもらえることを意味するのであり、減反に協力さえすれば補助金がもらえた戸別所得補償制度と同様の、バラマキ政策という批判を早くも受けている。

農業は、一つの産業という側面と、日本が太古の時代から築きあげてきた農村社会という2つの側面がある。規模拡大によりスケールメリットを発揮させて強い産業に転換するだけでは、農村社会の維持は出来ない。矛盾が多いこの2つの側面をしっかり押さえることが重要であり、国際競争力を強化しつつ、農村の活性化も実現するという難しいかじ取りが必要になる。今後の新政策では、水田だけでなく畑地も対象としている点や、大規模農家の育成を抱き合わせで進めて行こうという点は評価できる。政策を批判するのは簡単だが、農業振興と農村の活性化の両輪を上手く回すための政策の実現は、容易ではない。

今年度は具体的な制度設計を急ピッチで進めていくものと考えられるが、その上で、いくつかの重要な論点がある。一つ目は、いわずと知れたコメの生産調整である。現在全国の水田の4割は生産調整の対象になっており、コメに換えて自給率が低い麦・大豆などの生産を促進することで、コメの出荷量を抑制し、米価の維持を図ることが生産調整の目的である。日本人は昔ほど米を食べなくなり、現在は、全国の生産能力の6割程度で十分日本人の胃袋を満たすだけのコメは獲れる。つまり需要に対して水田面積が多すぎる訳だ。

では、生産調整を辞めてしまった場合、どのようなことが起こるのか。生産調整に参加している農家が自由にコメをつくり出すと、需要を大きく上回るコメが流通し、米価は大幅に下落することが予想される。価格が下落すれば、多くの農家が離農し、農地は荒れ果て農村は崩壊するだろう。民主党の戸別所得補償制度はもとより、これまでは生産調整に参加することが、国の支援を受けるための大原則となっていた。価格を補償すればよいという専門家の意見も多いが、1俵14,000円が10,000円程度になるのなら何とか補償できるが、5,000円になってしまった場合、財源は確保できないだろう。

単純には試算できないが、現在の需要の180%ものコメが供給されれば、80%分は転用もしくは廃棄せざるを得ず、コメは圧倒的な買い手市場になってしまい、価格形成力を全く失うことになろう。余ったコメは輸出すればよいなどと安易なことをいう族も多いが、現在の輸出実績は全生産量の0.1%にも満たない。仮に米価が下がったとしても、将来的にもコメの輸出量はたかが知れていると思う。私も、生産調整を続けるべきか、辞めて価格保証的な制度を導入すべきか、正解は分からない。とても難しい問題であるが、時代性を踏まえると、英断の時は近づいているように感じる。

もう一つの重要な論点は、担い手と農地についてである。4年前には農地法が改正され、昨年度からは「人・農地プラン」が始まった。黙っていても、優良農地の集積は進む。一方、山間地域の小規模農地や、基盤整備が出来ていない農地などは、誰も引き受け手はいない。その結果、遊休農地は年々増加しているが、国は食料自給率の維持のためにも450万haの農地全てを守る必要があるとしている。そんな状況の中で、企業の農業参入は加速している。どの農地を守り、誰を対象に農地を集積していくのかが、不透明な状況にある。地域は勝手なもので、優良農地は自分達で耕作し、条件不利地を企業に委ねようとする。

暴論だと言われるだろうが、私は耕作条件が不利な農地は捨てるべだと考えている。経営的に難しい農地を守ろうと、いくら努力しても、やはり限界がある。日本は既に人口減少社会である。農村崩壊につながる可能性があるが、条件が不利な農地から、段階的に農振地域から除外し、林野に戻す。あいるは農業以外の活用を促すという政策が必要だと考えている。そして、優良農地については、企業を含めた担い手への集積を加速させるための重点的な支援策を講じるべきだと考える。農地を守り続ければ、どんな農家にも補助金を出すという政策は、担い手への農地集積を阻害することになるのではないかと懸念している。

3つ目の論点は、国際競争力を持った経営体についてである。農産物は、工業製品と異なり、土壌や気象条件などによって品質や生産量に大きなばらつきが出る。また、狭い日本においては規模拡大にも限界がある。こうした条件の中で、マスコミなどが安易に口にしているような、輸出をリードするような国際競争力を持った経営体を国内で育成することは、極めて難しい。これを実現するためには、畜産、花卉など品目に限定し、大手企業の資本投下により、より工業製品に近い生産体系をつくる必要があろう。

私は、国際競争力を持った経営体は、それが出来たとしても、ほんの一握りであって、ほとんど幻想に過ぎないと考える。現実的には、国内市場を対象に、輸入品に負けないだけの付加価値を持った農産物をつくることが精一杯だと考えている。大規模経営によるスケールメリットの発揮、経営の効率化・高度化・法人化は、今後も農業のキーワードになることは間違いないし、農業者はそれに向けた努力を惜しんではならない。輸出にチャレンジすることは無駄ではないと思う。しかし、その主眼は、本格的な輸出戦略というより、むしろ、輸出を通して経営の高度化やブランド化を実現するといった国内での生き残り戦略に据えるべきである。

このように、政策的に重要な論点が多々ある。これより、2014年の農政改革に向けて本格的な制度設計や具体的な予算組みが始まることと思う。自民党議員の中には農政通も多く、政策課題を的確に把握している方も多い。自民党が掲げる攻める農林水産業の実現に向けて、選挙対策に流されない堂々した政策を打ち出して頂くことを、多いに期待している。