第21回 | 2010.10.18

米価急落で農村崩壊! ~戸別所得補償制度のゆくえ~

平成22年産の米価が急落し、農村部や関係者の間で不安や焦りが広がっている。私の地域ではコシヒカリのJA渡し価格は1俵10,200円、それ以外の銘柄は9,500円といった惨たんたる結果である。全国の主要銘柄の卸売価格を見ても、品質の低下という要因もあるが、昨年度より概ね3,000円程度安い、12,000円~13,000円程度まで落ち込んでいる。これではとても農家の経営は立ち行かず、農村崩壊を助長することになる。戸別所得補償制度については多くの先生方が論陣を転換しているので、私はあえてコメントを差し控えてきたが、この危機的な状況を目の前にして、この度はコラムを掲載させて頂くことにした。

言うまでもなく、戸別所得補償制度とは、減反に参加する全ての農家の所得を政府が補償する制度である。自民党政権下の農政は、中核的農家や集落営農など今後の日本農業の担い手像を明らかにし、これらの担い手へ支援を集中投下することで、強い産業への転換を目指していた。一方、民主党政権下の農政は、規模の大小にかかわらずどんな農家も日本の食糧自給率向上のための担い手であり、農村・集落の守り手であるとして、全国一律の支援をして行こうというものである。また、これまで地域の生産調整と各種制度の窓口になっていたJAはその役割を外され、今後は国と農家の相対取引となるといった政策転換も注目された。選挙対策のばら撒き政策、JA外しであるという批判はあったが、制度の骨格については当初、全国の農家に概ね好意的に受け取られていた。自民党政権下での政策の効果があがらず、食料自給率は低迷、農村活力はさらに低下という現実や、また欧米の政策動向を考え合わせると、この度の政策転換の着眼点も分かる。しかし、こうした制度が持続的に続くかという点が今後の論点となるだろう。

批判をするのは簡単だが、私は当初から「この制度はすぐに崩壊するから、制度に振り回されるな」と講演会の度に言い続けてきた。日本人の米離れが進み人口減少社会に転じた中で、米の生産過剰は明らかだ。これから始まるETP(経済連携協定)においても、自由貿易推進論と農村振興を踏まえた慎重論の対立が過熱することが予想されるが、自由貿易協定を包括的に進める中で、日本は米だけが例外とは言い続けられないときがやがてくるだろう。価格形成は市場に任せており政府の介入はしないことが原則であることから、米の需要はさらに減少し、輸入米の拡大ともあいまって、米価は今後も下がる運命にある。どんな農家でも参加できる戸別所得補償制度となれば、米の生産量はさらに増大することになり、制度自体が米価の下落を促進しているという批判がある。減反目標をこれまでの4割から段階的に引き上げ生産量・供給量を抑制する。自由貿易協定の中で、米の輸入はこれ以上断固拒否する。全ての給食は全て米にし、輸入原料を使った食品等にタバコ税並みの税金をかけ、日本人に米を強制的に食わせる。などという非現実的な政策を打たない限り、米価の下落には歯止めがかからないと思う。

今年度の戸別所得補償制度の予算額は5,618億円で、米価が13,000円程度に下がった分までしか予算を用意していない。13日の衆院予算委員会では、自民党議員から米の価格を維持するための、過剰米の政府買入案が提示された(その一方で、事業仕分けを見据え備蓄米の現行水準を引き下げることも検討されている)。しかし国が価格維持に乗り出すのであれば、価格形成は市場原理に任せるという所得補償制度の根幹が崩れてしまう。国民は所得補償にあてる財源と、政府の買上費用の双方を負担し続けることになる。明確な試算は私にはできないが、仮に補償制度の予算額が1兆円、2兆円になった場合、国民は納得するだろうか。加えて農林水産省の総予算が2兆5千億円という大枠がある中で、戸別所得補償制度に2兆円を投下したら、その他の政策を進めるための予算はどこから捻出するのだろうか。現在でも、所得補償制度の財源確保のために、効果的であった多くの事業がカットされ、全国自治体の農政を停滞させる結果を招いている。戸別所得補償制度だけで日本の農業・農政が再生する訳ではなく、複合的・継続的な施策は必要不可欠であり、そのための財源は別枠で確保しなければならない。民主党政権のもう一つの柱である6次産業化の名のもとに事業仕分をクリアした事業が寄せ集められているが、小規模なソフト事業が多く、この国の農業を変えていく仕掛けとしてはいまいち迫力に欠ける。制度への予算投下がさらに拡大すれば、さらに他の事業はカットされ、必要不可欠な施策を打てなくなり全ての農家・農村が共倒れすることになる。韓国ではFTAと引き換えに2017年までに農業対策に9兆円を投下する計画であると言うが、日本では増大する社会保障費をカットして農林水産省の総予算を増額することは考えられない。

批判するのは簡単である。ではどうすればよいのか。先ずは制度の根本的な見直しが必要であろう。経済産業研究所の山下先生は、減反政策を辞め、市場原理に価格形成を委ねることで米価を大幅に引き下げ、スケールメリットを活かせる大規模経営農家を育成し、品質を武器に輸出で勝負すべきであると主張している。私の持論は階層別支援策の明確化と米の作付総面積の大幅な抑制である。うまい米をつくるための技術を日々磨き、米づくりを生業として腹をくくっている篤農家達と、補助金をあてにして栽培が容易な米をとりあえずつくっている農家とは全く異なり、両者を同じ土俵で考えることはナンセンスである。日本人の胃袋に対し水田面積自体が多すぎる訳であるから、基盤整備済みの優良農地を篤農家達に集積して米生産に特化する一方で、その他の農地は転作をドラスティックに進めるべきである(水田の面積を減らす)と考える。条件が不利な農地にいつまでもしがみついて、魂のない米生産を続けるべきではない。中山間地域では、遊休農地の拡大は確かに課題であるが、水田として残すべき農地を明確にして、その他は異なる利活用を図るべきである。過疎化・高齢化が進む農村部で米がつくれなくなったら、それこそ崩壊だという批判も多いだろう。当然、農村振興策や定住施策とのからみがあるので慎重な議論が必要だし、食育による消費拡大、中山間直接支払い制度の見直し、海外への輸出など、様々な角度から検討する必要がある。

日本は米で成り立ってきた国である。しかし、日本人の食文化が変わり人口減少社会を迎え、米へのニーズ・マーケットが大幅に縮小し、長期的には米価の下落傾向は避けられない中で、国全体の生産構造自体を変えていく英断が必要ではないだろうか。